『勇者カイン?』
そっか、”あの目”に込められた憎しみには、そんな訳があったんだ。リィナは自分の境遇と照らし合わせ、少し共感めいたものを覚えた。
リィナの両親も人間によって殺されている。しかし、リィナは人間を深く憎んだりはしない。クラインの話に出てきた「人間と魔物が共存できる」という言葉。もしそんなことが可能なら、この世界も捨てたものじゃない、そう考えていた。
いつの間にか、リィナからクラインへの恐怖は消えていた。
三人は席を立ち、クラインの両親の墓参りを済ませるとその場で別れた。
いつかまた、あいつと出会った時、その時は敵であるかもしれない。そんな事を考え、シレンは去りゆくクラインの背を睨んだ。
クラインは別れ際にカインに関する情報をくれた。カインは普段三人パーティで行動していて、レッドドラゴン討伐の時は一時的にパーティに誘われただけだ。カインは今は《コーストリバー》の街に拠点を置いている。カインは金髪で背が高く、銀の鎧を身につけている、など。
クラインと別れた二人は、その日はセントヴァールの宿屋で一泊した。
――そして翌日。
《コーストリバー》へ向かう道中、シレンは昨日のリィナの異変を思い出す。
「そう言えばお前、なんだか様子おかしかったよな……あそこで何かあったのか?」
あぁ、と思い出したリィナ。しかし同時に湧き上がって来たのは怒りの感情。
あんなにシレンに助けを求め、願ったのに。しかも、あの後の対応。こんなにか弱い女の子が怯えていたというのに、心配の声一つかけないなんて……!
「お~い」
「うるさいわね!なんでもないわよ!」
「そういえばさ」
「何よ」
「あの時のお前、ちょっと女の子っぽくて可愛かったぞ」
シレンがニヤリとからかうような目でこちらをみる。
ふいをつく一言に頬を染めるリィナ。恥ずかしさのあまり顔を背ける。
「うるさいっ!」
そう言うと、リィナは一人走り出してしまった。
「お、おい!待てって!お前のスピードには敵わないんだよ、マジで……」
全速力で風のように去っていくリィナを、シレンは泣く泣く追いかけた。
***
その頃 《コーストリバー》ではとある三人組のパーティが真剣な面持ちで話し合っていた。
「……むむう。」
バーの丸いテーブルを三人で囲い、テーブルの上の討伐依頼を凝視しながら呻き声を上げる男がいた。金髪で背が高く、銀の鎧を身につけていて、凛々しい顔立ちの好青年。そう、カインだ。
「知名度が上がったのはいいんだけど……、これは僕らの手じゃ負えないような……」
レッドドラゴンを倒した彼らにとっては、手に負えない内容ではなさそうな依頼に思えるが。
「それはあなたが調子に乗って『我が名はカイン』なんて名乗った結果でしょ?」
カインの右隣、ブラウンの滑らかなストレートの長髪、その赤い冷めた目でカインにキツイ一言を浴びせる女性がいた。彼女の名はシリア。黒いローブを纏う、魔導師だ。
「あ、あれはつい熱くなっちゃって……、第一、それはもう言わない約束でしょ!」
「それに、レッドドラゴンを倒せたのだって、クライン君のおかげでしょ? あなたは運よく止めを刺せただけじゃない。ねえ、ニナ?」
「……うん」
ニナと呼ばれた少女は、黒髪のショートヘア、前髪を分けてピンクのピンで止めている。軽装である彼女は剣士だ。大剣使いのカインとは異なり、腰に日本刀を挿している。無口であまり物を語らないようだ。
「ニナまでそんな事言うんだ……」
項垂れるカイン。しかしシリアが言った事は本当の事だ。実際レッドドラゴンに半分以上のダメージを与えたのは、一時的にパーティに誘ったクラインである。
だからこそ、その事実が今彼らを悩ませている。
知名度が上がったことで、彼らへの依頼は殺到するものの、どれもこれも彼らだけでは手出しできないものばかり。
「ハア、誰か強い人、仲間に入ってくれないかなぁ……」
身の丈に合わない名声を背負ったカイン。
レッドドラゴン討伐の実態を、この時シレン達は知るよしもない。