『表と裏』
澄み切った空を見上げ、暖かな日差しを浴びる。さすがに呑気すぎる自分の現状に多少の罪悪感を覚える。
先程の疲れはすっかり取れ、シレンは体を起こすと、一つ伸びをした。
さて、あの青年はまだ生きてるかな。リィナは問題ないとは思うけど。
そんなことを考えながら、とりあえず草原の広がるフィールドへと足を運んだ。
――――ドンッ!
「痛ってて……」
どうやらフィールドの方から走ってきた誰かとぶつかったようだ。
誰だろう。シレンにぶつかって尻もちをついてしまった人物に目をやる。
「ひいっ」
どうやら商人らしき男が怯えきった様子でこちらを見ている。
「アンタ、もしかして魔物に襲われてたっていう……?」
(なんだ、助かったのか。あの青年、魔物を倒したのか。しかし、こいつの怯えっぷりは何だ?)
すぐさま立ち上がった商人はシレンを押しのけ、逃げようとする。
「ちょっと待った」
シレンは強引に商人の首根っこを掴んだ。
「な、な、なんだいアンタ!! 放してくれ!」
「事情を聞かせてくれよ。アンタがそんなに必死になってる理由」
シレンの鋭い眼差しに耐えかねた商人は静かに話しだす。
「……ええ、確かに助けて貰いましたよ。なんでもレッドドラゴンの討伐パーティにいたとかでね、そりゃ強かった。でも、あの人おかしいんだよ! 人が、人が変わったように笑いながら魔物を殺したんだ! 逃げる魔物まで!!」
男は興奮し、取りみだす。さっきの光景を思い出したのか、ゾッと顔が青ざめている。
「わかった。もういいよ」
シレンが手を放すと、男は走り去って行った。
なんだかおかしなことになってる。だが、一つ有力な情報を得られた。あの青年はペティ討伐に関わっているということだ。そうとなれば接触するしかない。
そんな事を考えながらフィールドに出ると、不思議な光景が広がっていた。
こちらに向かってゆっくり歩いてくる弓使いの青年。
その青年を遠くから見ながらペタリと座り込んでいるリィナ。
(何やってんだ……あいつ?おっとそれより、彼に接触しないと)
俺はこちらへ向かってくる弓使いの青年に手を振った。
「おーい! 無事だったのか?」
こちらに気づいたその青年は、ニコリと笑い手を振り返してきた。
「ええ、先程終わりました! いやあ、なかなか手強かったですよ!」
近くまで歩いてきたところで、早速接触を試みる。
「魔物を一人で退治しちゃうなんて強いんだなあ。なあ、アンタの名前は?」
強いと言われ、少し照れたように頬をかくその青年。どう見てもさっき商人が言ってたような恐ろしい気配は感じさせない。
「強いだなんて……。俺の名前はクラインです。弓は子供の頃からやってます」
「へえ、そうなのか。俺の名前はシレン。なあ、クライン。知り合ったばかりなのに単刀直入な質問で悪いんだが……」
「?」
「レッドドラゴンの討伐パーティに加わったってのは本当か?」
「……ああ、そのことですか。本当ですよ。栄誉なことですよね。きっと亡くなった父も喜びます。」
「お父さん、お亡くなりに……」
「ええ……。実は今日、父の命日なんです。だから、父に習って人助けをしたくて。こんな日に出会えたあなたです、もし良ろしければ父の墓参りに付き合ってもらえませんか?父の話、誰かに聞いてもらいたいんです。」
なんとも唐突な展開になってしまったが、有力な情報を手に入れるためだと思い、クラインに付き合ってやることにする。
「わかった。あの、ええとその前に……」
「?」
先程リィナが居た辺りを見回す。……あれ、いない。
すると、いつの間にかシレンに背後に近づいていたリィナがシレンの腕をぎゅっと掴む。
(……!! 何だ、いたのか……全くどうしたんだよ、リィナ)
「えっと……、その人は?」
「あ、ああこいつは俺と同行してるやつで、リィナだ」
怯えながらも軽くお辞儀するリィナ。
「俺はクラインです。よろしくね、リィナさん」
クラインの目は朗らかな優しい目に戻っている。しかし、リィナはあの憎しみに染まった恐ろしい目を忘れたわけではない。
「さあ、ここでの立ち話もなんだし、喫茶店にでも行こうぜ」
軽い雑談をしながら歩くシレンとクライン、それを後から付いていくリィナ。
リィナは相変わらず口を開かないが、とりあえず三人は喫茶店へ向かった。