『謎の射手』
弓使いの青年を追い、町の外れまでかけて行く。
時折通行人を押しのけて走る俺達を、人々は何だ何だと睨みつける。
(これじゃあ目立っちまうなぁ……)
シレンは頭を悩ませるが、弓使いの青年を見失うべく走るには人目などは気にしていられない。
弓使いの青年どころか、リィナすら見失いそうなシレンだ。悩んでる暇はない。
(畜生、やっぱ速いな、リィナ……。これじゃあ俺が遅いみたいじゃないか)
そう、決してシレンが遅いわけではない。リィナのその並はずれた俊敏さは、彼女を四天王へとのし上げた一つの理由である。人ごみの合間を駆け抜けるその姿はまさに風。目で追うのがやっとというそのスピードで、リィナはどんどん弓使いの青年との距離を縮めていく。
細い裏通りに入ると、ついに完全に見失った。だが、この道の先はどうやらフィールドに繋がっているようだ。シレンは息を上げ、疲れてへとへとと歩き始める。
(あとは頼んだぞ、リィナ……)
そのまま情けなく壁に寄りかかり、そのまま座り込んでしまった。
***
フィールドを抜けると、そこには草原が広がっていた。
海岸側から吹く海風は、強く草草を揺らしている。
リィナが辺りを見回すと、なんとも分かり易い大きなシルエットが2つ見えた。
そのシルエットの正体は2体のトロール。体格はリィナの倍以上のものであり、全身緑色で品のない笑みを浮かべている。下半身は毛皮の腰巻を巻いており、その右肩には大きな棍棒を担いでいる。
そして少し離れた場所に先ほどのものと比べると小さなシルエットが2つ。
先程の弓使いの青年と、それにすがりつく商人のような男だ。恐らく町で助けを求めていた小太りの商人の仲間というのは、この男だろう。
どうやら弓使いの青年はこちらには気づいてないらしい。しかし、2体のトロールはこちらに気づき、驚きのあまり目を丸くして顔を見合わせているようだ。さしずめ四天王であるリィナが何故こんなところに、と言ったところか。下級の魔物にはいちいち情報は伝わらないから当然の反応と言えよう。
視点を弓使いの青年へと戻すと、すがりついていた商人がぼそぼそと何かを言っているようだ。
「あ、あの…逃げた方がいいんじゃないでしょうか。あんなデカいの、倒せるわけないですよ……」
すでに弓を構えて攻撃態勢に入っている弓使いの青年は、商人をチラリと見る。
「俺も舐められたものですね。俺、これでもレッドドラゴンの討伐パーティに参加してたんですよ」
「!!」
驚いたのは商人だけではない、遠くで見ていたがその言葉をはっきり耳にしたリィナも驚いた。早くも有力情報ゲット?と思いながらも、戦いの行方を見続ける。
すると、突如、彼の等身大程の高さをもつその銀色の弓は、黒い光を発しその光を矢の先端へと凝縮させた。
次の瞬間、呆気に取られてみていた1体のトロールの胸をその矢が射抜いた。いつ放たれたのか。風を感じさせないその矢に射抜かれたそのトロールは、数メートル吹き飛ばされる。倒れたトロールがこんなもの、と苦悶の表情浮かべ起き上がろうとした、
その時――
なんと、突き刺さっていたその矢は、たちまち黒い光を放ち爆発したのだ。
さすがのリィナもこの光景は予想外なものであり、目を見張った。
すがりついていた商人も驚きのあまり退いてしまう。
爆発とともに四散したトロールの肉塊を目の当たりにしたもう1体のトロールは、恐怖のあまり緑の顔を青くする。
弓使いの青年が残されたトロールをチラリとみると、さすがのトロールも背筋を凍らせる。悲鳴に近い奇声を上げながら、その隙だらけの巨大な背を見せながらドシドシと音を立て逃げていったのだ。
「逃げられると思うなよ? 失せろ、この、化け物がっ!!」
その言葉を放ったのは、先程までの口ぶりからは考えられないが、まさしく弓使いの青年だ。
しかし、その朗らかであった黒い目は一転し、鋭くなにか憎しみの籠ったものへ、そしてその口は引きつり笑っている。狂人めいた人柄を思い浮かばせるその顔つきは、先程までとはまるで別人。
逃げるトロールを目掛け放たれたその矢は、そのドデカイ後頭部に突き刺さり、爆発とともに吹き飛ばした。
「ふふ……」
弓使いの青年は、体を震わせて不敵に笑った。
こんな残忍な人間がいるなんて……。あまりにも衝撃的な光景を前に、リィナは硬直し、その場から動けない。
「ひ、ひいいいい」
商人は悲鳴をあげ、逃げてしまった。助けてもらったにせよ、こんな恐ろしい男とは関わりたくない。
余韻に浸っているのか、弓使いの青年は立ち尽くしている。
まだこちらには気づいていないようだが、足が竦んで動けない。
もし自分が標的だったら、逃げることも許されず、ああして殺されてしまうのか。
そう考えると、背筋が凍りついた。
(早く来て……! シレン!)
一分が何時間にも感じられるその時間を、リィナは茂みに体を隠しつつ、シレンの到着をただ待ち続けた。