『港町セントヴァール』
暖かいやわらかな太陽が心地よく照らす昼下がり。
魔王城からさほど離れていないこの町 《セントヴァール》にシレン、リィナの二人は足を運んだ。
ここセントヴァールは港町として栄え、町の入り口から続く商店街には、捕れたての海の新鮮な魚介類を陳列する店が大多数だ。歩いていると海から風が吹き、潮のにおいが鼻を刺激する。よくある賑やかな港町の光景だが、初めて訪れた二人にとってはとても新鮮なものだった。
「へぇ、結構栄えてるんだ」
辺りをきょろきょろ見回しながら、リィナは呟く。しかし、感嘆しつつもその警戒を解くことはない。それもそのはず、ここは敵である”人間”の拠点だからである。
「俺はどうもこの臭いが苦手だなぁ……、気分悪くなってくる……」
項垂れながらもとぼとぼ歩くシレン。
人間と何一つ変わらない風貌を持つ二人は、周りの人間からも何怪しまれることはない。
「しっかりしなさいよ! もし敵が襲ってきたら、そんな状況じゃ戦えないでしょ?」
その心配はないだろう、と口を開きかけた時、町の奥から悲鳴にも近い叫び声が聞こえてきた。
「た、助けてくれ~!!」
かけてきた小太りの商人のような男はその場でへたり込み、それを聞きつけた町の人、冒険者がすぐに彼の周りに集まり、何があったのかを聞き出そうとしている。
「仲間が、仲間が魔物に襲われているんだ!!」
「魔物?」「魔物が現れたのか!」周りを囲んでいた人々が口々に声を発し、皆一様に不安な顔を浮かべる。「誰か、魔物退治できる冒険者はいないか」などとざわめいている。
魔物の俺達に魔物退治を依頼されたらたまったもんじゃない、などと考え一歩後退して騒ぎから離れようとした時、一人の男が声を上げた。
「皆さん、落ち着いてください! 俺、弓が使えます。俺がなんとかしますから、皆さんはここで待っててください!」
茶髪で感じのいい青年は、騒ぎを落ち着かせると、背中に担いでいた矢を一本取り、商人がかけてきた道を戻るように走って行った。
「敵は2体いた! 危なくなったらアンタも逃げるんだよ~!!」
小太りの商人は、青年の後姿に出せる限りの大きな声をかけ見送った。
青年の姿は見えなくなり、集まった人々は三々五々に散って行った。商人を介抱するもの、野次馬しに行くものと様々だが、さっきまでの騒ぎは嘘のように静まり返った。
俺はふとリィナの方に顔を向けると、リィナのその水色に透き通る目は爛々と輝いていた。
まさかとは思ったが、次に彼女の口から出た言葉は、まさに予想通りだった。
「ねえ! 私たちも見に行きましょうよ!」
そう、リィナはおせっかいな上、野次馬根性も人一倍(魔物一倍?)であり、自分が興味を持ったものには我慢できずにすぐに飛びついてしまう性格なのである。この状況に陥った彼女を止めることが出来ないのは、それなりに付き合いが長い俺は十分に承知している。
「仕方ないなぁ。でもな、あんまり人間とは接触を取るなよ。下手に目立つような行為を取れば、今後の任務もやりにくくなるからな。俺達はあくまで隠密行動なんだ」
「わかってるわよ! じゃあ早くあの男の子の跡を追いましょう!」
そういうと、リィナはすぐに走り出してしまった。
全く、幸先悪いなぁと思いつつもリィナを追いかけた。