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コロシアム③

 待ちに待った決勝戦。しかし、俺は競技場で腕組み、イライラとしびれを切らしていた。

 いつまで経っても相手が現れないのだ。

 観客の声も歓声からざわめきへと変え、不穏な雰囲気が漂っている。

 何度も繰り返し鳴り響く会場アナウンス。選手呼び出しと、観客に対しての謝罪のものだ。決勝戦の相手が突如失踪、現在捜索中とのこと。

 このまま不戦勝になっては消化不良にも程がある。誰でもいいから出てきて欲しい。


 その時だった。”何か”が激しい咆哮をあげた。その咆哮は大気を震わせ、俺はその風圧を受け、体を振動させた。シンと静まりかえる会場。何が起こったのか理解出来ない、しかし、さっきの咆哮は間違えなくどこかで聞いたことのあるものだ。以前は当たり前のように聞いていたようなそれは、最近は耳にすることがなかった。突如悲鳴があがる。悲鳴は連鎖的にあがり、会場は恐怖のドン底に突き落とされた。観客が揃って上を見上げている。空、そこにあるものは――。


 ――ドラゴン。一匹ではない。何十というドラゴンの大群とそれにまたがる魔物。


 俺は唖然とした。何十という圧倒数のドラゴンにも驚いたが、それだけではない。どういう理由か知らないが、クルーエルは人間の街を襲うことは一切しなかった。ある意味人間と魔物の戦いが泥沼化してない理由はここにあるのだが、その秩序は今破られたのだ。


 ――ドサッ


 何かが頭上から降って来た。大柄の男。俺が記憶するに確かこいつは……決勝戦の相手だ。ドラゴンの牙が喰い込んだ跡がこの男の腹に二つ、くっきり残っている。男は白眼を向いている。死んでいる。これは宣戦布告の証に違いない。”人間”へ対しての。


 すると、一体のドラゴンがこちらへ向かい、降下してくる。俺は剣を抜き身構えた。

 ドラゴンはバサバサと周りの砂を散らし、ゆっくり地へと足をつける。


「身構える前に話を聞いたらどうだ、シレン」


 ドラゴンの背から飛び降りたその男は、体長二メートルを優に超す巨体であり、紺色の毛で覆われた全身を銀色の鎧で固めている。イヌ科の魔物で、その口元からは凶悪な二本の犬歯を覗かせている。鋭い大きな槍を持ち、静かにこちらに歩み寄る。


「……久しぶりだな、ラグルス」


 こいつは四天王の一人、狂獣ラグルス。戦場に立つと冷静さを失い、手に持つ槍より口が先に出て、辺り構わず噛みちぎるという狂人っぷりからそう呼ばれる。普段は冷静かつお堅いやつで、クルーエルへの忠誠心はこいつの右に出るものはない。

 四天王とその一団を向かわせるってことはクルーエルも本気のようだ。


「今日ここに来たのは他でもない。宣戦布告だ。そして……」


 俺は息を飲んだ。大方お荷物になった俺の排除だろう。


「お前を迎えに来た、シレン。魔王城へ戻り、共に戦おう」


「!!」


「驚いた顔をしているな。まあ無理もないか。正直魔王様の考えている事は俺にもよくわからん。お前を抱えていては動きづらいのは承知の上でそう言っておられるのだから、何かあるんだろうが。まあともあれ今日ここに来る理由がお前の排除でなかったことは心から喜んでいる。戦場で俺を止められる数少ない戦友だからな」


 ラグルスは豪快に笑ってみせる。


 ラグルスとは二度、共闘したことがある。いずれとも「勇者掃討戦」の時だ。これはクルーエルが名付けた作戦名だが、人間達の大規模なギルドとギルドが手を取り、魔王城を取り囲むという事が俺がクルーエルに仕えてから二度起きている。この時ばかりは四天王は四人とも駆り出され、鎮圧させるに相当苦労した。危機に陥っていた俺の一団に、真っ先に応援を寄こしたのがレグルスだった。背中を預け合って戦った仲ではないが、ラグルスにはそれなりの信頼を置いている。戦いが終わっても暴れ続けているレグルスを抑えたのは俺だ。さっきのはその事を言っているのだろう。


 あの頃に戻りたい。一瞬、そう思った。クルーエルの命令でこの旅は始まった。人間など魔物である自分の敵、関与したところで何も変わらない。そう思っていた。しかし、予想は全く外れた、いい人間ばかりに会ってしまった。人間の見方が変わった。喜怒哀楽を分かち合い、悩みも打ち明けられるそんな存在。俺達魔物にもあるそれが人間にもあった。そして、余計な事を知ってしまった。俺は魔物でないかもしれないということを。

 あの頃に戻りたい。何も知らなかった、あの頃へ……


「俺は……」


 まだ、迷っていた。決断の時はとうに来ていたというのに、まだ、動けずにいた。

 俺はいつまで逃げ続けるんだろう。答えは決まっているはずなのに。


 その時だった。ラグルスの足元で、何かが黒き光を放ち、爆発した。


「ヌアッ」


 ラグルスは砂煙を浴びて低く唸った。

 砂煙が消えると、そこには一本の矢が刺さっていた。


「何をしているんです? シレンさん」


 振り向くと、狂気に目を血走らせているクラインが立っていた。

 いつの間にか観客席から飛び降り、背後まで来ていた。


「まさか、アンタ、魔物の手先だって言うんじゃないでしょうね?」


 歯をギリギリと食いしばり、もうそこにはいつもの彼はいなかった。

 俺は何も、答える事ができなかった。答えてしまえば、それはラグルスへの答えになってしまう。


「……答えないんですね。じゃあ、認めたってことなんですか?」


「ち、違う!」


「何なんです? 命乞いですか? シレンさんには話しましたよねえ? 俺が魔物を死ぬほど憎んでいること」


 クラインの目はさらに鋭くシレンへ向けられる。


「俺は、魔物じゃない」


「へえ、で、どちらの見方なんです?」


「俺は、俺は……」


 クラインの構える弓は容赦なく俺の頭へ向けられる。弓はギシギシと音を立てる。

 まだ俺の答えを聞けていないラグルスは静観している。


「シレン!!」


 入場ゲートから、一人の男が叫んだ。


「カイン…!?」


「シレン、僕は君の本当の事を知った時、本当に戸惑った。命をかけて剣を交えることも考えた。でも、今は違う! 迷ってもいい、君のやりたいことをやれ! 僕は君と共に戦うことを決めたから」


「……カイン、ありがとう」


 カインの言葉で目が覚めた。俺が望む事、それはもう決まっているのだから。

 俺はラグルスに向き合うと、しっかりとその目を見て言う。


「ラグルス。俺は魔王城へは戻らない。宣戦布告された今、力づくでもお前達を止める」

 

「……ふん、人間達と慣れ合って腐りおったか! ならば貴様は我らの敵だ!」


 そういうとラグルスはその手をぐっと空へ上げ、前へ振りかざす。

 強襲の合図。

 すると、ドラゴン達は一斉に観客達を襲い始め、何頭かもこちらへ向けて勢いよく下降してくる。

 鳴り響く悲鳴や雄たけび。奮戦する冒険者もあれば、成す術もなく無残にやられる人もいる。まさに地獄絵図だ。俺はこうなることを一番恐れていた。

 クラインは舌打ちしながら飛び交うドラゴンを次々に射ち落としていく。


「ラグルス、決着をつけよう」


「まさか貴様とやり合うことになるとはな」


 ラグルスは槍を構えると狂気的な笑みを浮かべる。

 理性を失いかけているみたいだ、こいつは一筋縄では倒せそうにないな。

 

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