『コロシアム②』
その後、俺は二回戦、三回戦と順調に勝ち上がった。
幸い懸念してた近距離遠距離持ちという強敵は現れず、難無くを得た。
ニナも順調に勝ち上がり、次の準決勝では俺とニナが当たることになった。
結局決勝で戦いたいという希望はここで当たってしまったため、実現には至らなかった。
辺りはすっかり暗くなっており、会場は盛大にライトアップされている。
俺は対戦前の控室で一人剣の手入れをしていた。準決勝まで勝ち上がったこと、ニナと対戦できること、嬉しい事には変わりないのだが、それを素直に喜べないでいた。それもそのはず、依然としてリィナは会場に来ていないのだ。あのあとカイン達に街まで探しに行ってもらったのに、リィナを見つける事はできなかった。正直なところ、リィナが見つからないこと、カイン達に多大な迷惑をかけてしまったことで頭がいっぱいになり、準決勝に集中できていない。ニナには申し訳ない話だが。
控室の簡素なパイプ椅子に腰かけて項垂れていると、隣から誰かに呼びかけられた。
「シレン……」
「あ、……ニナ」
「リィナ、まだ見つからないの?」
心配そうな表情で、つぶらな瞳がこちらの顔を覗きこむ。
今はようするに、『大人しい方のニナ』だ。あどけないその姿は本当に可愛らしく、守ってあげたい女の子というのはこういう子を指すのだろう。ただ、こいつは守ってやらずとも十分強いし、刀を握った後は残念な性格になってしまう。現実は厳しい。
「ああ。全くどこ行っちまったんだろうな、あいつは。賞金獲ってこいとか言っておきながら応援もなしかよ」
冗談交じりに苦笑する。
すると、隣のパイプ椅子に腰かけたニナが、優しく微笑みかける。
「大丈夫、きっと見つかるよ。大会終わったら一緒に探しに行こう?」
「……ああ、心配かけてごめんな。今は次の戦いに集中しなきゃな。せっかくニナとリベンジマッチできるんだから!」
「負けないよ? 何回やったって結果は一緒なんだから」
ニナの目に闘志が籠る。俺も負けてらんないな。
会場アナウンスが鳴り、準決勝の選手招集を告げる。
俺とニナは別ゲートから競技場へと向かった。
***
準決勝ということもあり、会場の熱気は一段と強く感じられる。
ライトアップされるのは準決勝からであり、その眩しさゆえに観客席の方を見ると目が眩んでしまう。夜になって少し空気が冷たくなった。まあ動けばすぐに熱くなるし問題ないか。
向かいのゲートから入場してきたニナは、毅然としていて準決勝と言えども気圧された雰囲気はない。ただ寒さは感じているようで、二の腕をさすっている。
夜のコロシアムに盛大なゴングが鳴り響いた。
二つの影は一気に距離を縮め、激しい剣の打ち合いを繰り広げる。
ニナと俺の圧倒的な違い、それは筋力にある。まともな剣術の教えを受けていなくて、普段から力任せに剣を振るっている俺は、技術力こそ劣るが、この筋力に関してはデモンズクラスでもない限りそうそう引けを取る事はない。つばぜり合いに持ち込めば間違えなく勝てるだろう。
しかしニナは力ではなく素早い身のこなしからの斬撃と回避によりヒットアンドアウェイを得意とする。不用意に俺が剣を振ろうともまず回避されてしまうのだ。俺も素早さには自信はあるのだが、直線的なものであり、不器用なためアクロバティックには動けないのである。
どうにか相手の体勢を崩して、一気に決められれば……
もちろんそんな上手く行くはずもない。相手は準決勝まで勝ちあがって来たニナだ。俺の攻撃は避けられ、受け流され、その隙を突かれチクチクダメージが蓄積されていく。ピョンピョン飛び回るニナはなかなか定まった間合いに入らせてくれない。
ただ、俺の剣を受けているニナも無傷とは言えない。外傷はないものの、俺の強烈な剣打を受け続けているため、腕を痛めているのだ。長く続けば刀を握る力も弱り、武器を打ち飛ばせるかもしれない。お互いかなりの消耗戦というわけだ。
「今日はなかなか慎重じゃない! 私に負けたのがそんなに悔しかった?」
額から汗を流しながらも、挑発的に叫ぶニナ。
「お前こそ俺を甘く見てたんじゃないか? そろそろその腕も限界なんじゃないか?」
「アンタがタフすぎなのよ! あれだけ斬ってるんだから少しはへたりなさいよ!」
「あいにくタフなのが俺の売りでね! そう簡単には終わらねえよ」
「そう……」
そういうと、ニナは静かに剣を収めて構えた。
また、”アレ”か。昨日の手合いで見せてもらった抜刀術。勝負を決めると言ったらやはりこれなのか。しかし同じ手は喰わない、今度は慎重に相手の出方をうかがってやる。下手に突っ込んだら昨日の二の舞だからな。
目の前に剣を構え、ジリと地を踏む。冷たい風が俺の額の汗をひやりと冷たいものに変える。胸の鼓動が高まり、全神経が研ぎ澄まされる。――これならいける。
しかし、一瞬の瞬きのうちに、目の前のニナの姿が消えた。
困惑するものの、風を切る音がわずかに聞こえる。
――後ろだ。
振り向きざまに斬りつける。すると、「きゃ」という短い悲鳴とともに金属音。
そこには尻もちをついているニナの姿があった。
ニナは俺の背後へ回り、刀を振るったのはいいが、一瞬速く俺の斬りが入り、かろうじて剣打を受けたものの、勢いで吹っ飛んでしまったようだ。
俺はニナに剣を向け、ニナは刀を手放し、肩を落とす。勝負ありだ。
「お疲れ。最後の攻撃は俺でも見えなかったぜ」
ニナは口を尖らせ、そっぽを向く。
苦笑しながらニナに手を差し伸べ、引き上げると、観客席から歓声と拍手。
「まあ、こういうのも悪くないわね。でも、次は負けないから」
ニナは満足そうに笑うと、服に付着した砂を払い、一人ゲートから退場した。
次はいよいよ決勝戦か。相手はどんなやつだったかな。
ともかく、どんなやつであろうとさっさと片付ける。
俺は間もなく行われる決勝戦に胸をたぎらせていた。