『始まりの夜』
この世界では一般的に名のはせた冒険者を「勇者」と総称してます。
街中ではファンファーレが鳴り響き、真夜中だというのに住人や冒険者は酒を飲み交わし、演奏家は音楽を引き鳴らし、踊り子は踊り、祝った。
そう、攻略が難航していたダンジョンに巣食うレッドドラゴンが、ついに倒されたのだ!
帰還した勇者達は盛大に出迎えられ、酒を浴びせられた。勇者の一人はその名を叫び、街中の人間にその存在を知らしめた。
「我が名はカイン! レッドドラゴンは我が剣の前に崩れ落ちた!」――と。
***
大陸の最北部に位置する黒く薄気味悪い城。空には暗雲が立ち込め、雷が轟く。
その一室に集う集団が一つ。先程の街での馬鹿騒ぎとは対照的に張りつめた空気を醸し出している。その広大な部屋には長いテーブルが一つ。何かの会議を思わせるその光景だが、着席している者は人間とは思えない異形の者ばかり。
そう、ここは《魔王城》だ。
テーブルの最奥に座っていた、深紅のマントを装った仮面の男がその口を開いた。
「しかしまいったねぇ」
開口一番、なんとも気の抜けるような声で男は嘆いた。どうやらこの男は普段からこんな性格らしく、重く張りつめた空気でこんな発言をしたこの男にじとっとした視線を浴びせる者はいない。
「今は亡きペティに守らせていたあのダンジョン、もう魔王城の近くだったよね?」
ペティとは先程勇者達に倒されたレッドドラゴンの名前であろう。相変わらず緊張感のかける言葉。こんな調子で会議ができるものなのだろうか。
そんな男に多少呆れつつも、声をかける青年がいた。黒い髪、金色の瞳、黒いコートを羽織り、黒を基調としたその青年は、まさに人間といえる風貌だ。
「全く、少しは魔王らしく振舞ってくれ、クルーエル。そろそろ俺達“四天王”が出向いた方がいいんじゃないか?」
「……んん、そうだねえ。最近になって彼らが攻略ペースを著しく上げているような気がする。悪いことにね。じゃあ、君が行ってくれるのかい? シレン」
シレンは魔王クルーエルの使わす四天王の一人。その実力は四天王の中でもズバ抜けたものである。
「もちろんそのつもりだ。どうすればいい?そのペティを倒したっていうカインとかいう剣士を切り倒せばいいのか?」
「ううむ、もちろんそれはしてもらうつもりだけど……」
何やら頭を伏せて考えだした仮面の男、クルーエル。こいつが考える事などロクなことはない、と漆黒の剣士シレンは呆れ顔でクルーエルを見つめる。
すると、ふと閃いたように頭を起こし、その口をニヤリとさせ、シレンの方へ向き直った。
「うん、そうだ。君にはしばらくカインのパーティと行動を供にしてもらおう!」
突拍子もない発言に、流石に驚き目を丸くしたシレン。何をふざけたことを、やはりこいつの考えることはよくわからない。そう思いながらも一応耳を傾ける。
「何故そうなる?」
「いやね、情報収集だよ。考えてみれば、向こうはダンジョン攻略や魔王討伐のために一致団結して情報網を作り上げてるじゃない? じゃあこっちは何をしているかというと、ただ勇者達がダンジョンを攻略していくのを、指をくわえて待ってるだけ。もっとアクティブにいかなきゃいけないと思うんだよね、ボクは。」
「それだったら脅して吐かせればいいことじゃないか? わざわざ行動を供にする必要なんてない」
「怖いこというねぇ。まるで魔王みたい!」
「………。」
「ごめんごめん、でもね、もし吐かなかったらどうする? ペティを倒した彼らは要するに最前線で戦うトッププレイヤー。彼らの持つ情報は間違いなく有力なものだ。吐かなかったからと言って見す見す切り殺して、その情報を無駄にしていいものかな?」
確かにクルーエルの意見には一理ある。人間の風貌をしたシレンならカインのパーティに接触することもそう難しくはないだろう。
――仕方ない、とシレンは立ち上がった。
「わかった。明日には出発しよう。これ以上話がなければ俺は退出願いたい」
「ああ、わかったよ。じゃあ今日の会議はここでおしまい!」
あんな物言いだが、何かと策士で食えない男、クルーエル。まさかこんな事になるとはと苦虫を噛んだような顔で背を向けるシレン。
階級の違いもあり、結局口を挟めなかった数々の魔物達も散り散りに席を立った。
こうしてシレンの旅は幕を開ける。