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『始まりの記憶』

 ――三年前。


 俺は、どこか知らない森で目を覚ました。木々は腐っていて、葉は一枚もついていない。小川もすでに枯渇している。『死んだ森』と表現するのが適切なのかもしれない。無論、動物が生息できる環境ではない。空は灰色に染まり、少々霧がかかっていた。


 俺には名前以外の記憶が一切なかった。ここはどこなのか、何故ここにいるのか、俺は誰なのか、いろいろ思い出そうとしたけれど、ダメだった。


 俺は所持していた剣を手に取り、その死んだ森をさまよった。いくら歩いても、景色は変わらず、自分がどれくらい歩いたのかもわからなくなっていた。絶望的だった。ここは死後の世界なのかもしれない。そう思っていた。


 やがて疲れた俺は、その場に座り込んだ。もういっそ死んでしまおうかと考えた。俺は、その手に握られた剣を、無気力に、ただ眺めていた。


 すると、霧の中から複数の影がこちらに近付いてくるのが見えた。しかし、俺は立ちあげる気力もなく、影が近付いて来るのを待った。


 目の前まで迫ったそれを見ると、どうやら盗賊のようだった。数は六人。それぞれダガーやピストルなどの武器をその手に持っていた。


 案の定、俺は彼らに囲まれた。

 一人の男が俺の目の前までやって来た。


「おいおい兄ちゃん、ここ俺らの縄張りよ? わかってる?」


 俺は重い腰を上げ、しぶしぶ立ちあがった。


「どうも迷っちまってな。悪いが、道が分かるなら案内して欲しい。俺は一刻も早くこの森を出たいんだ」


 俺なりに丁寧に頼むと、盗賊たちは顔を見合わせて笑い始める。


「アハハ、何にもわかっちゃいねえな、兄ちゃん。俺達の事」


 そう言うと男は声色を変え、鋭い目つきになる。


「俺達はここいらじゃ名の知れてる《ブラッディボーン》、殺人盗賊団だぜえ?」


 三日月形に笑う口、狂ったような目、この状況を明らかに楽しんでいるこの男の言葉に嘘はないようだ。


 まずいな……。と一歩後退する。


「おっと、動くんじゃねえ。頭吹き飛ばすぞ?」


 別の盗賊がピストルを構え、その銃口を俺の頭へ向けている。


「さあて、まずはどこから撃ってやろうかねえ。久々に楽しもうぜえ!」


 ドッと盛り上がる盗賊達。

 俺の運も尽きたな。どうせ何も思い出せないんだ、最初から俺なんていなかったんだ。


 諦めかけていたその時、異変が起きた。


 先程のピストルを俺に突きつけていた男の足元を、円を描くように風が舞い始めた。

 誰も気づいていなかったようだが、俺はそれを見逃さなかった。


 次の瞬間――


 ものすごい突風が、その男を吹き飛ばし、傍に立っていた木に叩きつけた。


「んなっ――」


 頭から打ち付けられたその男は気絶してしまった。


「な、なんだあ!?」


 ピストル持ちはもう一人いたらしく、それを手に構えると、きょろきょろ周りを窺い出した。

 他の盗賊達も、ダガーを持ち、辺りを警戒している。


「これは魔法か!? テメェ、仲間が居やがったのか!!」


 仲間なんていない、いや、いたのかもしれないが記憶はない。だがこの拾った幸運を手放すわけにはいかないと、俺も剣を構えた。


「て、テメェ、動くと撃つぞ!!」


 こっちに向けられたピストル。しかし――


「ぬああああっ」


 突如吹き荒れる突風は、ピンポイントにそのピストル持ちを吹き飛ばし、今度は岩場へと叩きつける。

 叩きつけられた男は、頭から血を流し、たちまち気絶した。


 よし、ピストル持ちなしならいける。そう思い、剣を振り上げると――



 ――ガサガサッ


 背後の草むらから女の子が一人出てきた。


「キミ、危ないから逃げて! ここは私がやるから!」


 そう言うと、ピンクの髪の女の子は手に短剣を取り、勢いよく飛び出した。

 飛び出すと同時に、俺の目の前にいた盗賊に斬りかかる。


 ふいを突かれたその盗賊は、腹を斬られ、腹を押さえながら中腰状態になる。

 女の子はすかさず顔面に蹴りを入れ、吹っ飛ばされた男は白眼を向いて倒れた。


 (この子、強い……)


 それを見た盗賊達も、かなりの実力だと判断し、飛びのき、ダガーを構え直す。


「三対一は分が悪い、俺も戦わせてもらうよ。」


「……わかったわ、でも《ブラッディボーン》の連中はかなりの手練れなの、気をつけて!」


 その言葉を聞くや否や、俺は大地を蹴り、疾風の如く一人の盗賊に接近した。

 そして――


「うああああ!」


 その剣先は呆気なく盗賊の腹を突き抜いた。

 それと同時に剣を引きぬくと、俺は次なる標的へ剣を向ける。


 「えっ」という女の子の声が聞こえたような気がした。

 しかし、それも気にせず、俺はそのまま残された二人の盗賊も切り裂いた。ダガーは剣を受けられるほどの大きさはなく、俺の攻撃の出方が読み切れず、避け切れなかった盗賊達は無抵抗のまま剣の前に散ったのだ。


 俺は剣を鞘に納めると、振り返り礼を言った。


「……あなた、何者?」


「俺は、シレン。悪いが、それ以外はわからない」


「わからないって、どういうこと?」


「……記憶がないんだ。名前以外、一切の」


「それって……」


 女の子は口ごもる。しかし決意したように向き直ると話を続けた。


「……実はね、私もなの。五年前、この森で目覚めた。何も思い出せなかった。何もわからずに歩いていたら、一人の男にあった。その男は私に居場所をくれた。そして、私が何者なのかも……」


「その男って一体……?」


「魔王よ」


「え……」


「私も最初は受け入れられなかった。でも、自分の人間離れした能力に気づいてしまった時、納得せざるを得なかったの。私が”魔物”であることを。それに、五年たった今、私の体は一切の成長を止めている。人間だったら、そんな事あり得ない……。だから、多分あなたも……」


「何を言っている? 俺をおちょくっているのか?」


「おちょくってなんかないわ。あなたをクルーエルに合わせれば答えが出る。彼は一目でそれがわかるみたいだから。付いて来てくれるわよね? そうでなければ、あなたをここで排除するわ」


 彼女の目は本気だった。彼女の話は何一つ信じちゃいないが、ここで彼女と戦うのは得策ではないことはわかっている。


「いいだろう。ただし、変なマネしたら魔王だろうがなんだろうが斬り倒す」


 それを聞くと、彼女はフフッと笑った。


「あなた、なかなか面白いわね。私はリィナよ。よろしくね」



 ***



 それがリィナとの出会いだった。

 

 俺が自身を”魔物”だと認め、四天王の座に上り詰めたのはその半年後だった。


 まさか、今になってその真実が揺らぐなんて、思ってもみなかった。





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