『山賊デモンズキング⑦』
シレンはしばらく歩くと、鉄製の大きな扉に出くわした。
恐らく、デモンズはここにいる。一つ大きく深呼吸し、その扉を力いっぱい押す。
――――ギギギィ……
重い扉はゆっくり開き、一人分のスペースが確保できると、その合間を縫って中に入った。
すると、部屋の奥には長身の男が一人、立っていた。
「よお、遅かったじゃねえか」
「お前がデモンズか?」
睨みを利かせるシレン。しかし男はその口に咥えられたタバコをプカーッと吹くと、のんびり答える。
「ああ、そうだ」
「リィナはどうした?」
「心配すんな、嬢ちゃんならこの奥の部屋にいる。大丈夫、何もしちゃいないさ。言っただろ?俺は紳士だってな」
ガハハと笑うと、吸い終わったタバコをピンと弾く。
「お前の目的は何だ?」
「そりゃあ、お前と戦うことさ」
「……何?」
「俺はなあ、強い奴と戦いたくてよお。ずっと待ってたんだよ。デモンズキングをぶっ倒しちゃうくらいの強い奴をよお」
男はニイと笑う。
「……だったら、魔王でも倒しに行けばいいんじゃないか?」
思わず口にしてしまった事だが、自分でもゾクッとする。
「魔王……ねえ、面白いこと言うねえニイちゃん?アンタもその口なのか?」
シレンは思わず目を逸らす。
「ふーん、なんだかよくわかんねえけどよ、そうだ、賭けしないか?」
「賭け……?」
「ああ、そうだ。ニイちゃんが勝ったらあの嬢ちゃんは返す。もしニイちゃんが負けたら一緒に魔王倒しに行かねえか?」
またガハハと笑う。こいつ、本気で言ってるのか?
「いいだろう、どっちにしろお前に負ける気はないからな」
「…ふん、そうこなくっちゃな」
男はそばにあった武器を片手で軽々持ちあげる。
これは、ハルバードだ。槍の先端に斧状のものが取り付けられている巨大な武器、その長さは男の身長より長い。ハルバードはリーチは長いもののその重さから攻撃速度は遅くなるはず、しかしその巨大な武器をデモンズは軽々持ちあげている。これは、やってみないとわからない。
シレンは鞘から剣を抜くと、静かに構えた。
「さあ、始めようぜっ!!」
その掛け声とともにデモンズは勢いよくハルバードを横切りをするようにぶん回した。
――くッ
間一髪、バックステップでその軌道上から回避する。
思った以上に……速い!
すぐさまデモンズは第ニ撃のためにハルバードを引き、シレン目掛けて突進すると、剣のリーチではとても届かない範囲から再び横切りを繰り出してくる。
――チッ、これじゃ避けるのが精一杯だ! 何か方法はないか……!
避け続けるシレン、「何度も同じ手は食わないぜ」と強気の発言をするものの、こちらからも打つ手がない。
「じゃあこれはどうだい?」
目の前で構えられるハルバード、こいつもバックステップでかわして……
――何っ
デモンズのハルバードは勢いよくシレン目掛けて突っ込んでくる。
突きかっ!!
――――ギイィィン
瞬時に剣で受け止めるが、勢いよく後ろへとふっ飛ばされる。
(まずい……!)
目の前にはハルバードを振り上げるデモンズ。
なんだこんなもんかあ?と言った具合にその目で見下している。
「これで終わりだっ!!」
勢いよく振り下ろされるハルバード。
――――その時
「シレンっ!」
ピクリ、と止まるハルバード。
デモンズの後方、奥の部屋から飛び出してきたリィナがそこに立っていた。
「リィナ……?」
「……なんだよ、出てきちゃったの? 嬢ちゃん。全く、興ざめだぜえ」
デモンズはハルバードをすっと引いた。
すると、リィナは心配そうにシレンの方に駆け寄る。
「大丈夫!? シレン!」
少し涙ぐんだその目に動揺するシレン。
「あ、ああ、俺は大丈夫だ。それより、お前こそ大丈夫なのかよ?」
するとデモンズが少し呆れた目をしてこっちに声をかける。
「だから、俺は何もしてねえっての……俺って信用ないの?」
「山賊のアンタなんか、初めから信用しちゃいねえ。それより……」
シレンは虚ろな目をしてデモンズを見上げる。
「それより、今の勝負は明らかに俺の負けだ。その……賭けのことなんだが……」
さすがに口ごもり「無しに出来ないか」など言えない。
「ああ、なんだ。今のじゃ俺も消化不良でなあ。こうしないか? 次の一振り、お互い全力で向き合う。逃げは無しだ。お互い攻撃を当てるもよい、スカるのもいい、どっちかが倒れるもよし、とにかく次の一振りで決着だ。……いいな?」
「わかった。次で……決着だ。」
二人は距離を取り、向かいあった。
「ん、悪い、嬢ちゃん。なんか仕切りの合図が欲しい。そうだな……そこにかけてある髑髏、そいつが落ちた音を合図にしたい。協力してくれるか?」
「……わかったわ。」
結局奴のリーチの有利性には敵わない。奴が斬りで来るのか、突きでくるのかはモーションでなんとなく予測はつくが、それを見切ってから動くんじゃ間に合わない。やはり、ここは賭けにでるか。
「じゃあ……行くわよ」
――――ガランガランッ
これが、俺の全力ッ―――
剣を低く構え、地を蹴りあげるシレン、目にも止まらぬ速さでデモンズに接近する。
対するデモンズはハルバードを縦に小さめに振り上げる。
縦斬りかっ、無駄なモーションを省くため威力を落として小さめに振り上げたってわけか。
「うおおおおお」
シレンは振り下ろされるハルバードに目掛け、全力で剣を振り上げる。
――――ガキィィィン
激しい金属音が鳴り響く。
「おおおおおおおお」
デモンズは負けじと剣をねじ伏せようとする。
突如、シレンの剣から黒い閃光が放たれる。
「……ぐうッ!」
閃光とともに、ものすごい力が湧き出てくる。
「うらあああああ」
「……ぬあっ」
ついにデモンズはその力を押さえつける事が出来ず、勢いよく振り上げられた剣に押し返されたハルバードにつられ、よろめいてしまう。
「これで……止めッ!!」
デモンズの腹に、シレンの剣がきれいな黒い剣筋を描く。
「ぐああああああっ」
――ドスン
そのままデモンズは仰向けに倒れる。
「なんだあ……強えじゃねえか、ニイちゃん……」
そういうと、タバコに火をつけ、口に咥えた。
「……お前もな」
「リィナ、デモンズに回復魔法を」
「わかった」
そういうと、リィナはデモンズに近付き、詠唱を始める。
「なんだよ、俺のこと助けちゃうのか?俺は、悪い悪い悪党だぜえ……」
「悪い悪党が、こんなに正々堂々してるわけがねえだろ」
ニカッと笑いかける。すると、シレンも疲れてそこへ横になった。
しばらくお互い笑い合うと、シンと静まり返った。
「今日は楽しかったぜ。あ、頭の俺がやられたって事は、次からはお前が頭か?」
ガハハと笑う。
「よせよ、俺にはそういうの向いてないから」
「…アンタ達、仲良いわねぇ、さっきまで死闘してたってのに」
リィナが呆れ顔で呟く。
***
少しすると、カイン達がやって来た。
状況説明をし、デモンズに勝った喜びを分かち合うと、俺達はその場をあとにした。
「いつでも来いよお!歓迎してやるぜえ」
「山賊ども集めてお出迎えってのはもう勘弁してくれよ」
シレンは苦笑しながら軽く手を振った
こうして山賊 《デモンズキング》との戦いは幕を閉じた。