『山賊デモンズキング⑥』
次々と敵をなぎ倒していくニナ。
目の前に山賊が立ちふさがり、シレンもようやく我に返る。
シレンは目の前で振り下ろされる斧を剣で受け止め、素早く半身を逸らし、斧を受け流す。バランスを崩した山賊の、その腹に一太刀浴びせる。
続けざまに襲いかかってくる山賊だが、シリアの魔法の支援もあって、どうにか複数との戦闘は避けられた。振り下ろされる斧をバックステップでかわし、一気に距離をつめて斬り倒す。
ニナとの共闘で、みるみる内に数を減らす山賊。ようやく視界が開けてくると、シリアが山賊に襲われているのが見える。それと同時にいち早く気づいたニナがシリアを救わんと駆けて行くのが見えるが…
(くっ、あれじゃ間に合わない……!)
シレンは一溜めし、勢いよく地を蹴った。すると、黒い疾風となったそれは、瞬時にその山賊の背後まで距離を詰めたかと思うと、勢いよくその巨体を剣で突き上げた。まさに一瞬の出来事だった。
「あ、ありがとう……シレン」
あまりの速さにシリアもニナも目を丸くするが、ニナに接近する山賊の気配を察し、すぐさま視点を移す。
山賊のその力任せに「斧を振り上げ、振り下ろす」だけのモーションは、敏捷性にすぐれたニナにとっては隙だらけに見えた。振り上げるその瞬間を逃さず、一気に詰め寄るとその腹を一突きする。
悲鳴とともに倒れこむ山賊。残りの残党もシリアの魔法で氷漬けにされ、行動不能になったのを確認すると、ようやくその戦いは終わりを迎えた。
「ふう……」汗をぬぐうシレン。緊張が解け、ペタリと座り込むニナ。シリアも壁に寄り掛かる。
「お疲れ。しかし、驚かされたなあ、ニナには」
ふとニナの方を見ると、いつも通りの様子に戻っていて、さっきまでギラギラと輝かせていたその瞳は今は薄暗くうつむいている。
「ちょっと変わった子よね。私とカインが初めてこの子に会った時は、驚かされたわ」
「三人は始めから一緒に行動してたわけじゃないのか?」
「ええ、昔ニナが魔物に襲われているところを私達が救ったの。でもね、途中から立場逆転。ニナが落としてしまった刀を拾い上げた途端、それはもう別人になっちゃって。むしろ反撃にあってた私達が助けられてしまったわ」
シリアは苦笑する。
「あはは……、しかしニナは剣筋がいいな、身のこなしも軽やかだし」
「お父様が剣術の先生らしくて、毎日稽古は欠かさないらしいの。あなた達に助けてもらった時も、彼女剣の稽古に行ってたのよ」
「へえ、そうだったのか」
もう一度ニナを見、シリアを見る。そういえば一人足りない。
「あれ、カインは?」
「ああ、彼なら途中の分かれ道で別れたわ。こっちの道が正解であるのなら、そろそろ彼もこちらに向かってるとは思うけど……」
「そうか、でも向こうにも敵が待ち構えていたらカインが危ないな。悪いがシリアとニナはカインの方に行ってあげてくれないか?俺は奥でデモンズと決着をつけて来ようかと思う」
「わかったわ。デモンズはかなりの好戦家と聞くわ。デモンズキングも元はと言えば彼の強さに魅かれて集まった集団らしいの。気をつけた方がいいわ」
「ありがとう。そっちも気をつけて」
シレンは座り込んだニナに手を差し出し、引き上げてあげると、「じゃあ」と軽く手を振り、洞窟の奥へと一人足を進めた。
***
一方カインは。
「これは……?」
カイン行ったの分かれ道はどうやら山賊達の寝床や談笑スペースへと繋がっていた。その奥の一角に書庫のようなスペースを発見する。その中でも一冊だけ妙に厚い本を一つ手に取ると、パラパラと読み始める。本のタイトルは「Ever lasting world」そこにはこの世界の出来事を年表形式で記していた。
「なんだ……これは?」
年表からして、ある年を境にして年表が書き始められていることがわかる。
01年「魔王クルーエルと勇者アゼルの壮絶な戦いが繰り広げられるが、その決着を知る者はない」
04年「魔王クルーエルは生きていた! 短すぎる平和を誰もが嘆いた」
06年「なんと、勇者アゼルを目撃した者ががいるらしい。その詳細は不明」
以降、名を連ねた勇者達の没年が記されているばかりで、誰一人魔王に辿り着いたものはいない。
「魔王クルーエル、勇者アゼル……か。一度は魔王攻略を間近にしていたなんて、なんとも信じられない事実だな。……ん?」
すると、カインは不審な点に気づく。その栄誉の死を刻まれた数々の勇者の名前が、年表の後半に再び記されている。
1121年「勇者ラウル、レッドドラゴンとの戦いにより死去」
1621年「勇者ラウルと思われる人物が現れた。伝承通りのその姿から生き写しとしか思えない。しかし、彼はその手に取られた剣で人間を襲い始めた。苦難の末、ラウルを倒すまでに至ったが、その後の詳細は不明。」
1172年「勇者レナード、死去。」
1672年「勇者レナードと思われる人物が現れた。レナードは自らを”魔物”と言い、人間を襲い始めた。勢力を尽くし、彼の横暴を食い止め、医師に解剖をさせた。その人ならぬ体の作りはまさしく魔物。彼は、勇者レナードは魔物として蘇ったのだ!」
「……ば、馬鹿な。こんなことって…。この計算だと、500年後に蘇ってることになる」
さらに項目を見て行くと、カインは目を疑うような文章を目の当たりにする
「……う、嘘だろ? そんな、そんなこと、あり得ない……!!」
1211年「勇者シレン死去」
今は1714年。…勇者シレンは、3年前に蘇った事になる。
「でも、そんなわけ……」
すると、突如後ろから叫び声がし、背筋をビクリとさせる。
「ここにいたのね、カイン! 無事でよかったわ」
シリアの声。あわてて本を閉じる。
「や、やあシリア。そっちは……どうだった?」
「ええ、シレンの救出はなんとか成功したわ。あとは彼がデモンズを倒してくれれば一件落着よ」
微笑みかけるシリア。
カインの顔はひきつった顔で作り笑いする。
「ところでカイン、あなたはこんなところで何をしているの?」
「え……ぼ、僕かい? なんでもないよ! さあ、早くシレンの元に行ってあげないとね!」
カインは本を背で覆い隠す様にして、シリアの背中を押しながら書庫を後にする。
カインはうつむいたまま歩いた。受け入れがたい真実。抑えきれない、なにか心を締め付けるような複雑な気持ち。それでもシレンは心を許した大切な友人であることには変わらない。
ため息とともに、誰にも届かないその声で、呟く。
僕は、どうすればいい……