『山賊デモンズキング⑤』
「こっちの方にはいなかったよ」
いつものバーの前で、いつもの三人は浮かない表情で立ち尽くしている。
「ニナと手分けして探したけど、こっちも見つけることができなかったわ」
「だとすると……」
カインはまっすぐ森の方を見る。
「やっぱり、一人で行ってしまったのか。シレンは」
時間は昼過ぎといったところか。カインが出発前に一声かけようと、シレンの宿泊している宿を訪れたことで、シレンの失踪が発覚する。
「今からで間に合うかしら…急げばそんなに掛からない距離だけど……」
「行ってみないとわからない。とにかく、急ごう!!」
三人は森へと駆けて行った。
***
「ちょっと待った!」
森に入り、最短ルートを全力で走っている三人であったが、突如カインの声にその足を止めた。
「……これは」
シリアが顔をしかめる。
「死んでいるね……この山賊。魔物に切り裂かれた傷跡がある。」
そこには木にもたれかかって息絶えている山賊の死体があった。
「あ……!」
「どうした、ニナ?」
「ペンダント……」
なんと、その山賊の手には昨夜盗られたはずのペンダントが握られていた。
「ニナのペンダントよね、これ。確か、昨日盗られたっていう……」
ニナは山賊の手からペンダントを取ると、自分の首にかけた。幸い血などはついていないようだ。
「でも、これじゃあ話がおかしくないか?」
怪訝な表情を浮かべるカイン。
「どういうこと?」
「デモンズに昨晩中に事件の事を伝えられる人間と言えば、シレンが唯一取り逃がしたというこの男だけ。しかし、この男はアジトに辿り着くまでに魔物に殺されてしまった……」
「……つまり、デモンズに情報が伝わるわけがないってことかしら。別の人が通りかかって知らせたのかもしれないわ」
「可能性は低いな。夜にこの森を歩いてる人間なんてほとんどいない。それに、その通りかかった人が、デモンズキングの人間じゃなきゃ成り立たない話だよね、それは。」
「それもそうね。じゃあ一体どうやって…」
困って悩み始めてしまう二人。
それを見たニナはシリアの袖を引っ張る。
「そうね、今はこんなところで悩んでる暇はないわね」
そういうと、二人は顔を合わせて頷き、先を急いだ。
***
あっという間にアジトまでやってきた三人。
シレンはあんなに苦労してやってきたのに、その半分以下の時間で到達した。
洞窟に入ると、しばらく一本道が続いた。サイドにはランプが灯されていて、導空内での唯一の明かりとなっている。時折、髑髏など趣味の良いとは言えない飾り物が装飾されている。
足場の悪い道を進むと、ちょっとした広間に出た。
そこには四、五人の山賊達が鼻や口から血を流し、倒れていた。外傷はなく、どうやら殴られて気絶しているだけのように見える。
「やはり、もうシレンは来ているようだね。しかし、斬られた形跡がないし……殴られた痕跡を見るに、彼は武術の達人かなにかなのかな?」
「今度あなたも挑んでみれば? 鼻血を出して倒れるあなたの姿が目に浮かぶわ」
「……相変わらずキツイなぁ、シリア。僕を何だと思ってる?」
苦笑するカイン。結局その答えは返ってこなかったが。
しばらく進むと、道が二手に分かれている。
「さて、どっちに進もう。手分けするかい?」
「……そうね、そっちの方が効率的だわ。私はニナと右へ行くわ。あなたは左をお願い」
「ん、わかった」
そう言うと、それぞれの道へと走った。
***
こちらはシリア&ニナの方。
「こっちが正解だったみたいね……」
ゴクリと息をのむシリア。その隣でニナも息をひそめる。
大広間を前に、ゴツゴツした岩陰から広間を覗くと、そこには山賊達と睨みあうシレンの姿があった。山賊達の数を数えると、15…20はいるようだ。一人で相手するのは到底無理だ。
すると、シリアはシレンの死角に入ろうとゆっくり動く山賊の姿を見つける。
(まずいわね……あいつの動きを止めないと、シレンが危ないわ。)
「ニナ、私の魔法の発動と同時に突っ込むわよ!」
ニナは静かに頷き、その手を腰に挿された刀へと回す。
シリアは静かに詠唱を始める。
シレンの死角に入ることに成功したその山賊は、音もなくゆっくりとシレンの背後まで接近する。
そしてその山賊は勝ち誇ったかのよう顔をして叫んだ。
「悔やめ! 我ら『デモンズキング』にちょっかい出したことをッ!!」
「ニナ、行くわよ!!」
――――キィィーン
山賊がその斧を振り上げた瞬間、シリアの発動した氷属性の魔法が、その男の腕を氷漬けにした。
「シリアッ!?」
驚きの声を上げるシレン。
次の瞬間――――
「ボサっとしてんじゃねえぞゴミやろぉおおお!!」
その小柄な体から繰り出される剣捌きは、容赦なく山賊達の体に刻みこまれる
「遅えっつってんだよぉおおお!!」
呆気に取られる山賊達。な、なんだこのガキはっ!!
「…………へ?」
しかし、そこには山賊以上に呆気に取られ、ただ茫然と立ち尽くし、状況が把握できていない男がいた。言うまでもなく、シレンだ。
「あらら……」
岩陰から見ていたシリアも苦笑している。
「テメェもボサっとしてないで戦ぇええ!剣士!!」
敵の斧も見事にかわしつつ、こちらの方へ何やら罵声を飛ばす女の子が一人。
「……ニ……ナ?」
そう、ニナは刀を持つと性格が変わってしまうのである。
シレンの中にあった大人しく純粋無垢な女の子であるというニナへのイメージは、この時、音を立てて壊れた。