終わらない通知
職場でお昼休憩をとっていた時、<ピロン>とSNSの通知音がなった。
なんだろうと、何気なく開くとおすすめ欄に「#ベビーカー女」という言葉が上がっていた。
覗いてみると、ある女性がベビーカーを押しながら混雑した電車に乗ったことに対する、容赦ない批判の嵐だった。
動画はすぐに拡散され、コメント欄は炎上。
顔にはモザイクがかかっていたが、持ち物や髪型から身元がすぐに特定された。
「満員電車で、これは非常識」
「自己中心的」
「周りに迷惑」
「こんな母親は嫌だ」
画面の中で飛び交う罵声に、わたしは思わず“いいね”を押した。
そこに悪意はなかった。
ただ、なんとなく同意しただけだった。
ーーでも、それが始まりだった。
わたしは次第に、”そっち側”の人間になった。
通勤中、居酒屋の隣の席、街角のすれ違い――他人の“非常識”を観察するようになっていった。
誰かがエレベーターの「閉」ボタンを連打していると、それをスマホで撮った。
タバコをポイ捨てする中年男性、車内で電話する女子高生、駅で酔いつぶれる若者。
わたしは撮った。
撮って、撮って、撮ってーーひたすら、アップした。
まるで、何かに取り憑かれたかのようだった。
「#日常の非常識」
「#これってあり?」
「#社会のゴミ」
最初は数件だった通知が、日を追うごとに膨れ上がっていった。
フォロワーが増え、コメントがつき、リポストが繰り返されると、わたしは何者かになれた気がしていた。
誰も言葉にできないモヤモヤを、可視化する存在ーーそれは、とても気持ちがよかった。
でも、それは長く続かなかった。
***
<ピロン>とSNSの通知が鳴る。
「ねえ、この投稿あなたじゃない?」
友人から、そんなDMが届いた。
開いてみると、そこには、居酒屋で笑っている自分の姿が写っていた。
酒を飲み、マスクを顎にかけて、大声で話している。
ああ、これは確か、去年の忘年会だ。
誰かが撮っていたのか。
それからは、まるで連鎖するように、フォらわーたちから次々と画像が届いた。
電車で化粧直しをしている姿、歩きスマホに夢中になっている後ろ姿、電車の優先席に座る姿。
それらすべてに、「#一番の非常識者」「#社会のゴミはお前だ」「#粛清対象」といったハッシュタグが添えられていた。
わたしがやっていたことが、そっくりそのまま返ってきていたのだ。
否定しようにも、証拠はそこにある。
最初は味方だったフォロワーたちが、一転して牙を剥いた。
「人を叩くやつが一番醜いよね」
「ただの偽善者だったってことか」
「ウケる。自分が晒される気分はどう?」
ーー通知は鳴り止まない。
昼も夜も、通知、通知、通知。
震えが止まらず、会社にも行けなくなった。
これまでの投稿を削除したが、無意味だった。
スクショされた投稿が、あちこちで再拡散されているからだ。
***
ある夜、ついに通知の数が「999+」のまま固定されていることに気づいた。
どれだけ消しても、新しい通知が湧いてくる。
誰かが、わたしの名前で、新しい投稿をしているようだった。
アカウントが乗っ取られていたのだ。
《#こいつが次のターゲット》
《#監視は終わらない》
わたしはスマホを捨てた。
でもダメだった。
“終わらない通知”は、わたしの中に根を張ってしまったのだ。
今ではスマホを見なくても、胸の奥で振動を感じる。
ずっと、誰かが見ている気がする。
ずっと、誰かがーー。
もう、わたしの人生は”終わらない通知”に支配されている。
ログアウトする方法は、ただ一つ。




