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終わらない通知

作者: 桔梗
掲載日:2026/07/08

職場でお昼休憩をとっていた時、<ピロン>とSNSの通知音がなった。


なんだろうと、何気なく開くとおすすめ欄に「#ベビーカー女」という言葉が上がっていた。


覗いてみると、ある女性がベビーカーを押しながら混雑した電車に乗ったことに対する、容赦ない批判の嵐だった。

動画はすぐに拡散され、コメント欄は炎上。

顔にはモザイクがかかっていたが、持ち物や髪型から身元がすぐに特定された。


「満員電車で、これは非常識」

「自己中心的」

「周りに迷惑」

「こんな母親は嫌だ」


画面の中で飛び交う罵声に、わたしは思わず“いいね”を押した。


そこに悪意はなかった。

ただ、なんとなく同意しただけだった。


ーーでも、それが始まりだった。


わたしは次第に、”そっち側”の人間になった。

通勤中、居酒屋の隣の席、街角のすれ違い――他人の“非常識”を観察するようになっていった。


誰かがエレベーターの「閉」ボタンを連打していると、それをスマホで撮った。

タバコをポイ捨てする中年男性、車内で電話する女子高生、駅で酔いつぶれる若者。


わたしは撮った。

撮って、撮って、撮ってーーひたすら、アップした。

まるで、何かに取り憑かれたかのようだった。


「#日常の非常識」

「#これってあり?」

「#社会のゴミ」


最初は数件だった通知が、日を追うごとに膨れ上がっていった。

フォロワーが増え、コメントがつき、リポストが繰り返されると、わたしは何者かになれた気がしていた。


誰も言葉にできないモヤモヤを、可視化する存在ーーそれは、とても気持ちがよかった。

でも、それは長く続かなかった。


***


<ピロン>とSNSの通知が鳴る。


「ねえ、この投稿あなたじゃない?」


友人から、そんなDMが届いた。


開いてみると、そこには、居酒屋で笑っている自分の姿が写っていた。

酒を飲み、マスクを顎にかけて、大声で話している。


ああ、これは確か、去年の忘年会だ。

誰かが撮っていたのか。


それからは、まるで連鎖するように、フォらわーたちから次々と画像が届いた。

電車で化粧直しをしている姿、歩きスマホに夢中になっている後ろ姿、電車の優先席に座る姿。


それらすべてに、「#一番の非常識者」「#社会のゴミはお前だ」「#粛清対象」といったハッシュタグが添えられていた。


わたしがやっていたことが、そっくりそのまま返ってきていたのだ。


否定しようにも、証拠はそこにある。

最初は味方だったフォロワーたちが、一転して牙を剥いた。


「人を叩くやつが一番醜いよね」

「ただの偽善者だったってことか」

「ウケる。自分が晒される気分はどう?」


ーー通知は鳴り止まない。


昼も夜も、通知、通知、通知。

震えが止まらず、会社にも行けなくなった。


これまでの投稿を削除したが、無意味だった。

スクショされた投稿が、あちこちで再拡散されているからだ。


***


ある夜、ついに通知の数が「999+」のまま固定されていることに気づいた。


どれだけ消しても、新しい通知が湧いてくる。

誰かが、わたしの名前で、新しい投稿をしているようだった。

アカウントが乗っ取られていたのだ。


《#こいつが次のターゲット》

《#監視は終わらない》


わたしはスマホを捨てた。

でもダメだった。


“終わらない通知”は、わたしの中に根を張ってしまったのだ。

今ではスマホを見なくても、胸の奥で振動を感じる。


ずっと、誰かが見ている気がする。

ずっと、誰かがーー。

もう、わたしの人生は”終わらない通知”に支配されている。


ログアウトする方法は、ただ一つ。

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