暗闇のなかで
駅前に到着して最初の関門はゲームセンターの自動ドアだった。
電気が来ていないので反応しない。
しかし、試しにフレームに手を当てて押してみると、ドアはわりと簡単に開いた。
つぎの関門は明るさだ。
L字に曲がった階段で地階に降りると、ゲームセンターの中は真っ暗だった。
灯りは用意して来なかったから、目が暗闇に慣れるまで、ゆっくりと進むしかない。
入口付近はいくらか明るい。
だが、少し奥に入れば――
「いてっ」
後藤は何だかわからないゲームの筺体にぶつかった。
同じような筺体が並んでいるだけだと思って進むと、たまに並び方が変わる。
そんな場所には特殊な筺体があって、出っ張った部分にぶつかる。
暗闇の中、もう何度そんな目に遭ったことか。
このゲームセンターは意外と大きいのだ。
それに――
やはり暗闇というのは、人に恐怖を感じさせる。
クレーンゲームの筺体の中の人形に気づいたときは、悲鳴を上げそうになった。
その人形は、入口から差し込む微かな光に照らされて、何かを訴えるようにじっとこちらを見つめていた。
人形というものは、ときに恐れをもたらすもの。
おまけに、後藤には幼少期の恐怖体験がある。
それは人形が動いた記憶。
あれは三歳前後のことだった。
当時、後藤は、親族から「男らしく」という概念を吹きこまれ、人形で遊ぶのをやめた。
それまで大事にしていた人形は押し入れにしまい込んだ。
だが、ある夜――
その人形は、部屋の角から歩いてきて、後藤の寝ていた布団の足もとで消えた。
ただそれだけのことだ。
だが、それだけのことでも、十二分に恐ろしい。
特に、暗闇のなかにいる現在の状況下では。
後藤は当時の恐怖を思い出してしまった。
おかげで進む速度がさらに遅くなった。
ようやく奥までたどりつくと、ありがたいことに、扉のカギはかかっていなかった。
そっと扉を開き、事務所へと入る。
扉の中は、さらに深い暗闇の支配下にあった。
暴力団事務所だけに、そこには犠牲者の怨念が――
後藤は頭に浮かんだ考えを振り払った。
だが、腰が引けて、進む速度が一層遅くなる。
それでも逃げ帰るという選択肢はない。
食料は絶対に必要なのだ。
後藤は愛用の鋼管で前方を探りながら進む。
びくびくしながら。
しばらく進むと鋼管がソファに触れた。
さらにその向こうには硬い感触。
たぶんローテーブルだ。
暴力団員が禁煙するはずがない。
そう考えて、そのローテーブルの上を調べると、案の定、タバコとライターがあった。
ライターをとり、火をつける。
その灯りのもと、周囲を見回すと、壁に消火器とともに非常用懐中電灯がセットされていた。
懐中電灯があれば探索の効率があがる。
缶詰は、そこから二つ目の部屋で見つかった。
そこではそれ以外のものも――
その部屋には、足音が微妙に変化する場所があった。
たぶん、その下には空洞がある。
そう考え、カーペットをはがして見ると、案の定、そこには床下収納庫があった。
暴力団の隠された収納庫。
これは開けるしかない。
後藤はそう考えて、回転式の取っ手をつかんだ。
暗闇への恐怖は消えていた。
取っ手を引き上げると、ありがたいことに、鍵はかかっていなかった。
――よしっ!
収納庫の扉は問題なく開いた。
わくわくしながら中を見ると、そこには銃器や刀剣類があった。
後藤は拳銃をひとつ、銃弾を一箱、そして日本刀を一振り取り出した。
暗い中、それらを調べようと思ったが、さきほどまでの恐怖がぶり返してきた。
銃弾が拳銃にあった物か不安はあったが、後藤は恐怖に負けてしまった。
――たぶん、一緒に置いてあったから大丈夫だ。
後藤以外に人はいないのだから、なくなることはない。
使えなければまた来ればいい。
そう自分を納得させた。
気になるなら、全部持っていけば――
そう考えはした。
だが、現実には、重量的に多くは持って行けない。
取り出した武器だけでも5キロ以上になる。
その分、持ち帰る食料は減らさねばならないのだ。
後藤としては、食料をもっと確保したい。
食料は絶対に必要なのだから。
それでも、武器は重要なのだ。
後藤は収納庫を閉めてカーペットをかけ直した。
なぜ武器が重要なのか。
それは――
後藤は犬たちとの戦いを想定していた。
野犬は群れを作る。
飼い犬だった犬たちが狩りを憶えれば、群れでの生活に移行していくだろう。
いまは食糧難で喰い合いをしているが、しばらくしたらきっとそうなる。
会社の近くには里山をそのまま公園にした場所があり、野鳥や栗鼠が多く見られる。
そこは犬たちにとって絶好の狩場になるだろう。
後藤の拠点近くに犬たちのテリトリーができたら?
時間が経てば、群れた犬たちとの戦いもあり得る。
後藤には、犬から逃げるために拠点を移す考えなどないのだ。




