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混沌の科学  作者: 藤原時照


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3/3

現代科学のからくり

 現代物理に確固たるものはあったのだろうか?

 後藤は考える。

 現在の物理法則の多くには、さまざまなレベルの近似や経験的要素が含まれている。

 後藤の想像し得る範囲では、

   電荷保存

   ローレンツ不変性

   CPT

 の組み合わせは、まず破綻しないだろう。

 だが、それは「まず破綻しない」であって、「絶対しない」ではない。

   局所的なゲージ対称性

 これが破れたら現代物理学のほぼ全てが影響を受ける。

   CPT定理

 これが破れたら現在の量子場理論の数学的構造自体が成り立たなくなる。

 だが、これらでさえも条件付きで語られることが多い。

  「現在のエネルギーのスケールでは」

  「局所的に」

  「量子重力の領域を除いて」

「完全に」、「無条件で」、「永遠に」と言い切れるものは、現代物理学には存在しない。

 それが事実。

 たぶん、いま、ここで、「まずない」と考えられていたことが起きている。

 結局、科学というものは幻だったのかもしれない。

 現象を説明できているように見えても、本当はできていなかったのだ。

――そんな幻を振りかざす者たちが多かった。

 後藤は会社での日々を思い出す。

 会社の業務では、いつも一流大学出身で博士号を持った連中が障害になった。

「理論的にありえない」

 彼らはいつもマウントをとって邪魔をする。だから、後藤は隠れて実験をし、彼らが間違っていることを結果で証明して来た。後藤のその行為は彼らのメンツをつぶし、敵を量産する結果になったわけだが。

 理論に振り回されてはならない。

 それが後藤の考え方だ。

 理論とは単純化したモデルに沿ったもの。だが、現実世界では介在物等が入り込み、単純なモデルではなくなる。マイクロ、ナノ、ピコと微小化して行くに従ってその傾向は強くなる。

 理論は実験から導き出される。

 だが――

 単純化しすぎでモデルが現実と乖離していたら?

 間違ったモデルを基に理論が構築されているとしたら?

 それに、モデルに織り込んでいない未知の因子が存在する可能性だって否定できない。

「理論的にありえない」などと言いきれるほど、現代科学は確固としたものではない。

 加えて、日本には独自の問題もある。

 ナノ領域の研究では、理屈通りにいかないことが少なからずある。先生方はシミュレーションの方を補正して実験結果に合わせこむ。逆に、後藤はそういう部分にこそ新しい発見があると考え、実験を重ねて解析した。そして、既存の常識に反する結果を見出した。だが、革新的な何かを見つけても、それを表明するのは難しい。そこには派閥が存在するのだから。

 その研究結果がひとつの派閥の主張の範囲に収まっていれば問題ない。

 だが、一部が対立派閥の主張する領域に跨っていれば?

 あるいは主流となっている考え方を否定するものであれば?

 昨今では、国が産学官連携を強調するから、「産」は「学」と縁を切ることはできない。だから、派閥の大御所から、あるいは大御所に忖度した人物からクレームが入れば、間違いでしたと自分の主張を引っ込めるしかない。

――馬鹿らしい。

 いまならそう言える。

 大御所の機嫌をとるために、考えた企画を実行できない。

 苦労して産み出した成果を論文発表することができない。

 それらはよくあること。

 にもかかわらず、国の関わる事業では産学官連携が必須。

 実験から解析まで、すべて企業でやったとしても、先生方にお伺いを立てねばならない。「官」が「学」を強要するから先に進むことができなくなる。

――ひとりは気楽で良い。

 それがいまの正直な気持ちだ。

「腹減った」

 そうつぶやき、後藤は少し離れたトマトのエリアへと向かう。

 そのエリアは金網で囲われている。カラス避けだ。はじめて作物が実りはじめた時、カラスの大軍が襲来した。その際、こちらも反撃したが、駆除できたのはほんの数羽。制空権という言葉の意味を実感した。いまは適当に組んだ骨組みに金網をかけて作物を守っている。

「うまいなぁ」

 こんなとき、生きていることを実感する。完熟した作物は味が違う。自分で育てたというのもポイントだ。こういう生活こそ人間のあるべき姿ではないかとしみじみ思う。

 トマトをかじりながら、午後何をするか考える。

――缶詰探索かな。

 缶詰は店頭に存在しない。買い占めがはじまって、まっさきに店頭から消えた。たぶん、民家を漁れば、買い占めた備蓄がいくらかは見つかるだろう。だが、個人宅に入るのは抵抗があるし効率も悪い。この会社のように、組織なら非常用食料を備蓄しているはずだ。そちらを探す方が良い。

 いろいろ考えていたら、駅前のゲームセンターの奥に暴力団事務所へつづく扉がある、という噂を思い出した。思い出したら行ってみたくなった。こんなときでもなければ縁のない場所だ。

 後藤は汗をぬぐい、会社の敷地から外に出た。

 駅へは十分ほど歩く。

 ゲームセンターはその手前。

 ビルの一階から地下へつづく階段の先にある。

 もしも事務所に人がいたら?

 それはそれで面白い。

 後藤は好戦的な笑みを浮かべた。

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