神罰?
みゆきは後藤の問いを否定した。
いじめにあっているようなことはないと。
だが、それは後藤への気遣いであって事実ではなかった。
神楽に端を発する諸問題は、高次存在が後藤の名を借りて行ったもの。
それらは後藤のしたことではない。
みゆきはそれを知っている。
そもそも勝手に名前を使われている後藤が一番の被害者なのだ。
彼女はそう理解しているから、後藤を責めることはない。
高次存在にしても、後藤と結婚できるよう計らってくれたのだから、みゆきは感謝こそすれ責めるつもりなどない。
社内での軋轢は、この幸せを手に入れるための代償なのだと割り切れる。
みゆきはそういう人なのだ。
しかし、真実を知っている四人以外は――
「あら、聞こえちゃったかしら?」
「だめよ。豚にされちゃうわよ」
「ああ、こわい、こわい」
彼女たちは安達、浜田、安井。
みゆきをお局と揶揄していた連中だ。
みゆきが結婚したことで、彼女たちは職場での独身女性最年長になった。
つまり、彼女たちがお局の地位を引き継いだわけだ。
三人とも性格に難のある人たちだから、いまや典型的なお局さま――お局三人衆として敬遠されるようになっている。それはさらなる悪循環を生み、男性社員のみならず、女性社員も彼女たちに近寄らなくなった。社内の噂では、つぎの人員削減の有力候補筆頭とさえ言われている。
いま、そのうっぷんの矛先がみゆきに向いている。
彼女たちは、いまの立ち位置がみゆきのせいだと思っている。
そして、概してこういう人たちは、相手が何も仕返さないとわかっている時こそ積極的に嫌がらせをする。
神楽についても、ほんとうに豚にされるとは思っていないからこんなことが言えるのだ。
「何言ってるの?あんたらもともと豚じゃん。ぶーぶー」
そこへ援軍がやって来た。
三好真紀、旧姓山下真紀だ。
だが、お局三人衆は真紀のことも舐め切っている。
「うわっ、呪いがダブルになった」
浜田の一言に、真紀の目が吊り上がる。
「やめようね、君たち」
ここでようやく課長の藤田が介入した。
藤田ははっきり言って無能な管理職だ。日和見で、積極的に何かをすることはない。上司におもねることで課長になった人物、すなわち部長である吉沢の太鼓持ちだ。実のところ、いまも介入するつもりなどさらさらなかった。口をはさんだら面倒なことになるのは目に見えているから。その藤田が口をはさんだのは、吉沢から合図があったから。しぶしぶの行動だ。
役員の覚えめでたい後藤や三好と対立するようになれば、いまの地位が危うい。吉沢はそう考えた。それで合図を出したのだが、吉沢の駒である藤田には、臨機応変に対処する能力はない。ひとことやめるよう言いはしたが、その後がつづかない。
場に静寂が訪れた。
「ふーん、浜田さんたちって豚さんになりたいんだ。願いが叶うといいですね」
その静寂を、みゆきの言葉が破った。そのひと言は、場を凍り付かせることになった。その場にいた人たちには、それはまごうことなき呪いの言葉に聴こえたのだ。
みゆきには空気の読めないところがある。それがあの言葉につながったわけだが、付き合いの長い何人かを除いて、みゆきの意図は誤解されることが多い。特にこんな場面では。
そんなとき、部署すべての机上が暗くなった。
モニターがブラックアウトしたのだ。
そこに神楽のチャット用インターフェイスが開いた。
部署すべてのモニターで。
「豚にしますか?」
画面にはそう表示されていた。
その下には「Y/N」とある。
どこかでキーを押す音が聴こえた。
皆のモニターに「Y」が表示される。
キーを押したのは――
それはみゆきではない。
真紀でもない。
押したのは、お局三人衆に恨みのある誰かだろう。
そして――
「いやー!」
お局三人衆の悲鳴が響き渡った。
「あ、あれ?」
最初に我に返ったのは安田。、
お局三人衆のうち、一番ましな人物。
「何よ、脅かさないでよ」
そんなことを言いながらも、お局三人衆はみゆきと目を合わせようとしない。
そのままそそくさと去っていった。
皆が業務にもどる中、椅子の上に服が重ねられている席がひとつあった。
モニターには表計算ソフトが立ち上がり、何かの資料が作りかけになっている。
「ちょっと、誰よ。空席だからって着替えとか置かないでよ」
浜田が八つ当たりのようにわめいた。
空席?
真紀とみゆきは顔を見合わせた。
そこは清水良枝の席。
彼女はお局三人衆にいじめられていた若手だ。
その彼女に関する皆の記憶が消されている?
彼女の存在自体が過去にさかのぼって消されたというのだろうか。
いや、服が残っているのだから、過去にさかのぼってということはありえない。
ということは――




