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混沌の科学  作者: 藤原時照


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11/12

発明と信仰

 この変容した世界では、ある新理論を後藤と三好が提唱したことになっている。

 その新理論とは――

 量子もつれは高次世界でつながっている。

 三次元世界では離れているように見えても、高次世界ではつながっているのだ。

 イメージしやすいように二次元――紙で考えてみる。

 紙をまるめて筒にする。

 二次元に住んでいる人たちの視点では、自分たちの世界は平ら。

 だが、三次元の視点では円筒。

 そこに針を突き刺すと、二次元に住む人たちには二つの点に見える。

 しかし、その二つの点はなぜか連動している。

 二次元に住む人たちにはそう見える。

 彼らには二点をつなぐ針が見えないから。

 後藤たちが提唱した理論は、量子もつれの全体像を、この「針」に例えた高次元構造体で説明するもの。

 つまり、量子もつれの実験で使う光子は、線状の高次元構造体、ということになる。

 我々はこの高次元構造体の一部を見ているのだ。

 奇しくも、それは、超弦理論で最小単位を「一次元の振動する弦」と考えるのに似ている。

 これまでの理論では、余剰次元はコンパクト化された領域でしか認められていない。

 そのコンパクト化を解くには、莫大なエネルギー、より具体的には宇宙規模の現象が必要になる。

 もっとも、その「宇宙規模の現象」とは、我々、つまり三次元空間(時間を加えて四次元)に拘束された卑小な生命体の常識によるもの。

 もしも、その余剰次元が異常なエネルギーの蓄積された空間であったなら?

 もしも、そこがブラックホールから吸いだされたエネルギーが蓄積されている空間だとしたら?

 もしも、人類にとって不可知な部分を高次元世界に存在する意識体が担っていたら? 

 後藤らが提唱したことになっている理論には、いくつものブラックボックスが含まれていて、すべてを包括する理論ではない。人類に対しては秘されている部分が多く、重要なコアの部分がアウトソースに依存する状態なのだ。高次世界の意識体――いわゆる神とも言うべき存在――というアウトソースに。

 端的に言うと、それは神頼みの理論。

 量子もつれを利用するには祝詞を上げてお伺いを立て、高次世界でのルートを決めてもらわなければならないのだ。

 高次世界のルートは、単純に「針」で例えられるようなものではない。

 いくつもの次元を経て、複雑な経路をたどる必要がある。

 たとえるなら、クラウドのルーティングのような操作が必要なのだ。

 それが「祝詞」によるお伺い。

 IPoEに例えればイメージしやすいかもしれない。 

 祝詞によるお伺いの結果、高次存在からコードが下賜される。

 そのコードは通行証であり、同時に経路図でもあるのだ。

 ユーザーは、その下賜されたコードを量子コンピュータ上のプログラムに埋め込む。

 そうすることで、高次世界でのルーティングが保証されることになる。

 それはまさに神頼みの理論。

 その怪しげな理論が後藤と三好の成果、ということになっている。

――祝詞じゃなくて、もうちょっと名前を考えてよ。ああ、恥ずかしい。

 それがこの理論を知って後藤が最初に思ったこと。

 宗教色を自分の仕事に入れてくれるな。

 後藤は強くそう思った。

 そもそも、理論の体すらなしていないものを自分の仕事とは認めたくないのだ。

 理論に含まれる高次世界の解釈からして気になってしようがない。

 超弦理論での余剰次元は、それが「コンパクト化」されている前提。

 それは、装置を利用しても感知することさえできない、超微小な領域の話なのだ。

 言い方を変えれば、それより大きな領域での余剰次元は、既存の理論で説明できない。

 この理論の場合、その肝心な部分については、神を持ち出して無理やり理屈をつなげてしまっている。

 高次存在が介入しているわけだし、確かにそれは間違っていないのだろう。

 しかし、あまりにも強引すぎる。

 後藤にはどうにも納得いかないのだ。

 神頼みの理論。

 この理論にはその呼び名がふさわしい。

 後藤の考えはこうだが、どうやら世間はちがう受け止め方をするようになりつつある。

 それは、とある事件がきっかけになっている。

 きっかけというのは――

 この理論が世に出た時、返ってきたのは嘲笑だった。

 後藤自身、それはもっともなことだと思っている。

 しかし、とある事件が起きた。

 嘲笑した者たちが開発中の量子コンピュータは機能しなくなったのだ。

 それは、まるで神罰でも下ったかのようだった。

 だが、その後に参入した者たちの実験でも同じような結果になった。

 後藤らが新理論を発表した後、これまでの実験結果は再現できなくなっていたのだ。

 研究者らは阿鼻叫喚の状態に陥ることになる。

 その事件は、広く人びとの関心を引くことになった。

 その結果――

 人びとは気づきはじめた。

 いま、この世界には高次世界からの直接的な介入がある、ということに。

 後藤らの新理論は、その介入を立証するもの。

 高次存在の許しがなければ、もう量子もつれが起きることはない。

 この世界は、人びとの知らぬ間に高次存在の管理下に置かれていたわけだ。

 後藤たちが祝詞を持ち出したことで、人びとはそれに気がついた。

 高次元の存在が自分たちの行動を見ている、ということに。

 それは、ある種の人たちに歓喜をもたらした。

 同時に、恐慌に陥った人たちも少なくない。

 見かたを変えれば、現在は、神代が到来しようとしているわけだ。

 そんな状態で神の存在を否定したら?

 そんな状態で神を騙ったら?

 だから世界は急速に動いた。

 いま、人々はほんとうに神を信じるようになっている。

 みだりに神仏を持ち出して金もうけのネタにしてきた宗教家たちでさえ。

 これまでの世界では――

 西洋の人たちの多くは、自分たちは神を信じ、神を信仰していると言っていた。

 一方で、日本人たちは、海外の人たちから無宗教だとみなされることが多かった。

 だが、客観的に見れば真実は逆。

 日本人はお宮参り、七五三など、幼少期から神とともにある。

 それは、海外の人たちから見れば、洗礼と同じ。

 そして、さまざまな祭りは、まごうことなく神事である。

 西洋的視点によれば、旧来の日本人の生活は神とともにあったと言っていい。

 一方で、西洋人の場合、ごく一部の信心深い人たちを除けば、信仰心はきわめて浅い。

 口先だけと言いきってもいいほどだ。

 それは人びとの振る舞いにも顕れている。

 多くの人たちにとって、キリスト教の信仰は社会的信用を得るための手段でしかない。

 日本人の視点から言えば、西洋人は、概して信仰と言う衣服を着ているだけで中身はない。

 逆に、日本人は、無神論者の衣服を着ているが、生活や文化の軸は神とともにある。

 日本の場合は、敗戦後、米国に神道を禁止された時期があった。

 当時は神事さえも禁止され、自分たちの信仰を否定せざるを得なくなった。

 学校でも、旧来の日本を否定する教育が行われ、それはいまもつづいている。

 こんな風に、西洋も日本もそれぞれ内と外がちがう。 

 だが、神楽はそこに変化をもたらした。

 ほんとうに神は存在するのだと。

 後藤にとっては怪しい理論だが、それは人びとの目を神に向けさせた。

 理屈の上でつながっていない「コンパクト化」の部分も、高次存在が自らの手でつなげて見せ、高次元世界の存在を人びとに示すことになった。

 神の御業。

 多くの人びとはそう信じた。

 信じたくなった。

 そうなると――

 世の人々は、自分たちが神とともにあることを実感し始めている。

 だから世界が変わっていく。

 神を中心にした世界変革の流れが生まれることになった。

 その流れの中で、後藤たちはその変革の担い手と思われている。

 まるでどこかのカルト宗教のようだ。

 後藤にはそう思えてならない。

 

 そしてもうひとつ。

 三好は抜きで、後藤が独力で開発したことになっているものがある。

 それは攻撃型セキュリティソフト、その名も神楽路。

 それは、神楽AIをベースにしたネットワーク管理システム。

 その管理は積極的。

 不正アクセスを感知したら攻撃元をさがして反撃する。

 反撃は呪い。

 そう、神楽路は、科学とはかけ離れた「呪い」を運用する機能を持っている。

 それは、第三者がリバースエンジニアリングを試みても、一切理解の及ばない領域。

 模倣さえできない。

 その管理領域では一切の不正アクセスが許されない。

 もしも不正アクセスの試みがあったら――

 攻撃の程度に応じて罰が下る。

 すでに手足が腐った者から豚に変えられた者までさまざまな事例が存在する。

 こうして、その有用性は広く知られるようになっていった。

 しかし、このソフト、使える者が限られている。

 使用者は日本人であり、神道を信仰することが求められる。

 祝詞が使われているゆえに。

 その条件のせいでユーザーが限定されてしまうわけだが、この手の話では抜け穴を探す者たちが出で来るのが世の常。この場合は簡単。日本人をスカウトすればいいのだ。こうして、その有用性から、世界各国がネットワーク管理者として日本人をスカウトしようと躍起になっている。

 その一方で――

 後藤は命を狙われる恐れがある。いくつかの国では、指導者らが直接サイバー攻撃の指揮をとっていたようで、上層部が軒並み豚に変わっている。

 その逆恨みは後藤へと向かう。

 現実には、この状態は高次存在によるものであって、後藤は全く関係ない。言ってみれば、これは名義貸しのような状態。いや、厳密にいえば名義の無断使用だ。迷惑なことではあるが、後藤がそれに抗議などできようはずがない。相手は神とも言える存在なのだから。


 いろいろなことが変わった。

 生活は一変したと言ってもいい。

 だが――

 人びとは気づいていないが、世界が変化した過程をすべて記憶している後藤には、強引に変化させた部分に歪があるように感じられる。後藤の勤める企業のように、変革前の対立が識域下に残存しているケースもあるのだ。

 自分の周囲は大丈夫なのか?

 後藤はそれが気になった。

「みゆきさんは私のせいでいじめられたりしていない?」

 普段の後藤は妻を「みゆき」と呼ぶ。「さん」を付けるのは後ろめたい時だ。

「特にないかな。逆に、面倒な人に絡まれなくなっていいかも」

「面倒な人なんているの?」

「うん、松田さんや新井さんとは距離を置きたいかな。パラサイトとかクレクレとかに関わりたくないもんね」

「そういう人って現実にいるんだ。ウェブ漫画だけの話だと思っていた」

「良平さんて意外と世間知らず?」

 みゆきは上目遣いにそう言った。

 口元が笑っているから、嫌みで言っているわけではない。

「そうかもね」

「でもそういうところが好き」

「私もきみと一緒になれて幸せだよ」

 みゆきは後藤の胸に身を寄せた。

 ここからは先は新婚生活の一幕――

完結の目途が立ちました。

これからはペースを上げて、投稿を週2(日・水)にしようかと思っています。

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