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混沌の科学  作者: 藤原時照


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10/12

見知らぬ現実

 世界が変わった。

 もとの世界に戻った?

 いや、戻ったように見えても、ここはやはり違う世界だ。

 少なくとも後藤たち四人にとっては。

 周りの人々には世界が変化していた時期の記憶がない。彼らにとっては会社の業務がとぎれたことなど一度もなく、何ら代わり映えのしない毎日がつづいている。彼らにとっては、ここはもとからいた世界なのだ。少なくとも彼らの記憶の中では。

 そう、それはあくまでも「彼らの記憶の中では」なのだ。

 あの時期に亡くなった人たちは復帰していない。

 消えたままだ。

 かなり多くの人が亡くなったらしく、組織には大穴が開いている。

 しかし、誰もそれを話題にしない。

 なにかがおかしいとさえ感じていない。

 そこで仕事が滞っているにもかかわらず。

 話題にしないよう、暗示でもかけられているのだろうか。

 後藤は彼らのそんなありさまを気味悪く思っている。

 もっとも、すべてがそんな風に調整されているわけではない。

 製造現場の日本人と外国人たちとの関係はひどいものだった。

 製造部門では、日本人の欠員が特に目立っている。

 外国人たちとの抗争で命を落としたからだ。

 そのときの強い敵意が識閾下に消えずに残っていて、それが融和を拒んでいる。

 後藤はそう考える。

 いまの製造現場は一触即発だ。

 そんな状態がつづき、ついには乱闘騒ぎに発展した。

 敵意は現場全体に拡大し、外国人労働者たちはラインを閉鎖して立てこもった。

 後藤は本当の事情を知っているだけに、自分が介入すべきか悩んだ。

 だが、考えてみると、介入したところで、後藤にできることはない。

 余計なことをしても、石黒役員あたりから嫌がらせを受けるだけに終わるだろう。

 考えた末、後藤はしばらく静観することにした。

 何をやるにしてもタイミングは重要なのだ。


 会社からの帰り道――

 後藤はこの時間が好きだ。

 いままで考えたことはなかったが、後藤はいまはじめてその気持ちに気づいた。

 この時間、街にはあかりが灯り、仕事が終わってほっとしている人たちと、これから仕事がはじまる人たちが入れ替わる。

 この、社会の担い手が交代する時間の雰囲気には、何とも言えない趣がある。

 この社会のモードが変わる瞬間は、後藤に何か大事なものを思い出させてくれるように感じられるのだ。

 たぶん、それは「家に帰る」というステレオタイプなイメージによるものだろう。

 家で誰かが待っていてくれる。

 それは、以前の後藤なら考えることすらしなかった生活。

 いまの後藤は、周囲の雰囲気に身をゆだね、会社でのあれこれを脱ぎ捨てていく。

 家には仕事を持ち込まない。

 そこで自分がほんとうにあるべき姿にもどるのだ。

 そして――

 家に帰るとみゆき――旧姓北川さんがいた。

 

 世界が変化して、このまま結婚していいのか、という思いはあった。

 後藤にも北川さんにも、ほかに選択肢ができたのだから。

 彼女の気持ちだって、一度確かめるべきではないのか?

 後藤はそう考え、彼女に聞いてみたことがある。

 誤解されないように言葉を選びながら。

 あれは確か世界が変化した翌日だったと思う。 

「キミと結婚することになって良かったと思う。でも、キミは?気が変わったりしない?もしそうだったら言ってほしい。自分としてはこのまま結婚したいと思っている。だけど、キミに無理強いはしたくない」

 後藤は、誤解されないよう気をつけながら付け加えた。

「答えは、はいかイエスでお願いしたいな」

「もちろん、はい、です」

 みゆきは上目遣いにそう言った。

 そして、少し微笑むと目をつむって――

「ん」

 キスを要求した。

 だから後藤は――

 不満など何もない。

 この人と出会えてよかった。

 そう思っている。

 それは二人とも同じ。

 そう信じられた。

 この結婚は、人ならざる存在によってもたらされた結果。

 見かたを変えると、神が仲人をしてくれたようなもの。

 そう考えると、これは世界で最も神聖な結婚なのかもしれない。

 あの日のみゆきを思い出しながら、後藤はマンションのドアを開けた。

 

「おかえりなさい」

「ただいま」

 こうしたほんのちょっとしたやりとりにさえ幸せを感じる。

 それが新婚生活というもの。

 これまでの人生に欠けていたものを、後藤は結婚してはじめて知った。

 自宅では、一足早く帰っていたみゆきが夕食の支度をしていた。

 共働きだから、後藤は家事は分担するつもりだった。

 この歳まで独り暮らしをしてきたのだから、後藤は料理も裁縫も十分にこなせる。

 料理に至っては、付き合っていた女性が劣等感に苛まれるレベルだった。

 だから、後藤は自分から分担しようと切り出した。

「じゃあ、早く帰った方がやるということで」

 みゆきはそう主張した。

 後藤が残業なしに帰ることはめったにない。

 だから、早く帰るのはいつもみゆき。

 食事を作るのはいつもみゆきになってしまう。

 それなのに、みゆきは自分の意見を押し通した。

 みゆきはそういう人だった。 

 

 後藤はみゆきと夫婦になった日を思い出す。

 式は二組同時。

 あの世界で語り合った通り、三好たちと合同で結婚式を挙げることになった。

 それも、列席者なしの四人だけの式だ。

 誰も呼ばないのは、みんなそれなりの歳なので、いまさら大々的に式を挙げるのも、という話になったから。

 しかし、それは――

 後藤は、この世界に戻って来られたのは、皆に祝福されたいという北川みゆきの思いによるのではないかと考えている。

 いまあるのが彼女のおかげだとしたら、彼女の望みはできるかぎりかなえなければ。

 後藤はそう思っている。

 だから、後藤は彼女に尋ねた。

「披露宴ぐらいはしておいた方が良くない?」

 しかし、彼女は必要ないと言い切った。

 三好や山下さんもそれに同意したので、後藤はそれ以上何も言えなかった。

 みゆきも三好たちも、無理をしてそう言っている様子はなかったから、後藤は彼らの意見を尊重することにした。

 しかし、それでも心配だった。

 何がきっかけで不可解な事件が起きるかわからないのだから。

 気がついたら大事な人がいなくなっていた、なんて展開はごめんだ。

 考えた末、後藤は神の力を借りようと考えた。

 あの高次存在ではない、この土地の神の力を。

 古くから信仰されてきた存在には力があるはず。

 特に、いまの世界では。

 少なくとも、四人がそう信じれば、何かの助けになるかもしれない。

 いまいる世界は思いが強く作用する。

 信じれば、きっとそれは力になる。

 後藤は、この土地の氏神である〇川神社で式を挙げることを提案した。

 横浜は伊勢山皇大神宮が総鎮守というけれど、その創建は明治期と新しい。

 それ以前は――

 横浜は武蔵国と相模国が合わさってできた都市。

 四人が住んでいるエリアは相模国だった。

 相模国は〇川神社の管轄になる。

 年月の重みを考えれば〇川神社を選ぶべきだ。

 後藤はそう考えた。

 昔とは信仰の形態は変わっているかもしれない。だが、信仰自体は間違いなくいまもつづいている。長い時間信仰されたことは力になっているにちがいない。

 後藤が自分の考えを述べると、三人はそれに賛成した。

 こうして後藤たちは〇川神社で式を挙げることが決まった。

 あのときの記憶が残っている四人にとって、合同結婚式は必要なこと。

 記憶は徐々にぼやけはじめてはいるけれど、彼ら四人は、人びとが消えた世界を憶えている。

 そのせいで、職場では浮き気味になっているのだが。

 ほかの社員たちを観察したところでは、彼らは憶えていないだけではなく、新たに埋め込まれた記憶に基づいて行動しているように見える。

 だから、ときおり会話に齟齬が生まれる。

 そうなると、やはりあのときの経験を共有する四人で、さまざまなことを再確認することになる。

 こうして彼ら四人のつながりは、さらに深くなっていく。

 一応、四人にも新たな記憶は埋め込まれている。いまいる世界の変化した部分の情報が。彼らの記憶は二重になっており、実際に体験した記憶の方が強いので混乱しがちではあるが。その記憶が埋め込まれていなければ、周囲との会話が全く成り立たず、生活することさえ困難になっていただろう。特に会社の業務では。

 彼らは四人ともまだ会社に在籍している。寿退社は検討さえされていない。四人は共働きを選んだのだ。そこには問題がないわけではないが、いまのところ、うまく対処できている。

 普通の会社では、夫婦を同じ職場に置くのは嫌がられる。だから、大抵は女性を異動させる。表向きは男女平等と言いつつも、大抵は女性が割を食うようになっているわけだ。

 しかし、今回異動したのは後藤と三好だった。

 そうなったのは、世界の改変された部分に理由がある。

 この世界では、少し前に彼らの仕事内容が変わっている。

 もちろん四人にはその記憶も埋め込まれてはいるが、かなりおかしな事態になっているのだ。

 何が変わったのかと言えば――

 後藤と三好はいまや成功者であり、社内での立ち位置が以前とは全く違う。

 彼らは、いまや世界的に有名になった量子コンピュータ「神楽」の開発者。

 同時に、その量子コンピュータの機能を司る神楽AIの開発者でもある。

 彼らは世界的有名人になっていたのだ。

 だが、後藤と三好はそれを喜べない。

 後藤にも三好にも、研究者/技術者としてのプライドがあるからだ。

 プライドゆえに、やってもいない仕事で評価されるのは喜べない。

 だが、考えてみると、すべての発明はこんな感じなのかもしれない。

 実験をしていると、ある日突然何かができるようなことがある。そして、一度できてしまえば、いままで何を悩んでいたのか、というレベルで簡単に実験に成功するようになる。まるで世界が自分の仮説を認めて、物理法則を書き換えてくれたかのように。

 これも同じことなのかもしれない。

 後藤と三好は、そう自分に言い聞かせ、この世界を受け入れようとしている。

 難しくはあるが。

 彼らは以前の世界の記憶を残したまま存在を許されている。

 なぜ記憶を残したままにされたのか?

 そこには、何か理由があるのかもしれない。

 その仮定から考えていくと、何か使命が与えられているのかもしれないと思えてくる。

 だが、やはり素直に今の立場を喜べない。

 もっとも、喜べないことであっても、苦情を言う相手などは存在しない。

 結局は、黙って受け入れるしかないのだ。

 彼らがこれほど葛藤するのは、そこに、あることが含まれているから。

 それは量子もつれに関する新理論。

 この改変された世界では、後藤と三好がその新理論の提唱者になっていた。

 だが、その新理論、後藤の目にはカルト宗教の教義にしか見えなかった。

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