表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
混沌の科学  作者: 藤原時照


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

1/3

はじまり

「量子コンピュータの入門書っておかしくない?」

「そうなん?」

「入っているのが0かもしれないし1かもしれないって言うけどさ、使う段になってどっちが答えか特定できないんじゃだめでしょ。そこんとこ書いてないのよ」

「確かに、1+1が2かもしれないし3かもしれない、じゃだめだよね」

「そういう『間』の部分を説明している入門書がないんだよね。何冊も見たけど」

「それ、入門書というか、門外漢向けの一般書でしょ?評論家とかが理解できないまま知ったかぶりして書いた」

「確かに、そうかも」

「専門書の入門はないん?」

「それがさ、一冊買ってみたんだけど、これがまた」

「難しすぎたん?」

「全部数式だった。説明も数式。直感的に理解するのは無理」

「その間は?」

「いまんところ見つかってない。あの本を解読するしかないかなぁ。振幅から確率で判断するってところはわかったけど、そこからが面倒で」

「えっ、確率で判断するん?」

「その判断部分がすごく冗長な気がする。正直、その辺は踏み込みたくない。誰かその辺を簡単に説明してくんないかな」

「ご愁傷様。でも、そういうのって後藤氏のチャンスじゃないん?」

 入門書というものは、若手の研究者や評論家らが小遣い稼ぎに書くことが多い。だが、その小遣い稼ぎ、適当にほかの文献からのコピペしたものが多く、ハズレも多い。特に最先端分野では。

 同僚の三好はAI分野を担当していて、以前、同じような目にあっている。何冊も文献を読んで、バックプロパゲーションについて悩んでいたら、文献の方が間違っていたという。大元の文献に間違いがあったのだけれど、無責任な著者たちによって間違いがそのままコピペされ、誤った文献が量産されたのだ。日本には、AI分野に限らず、コピペ、すなわち盗用によって文献を執筆する学者も多く、一時はかなり問題になった。特定の分野で研究が進まないのは、こうした盗用文献と、そんなものを執筆する似非学者たちが原因ではないかとも言われている。

 日本における最先端分野の研究では、学者が保守的なせいか模倣が中心となっており、大抵の場合は企業の研究者の方が圧倒的に優れている。先端知識は企業が占有していると言ってよい。だが、企業の研究者が文献を執筆するなど稀なこと。こうした背景から、後藤の求めるような文献は、往々にして存在しない。

 三好が言うチャンスとは、先行者利益を得ること。手の付けられていない領域なら基本特許も取りやすい。だが、一方で、初期は手探りで進むために投資額も跳ね上がる。後発企業の参入障壁が高ければペイするが、低ければ投資が回収できない。

 後藤良平と三好浩一は、企業で事業開発を担当している。事業のネタを調査し、ビジネスとして成り立つかどうか、自社技術流用の可否なども含めて調査検討するのが仕事だ。

 後藤はいくつかの製品の研究開発を担当してきた。光学デバイスの研究で半導体量子ドットなんかにも手を出していたのだが、それが現在の不幸を呼んだ原因だ。とある役員が、量子が付くんだから量子コンピュータと関わりがある、と考えたらしい。両方とも光子を利用するから、あながち見当違いとも言いきれないが、やることは全く違うのだ。彼の上司は、役員である石黒の認識を訂正しようとしたそうだが、石黒は間違いを認めず、逆に上司は脅されて帰って来た。おかげで後藤は石黒役員の下で量子コンピュータの先行調査をしなければならない羽目になっているわけだ。

 昭和の時代、出世には必ずしも実力が反映していなかった。その結果、能力の低い者たちが出世することも少なからずあった。だが、問題に対処するだけの能力がなければ、そこに組織の歪みが生まれる。そういう場合、部下に丸投げするか不正で誤魔化すしかない。不正が重なれば、不正を助ける部下が評価されるようになるだろう。逆に、問題を解決しようとすれば、上司が問題の発生源だと証明することになりかねない。上司と彼におもねる部下による累積する不正が立ちふさがる。そこを敢えてつつけば、仕事を干されて働かないおじさんと化すことになるのだ。だから、そうした職場では、世渡りの上手さが重要な術となる。

 だが、こうした体制は崩れ始めている。国の政策によって人材の流動化が進み、縁の下で企業を支えてきた人たちが辞めて多くは外資へと流れるようになった。政府は政策を施行する前に現状を把握すべきであったのだ。こうして日本企業の不正が頻繁に報道される時代が到来した。そんな時代だから、後藤の所属する企業も混乱を極めている。


 このテーマを押し付けられてからもうすぐ一年。いまだ実験を行う環境はできていない。仕事を押し付けておいて予算は付けてくれないのだ。動かせる予算は担当役員が自分の裁量で動かせる予備費だけ。結局、後藤にできることと言えば、アイデアを特許化することを除くと人脈形成が中心になる。学会やシンポジウムには積極的に参加した。しかし、予算がないから主戦場となる海外の会合には参加できない。行動は限られていた。

 それでも後藤はがんばった。

 できるかぎりの会合に出席し、研究者たちと顔をつないだ。

 そして、おかしな情報を得ることになる。

 ある研究機関が事業化を見据えて移転することになった。だが、同じ設備をそのまま使用しているにも関わらず、移転先では結果が出なくなったという。

「高次元生命体のいたずらとか?ひも理論的にはありっしょ」

 三好の言うひも理論とは、超ひも理論とか超弦理論とか言われる仮説のことで、重力や量子もつれを説明する際に使われる。その仮説は十次元より成る。つまり、三好は、この世界が十次元構造なら、高次元生命体がいたっていいのではないか、と主張しているわけだ。後藤は彼の言葉から、神様の耳元をデータが蚊のように飛び回っている様を想像した。

「高次元生命体とまでは言わなくても、高次元構造体はあってもいいよね」

「場所によって高次元の遮蔽物があるとか?うん、ありそう」

「科学の世界ってオカルトに走る人がたまにいるけど、ああいう人たちの方が正しかったりして」

「でもさ、予算をUFOとか心霊現象に使うことになったら、株主にどう説明するんだろう」

「あとで役員に聞いとく」

 後藤は三好とこんなふうに馬鹿話をした。

 だが、それは現実となるのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ