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8話 葡萄畑デートは甘くない

 異世界のご令嬢は、畑に行くときに一体どんな服を着ているのかしら?

 ドレスコード、なにそれ?美味しいの?


 というわけで、シルヴァンの誘いに便乗して葡萄畑に行けることになったものの、いざ行くとなると着ていく服が……ない!!

 え?逆シンデレラってこと?舞踏会に着ていく服はあるのに、畑に行く服はございませんの。

 ヒラヒラの長い裾を引きずって畑で迷惑をかけても申し訳ないし…クローゼットの前で悩んでいたら、気を利かせたコレットが、若い頃に着ていたという作業着を貸してくれた。


 麻のワンピースは足さばきが良いようにスリットが深く、中にはパンツをはくデザインだ。靴は編み上げのブーツで、頭には日除けのためにつばの深い帽子。髪の毛は緩く三つ編みにしてからアップにまとめる。

 鏡の前に立つと、そこには悪役令嬢的な威圧感ゼロ、村娘然とした私が立っていた。


「あら、意外といけるんじゃない?」

「お似合いです!セリエ様!」


 着替えを手伝ってくれたロゼットも褒めてくれたし、これで大丈夫そう。


 ところで、恰幅の良いコレットが、結婚前にほぼ私と同じ体型だったってことよね?まさかギュスターブの料理が美味しすぎて……ってこと?

 こ、こわ!私も気をつけないと……


 ちなみにコレットの方が私より背が少し高いので丈が余ったのだが、ロゼットがささっと針を取り出して裾をまつってくれた。その手捌きの見事なこと!めっちゃ器用!!


 さて、何はともあれ、待望の葡萄畑!

 私は期待を胸に待ち合わせ場所に向かった。


 ロゼットを伴って玄関に向かうと、約束の時間よりだいぶ早いにもかかわらず、すでにシルヴァンが待っていた。


「セ、セリエ嬢……?」


 私の姿を認めたシルヴァンは少し驚いた様子。

 もしかして、服装のせい?ダメだった??


「畑を案内してくださると仰ったので、コレットから借りましたが、この服装で大丈夫でしょうか?」

「え、ああ、その………………よく、似合っている」


 ん?褒めてくれたの?しかも心なしか嬉しそうだ。


「クロードは急遽出掛ける用事ができたそうだ。先にこの三人で向かうことににるが、良いだろうか」

「ええ」

「その……いざと言う時に男手が一人となってしまうが」


 シルヴァン、意外と漢気のあるタイプ?

 でも大丈夫。いざって時は女の方が強かったりするんだからね!


「もちろん、なんの問題もございませんわ」


 そう言うわけで、三人で出発することとなった。


 葡萄畑の丘からの眺めは絶景だった。

 季節は前世でいうところの、七月半だろうか。葡萄の葉は青々と茂っている。まだ熟れる前の固く青い実がたわわに実っているであろうことが、葉の間から伺い知れた。

 うーん、気持ちいい。朝の寒さが嘘のようで、少し汗ばむほどである。


「我が領地では、主に三種類の葡萄を育てているんだ。ここは、フィノワールという赤葡萄の畑」


 そう言ってシルヴァンが示す畑は、おそらく前世でいうところのピノ・ノワールにあたる品種なのだろう。松ぼっくりみたいにギュッと詰まった房が特徴的だ。


「昨日の赤ワインの品種ですね?」

「ああ、よくわかったな」


 だって、味がピノっぽかったですもん。


 丘を下り葡萄の側に寄ると、樹木と大地の香りに包まれ、ますます心地よい。歩くと土もフカフカで、腐葉土がよく漉き込まれているのが伝わってくる。

 この世界の農薬がどの程度進んでいるのかはまだわからないが、丁寧に土作りをしているようだった。


 ……ん? 待って。

「フカフカ」すぎる、かも?


(野菜なら最高だけど、葡萄——特にピノ・ノワール系は、痩せた土地でほどよくストレスをかけるのが必要なはず。確か、ちょっと面倒なM気質の植物よね?)


 もしフィノワールがピノの性質を引き継いでいるとしたら、この環境は葡萄を甘やかしすぎて逆効果の可能性が高い。


 私は、茂りすぎている葉を改めてじっと見た。


「……昨日いただいた赤ワインは、もしかしてこの畑から生まれたものですか?」

「その通りだ。あれは、この畑の葡萄で四年前に仕込んだもの。父が最後に手がけたヴィンテージだ」

「四年前……」


 なるほど、その後の数年の間に変化が起きたのだ。シルヴァンには申し訳ないけど、残念ながら今の畑では昨日の素晴らしいポテンシャルのワインは生まれそうもない。あの骨格のしっかりした、長期熟成に耐えるワインには。


「父上が亡くなられてから、何か葡萄の育て方は変えられまして?」

「いや……わからない。元々父とはあまり対話がなくてね。だから、この畑はクロードと相談しながら色々決めている。質を落とさず量を増やすために、肥料も増やしたんだ」


 シルヴァンはたっぷり実った房を、やや得意げな風に私に見せた。

 なるほど。少しでも収穫量を増やすための“善意”のつもりだったのだろう。


 ……でも。

 父から聞かされた「偽ワイン」の噂が、ほんの少しだけ頭をかすめる。

 無理に収穫量を増やすと言うことは、その分品質が落ちるということ。そこに付け込む人間がいても、おかしくない。

 いや、今はそれよりも、この葡萄のために何ができるか、だ。


「……」


 私はその緑色の原石を、そっと慈しむように撫でる。

「どうかしたのか?」

 今朝も思ったが、シルヴァンは何故か私の心の動きに敏感だ。私が引っかかりを感じた時には、すぐに声を掛けてくる。


「何か思ったことがあるなら、話して欲しい」


 前髪の隙間から、私を見つめる彼のグリーンの瞳が見えた。


「……いえ、その……」


 私は足元の土を軽くつま先で押した。

 言うべきかどうか、一瞬だけ迷う。でも――。

 ええい、彼だって美味しいワインを作りたいはず。


(どう説明するのが一番早いかな……)

(シルヴァンは「育てる側」の責任感が強そうだし――そうだ!)


「シルヴァン様。甘やかすことと、最良の結果を生み出すことは違うと思うのです」

「どういうことだ…?」

「気の早いお話ですが、もしも“シルヴァン様に”子が恵まれたら、どのように育てたいとお考えですか?」

「な、なに…? 子、だと?」


 シルヴァンが突然挙動不審になり、顔が真っ赤になってしまった。

 あれ? 例え話、間違えた?


 横を見るとロゼットまでが俯いており、耳まで赤い。

(え、ちょっと待って。私だけ真面目モードで話してない?そういう意味じゃなかったんだけど!)


 えーん、今さら引き下がれない。

 仕方ない、このまま続けるわよ!


「あくまで、仮定の話で聞いてください。私との子供でなくとも良いのです。シルヴァン様に子供が生まれたら、どんな大人になって欲しいでしょうか」

「それは……我がヴィーニュ家の後継に相応しい人物になって欲しい」


 シルヴァンはまだ照れが抜けないのか口元を手で抑えつつも、悩みながら誠実に答えてくれた。

 うんうん、それはそうよね。


「では、そのために、どのように育てたら良いでしょう」

「そうだな、育て方、か。考えたこともなかったが……まず人を思いやる気持ちをもって欲しい。領民がいてこその領主だ」


 そんな考えをもっていたなんて。

 意図せずシルヴァンの民への想いを知り、思わず胸が熱くなる。

 が、違う。今はその話ではないのだ。


「素晴らしいお考えだと思います。でも、人を思いやるには、自分も悩んだり苦しんだりする経験が要ります。時には我が子にも、あえて少し苦労をさせる——そういうことですよね?」

「ああ、ただ甘やかすつもりはない。ヴィーニュ家の人間として、領民を守る責任がある。時には厳しくしつけ、困難に立ち向かう強さを持った人間に育てたい」


 シルヴァンの瞳に、領主としての強い意志が宿る。


 よし、言質は取った!

 私は心の中でガッツポーズをした。


「……では、この葡萄たちはどうでしょう?」

「葡萄……?」

「子供と葡萄を一緒に語ることが乱暴すぎるのは理解しております。ですが、ただ甘やかすだけでは良い結果を生まないのは同じだと思うのです」


 私は目に力を込めて、シルヴァンを見つめる。

 この想い、伝われ!


「この葡萄たちは今、欲しいだけ肥料というご飯を与えられ、お互いに競争することもなく、ただぬくぬくと太らされています」


 私はパンパンに膨らんだ実を指先で弾いた。


「これでは『困難に立ち向かう強さ』を持てるでしょうか?」

「……っ」


 シルヴァンが息を呑むのがわかった。


「正直に言わせていただきます。この葡萄……肥料を与えすぎです。きっとワインにした時、味がぼやけてしまいますわ」


「だが、少しでも領地を豊かにするためには、収穫量を増やすしかないと、クロードが……」

「お気持ちはわかります。ですが、品質の低いワインをどんなに作っても、王都で評価がつきません。そして評価のないワインは、全て売り切ることすら難しいのです」


 私だってこんなこと言いたくない。

 でも、品質より利益を優先したワイン作りの先にあるものに、私は希望が持てない。


 この国では五年ごとの品評会で、各シャトーは特級からテーブルワインまで格付けされ、その時の評価が値段や信用に大きく影響する。

「安くて薄いだけのワイン」と見なされたら、シャトー・ヴィーニュの価値は確実に下がる。そして、一度評価が下がると、元に戻すのは難しい。この辺りはワインも人間と同じである。


 父が掴んでいる「ボルデール産の偽物」の話も、あるいはその“選別”の土俵に立つのを諦めた、誰かの悪あがきなのかもしれない。

 だが、この畑はまだ諦めるには早過ぎる。


「シルヴァン様。もっとこの葡萄の木を信じてあげてください。少しばかり厳しい態度をとったとしても、かならず信頼に応えてくれる筈です」

「厳しい態度、とは?」

「まずは残すべき対象を選別します」


 私は、ロゼットに預けていた荷物から、剪定バサミを取り出した。


「摘果の許可をいただけますか?」


 と、その時だった。

 突然背後から手が伸び、私のハサミを強引に奪った——

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