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25話 封筒の謎

「どういうこと!?」


 私は開けた封筒を改めて確認した。やはり、細工をした形跡はない。

 だが、中に入っていた紙は、先ほど入れたものとは確かに違う。


「いやぁ、シルヴァンくんが魔法使いだとは知らなかったよ」


 ニヤニヤしたジュールがうそぶく。

 ううう、悔しい。


「答えはまだ言わないでくださいね? 当ててみせます」

「いいね、そういう意気込み。嫌いじゃないよ」


 私は再び封筒を見つめた。

 何か、さっきと違う点は……ん?


「あれ? 封筒の隅に小さな汚れがありますね。さっきはなかったような……?」

「どうだっけ? 僕は覚えてないなぁ」


 ジュールがとぼけてみせる。

 絶対覚えてるくせに!


「……嘘は、フェアではない。この汚れは先ほどはなかった」


 どこまでも真面目な人だ。

 よく見ると、それはごく小さなワインの染みのようだった。しかも茶褐色に変色していて、今ついたものではなさそうだ。

 ということは――


「入れた時と、別の封筒ってこと?」

「ご名答!」


 ジュールは机の下から、もう一つの封筒――元々紙を入れて封じていた封筒を取り出した。

 並べて比べると、汚れの他に、蝋封の位置なども微妙に違う。だが、こうして見比べない限り、同じ封筒だと思い込んでいる人が気付けるほどの差異はない。

 確かにこれなら、開封したことはバレずに中身に手を加えられる。


「シルヴァン様、どうやって思いついたんですか?」

「セリエが一度目に開封を失敗した後に、もう一度試したいと頼んだだろう。あの時、同じ封筒を取り出すジュール氏を見て、もしや、と」


 なるほどね。

 私の旦那様、なかなかやるじゃない?


「流石ですわね」

「いや、その……セリエの役に立って、良かった」


 私が思わずシルヴァンの腕に触れると、彼は赤くなって俯いてしまった。


「新婚さんは仲が良くていいねー」

「ちょっと!からかわないで下さい」

「はいはい。でもこれですり替えの方法はわかったね。すると問題は……」

「実行できたのは誰か、ですわね」


 少しずつ真相に近づいていく手応えを感じる。

 私はわずかに武者震いした。


「タイミングから考えて、運んだ人物が関わっている可能性は、極めて高いでしょう」

「ああ、しかし、単独犯とは考えにくい」

「そうだね。封筒は国の公務で使う指定のものだから、ただのお使いの子じゃ手に入らない、それに……」


 ジュールは封筒の綴じ目を指差した。


「蝋封の印章。あれは王宮の公務で使う正式なもの。使える人物は限られるね……」


 指定の封筒。正式な印章。この事件には、黒幕がいる。それも、かなり高位の人物が。

 少し空気が緊張をはらんだことを感じたのか、ジュールはわざと軽い調子で続けた。


「印章については、実は心当たりがなくもない。僕が調べてみるよ」

「では私たちは、封筒の入手経路と、当時の品評会で封筒を運んだ人物について調べてみます」

「オッケー!手分けして探ろう。ちなみに、犯人がわかったとして、どうするつもりなの?」


 私は質問されながらも試されているのを感じた。


「このまま内々に処理して終わらせるつもりはありません。今年の品評会で、すべてを明るみに出したいと考えています」

「!!」

「詳しく聞かせてくれる?」


 シルヴァンは驚いたようだったが、ジュールは想定通りと言った様子だ。


「この事件の犯人は、かなりの知能犯です。そして、おそらく権力者でもあるでしょう。生半可な追い詰め方では言い逃れされる恐れがあります。だから、多くの人の前で、罪を暴く必要があると考えました」

「うん、僕も同じ見解だ。品評会まではあと二ヶ月。それまでに犯人を突き止めよう」


 こうして私たちは、新たな情報がわかったらお互い知らせ合うことを約束し、部屋を後にした。


 ◇


 私とシルヴァンはひとまず屋敷に戻った。帰宅するとアルマンは不在で、私の部屋で帰りを待つことになった。


 だが夫とはいえ、自室で二人きりになると、なんだか落ち着かない。

 どうやらシルヴァンも同じようにそわそわしているらしく、勧めた椅子に横並びに腰掛けたものの、どこか所在なさげに視線を泳がせている。


 しばし、妙な沈黙が場を包んだ。

 ……こういう時、何を話せばいいのだろう。恋愛経験が少なすぎて、わからない。

 妻としての気遣い?それとも、愛の言葉?


 だけど、口をついて出たのは別の言葉だった。


「その……今日は、本当に助かりました」

「え?」

「封筒のことですわ。私は全然気づかなかったのに、シルヴァン様はすぐに見抜いてしまわれたでしょう?」


 シルヴァンは気まずそうに視線を伏せた。


「いや、大したことは……」

「大したこと、ありますわ。ああいう時、いつも肝心なところで助けて下さいますよね」


 自分で言っておきながら、なんだか急に気恥ずかしくなる。

 けれど、シルヴァンは少し黙ったあと、ぽつりと返した。


「……俺の方こそ、いつも君に助けられてばかりだ。だから少しでも役に立てたなら、嬉しい」


 言葉の端に甘さが滲む。

 チラリと彼を見ると、正装の襟元を少し崩しているのが目に入り、余計にドキドキしてしまう。


「そ、それに、今日のシルヴァン様、なんだか少し違って見えますわ」

「城でもそのようなことを言っていたな」

「うまく言えませんけれど……その、とても、頼もしかったです」


 その瞬間、シルヴァンの喉元がわずかに動いた。


「……妻に褒められるとは、嬉しいものなのだな」

「シルヴァン様……」


 彼の言葉を聞いてなんだか恥ずかしくなり、つい照れ隠しで笑ってしまう。

 そんな私を見たからなのか、シルヴァンもつられて少し笑った。


 そして。

 お互いの笑いも収まり、再び沈黙が場を包む。

 視線を上げると、彼と目が合った。

 シルヴァンのエメラルドの瞳が、いつもより近くにある気がして、胸がザワザワする。


「……セリエ」


 低い声で名前を呼ばれただけで、心臓が跳ねたようだった。


 返事をしようとしたのに、うまく声が出ない。

 代わりに小さく息を呑むと、シルヴァンの手がそっと私の頬に触れた。

 指先が熱く、身動きがとれない。

 そのまま彼の顔が少しずつ近づいてきて――


 と、その時だった。


 コンコン。


「お嬢様、旦那様がお戻りです」


 ノックの音がして、侍女が私たちを呼びに来たのだった。

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