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22話 久しぶりの王都、アランとの再会

「ふむ……そんなことが起きていたとは」


 ここは、父アルマンの執務室。

 そう、婚約破棄された直後に呼び出され、ブローニュ領へ嫁ぐことを打診された、あの部屋である。

 シルヴァンから許可をもらい実家に戻った私は、早速話があると父に時間を作ってもらったのだ。

 あれからまだ二ヶ月くらいのはずなのに、なんだか王都にいたのが遠い昔の気がするのは何故だろう。


 それはさておき、ブローニュ領での一連の出来事、そして偽ワイン作りの計画があったこと、過去の品評会の事件などをまとめて話すと、アルマンは頭を抱えた様子であった。


「この短期間で、よくもまぁそこまで情報を集めたな」

「お父様に似て、政治力に長けているのかもしれませんわね」


 にっこりと笑った私をみて、アルマンはため息をついた。


「で、お前の見解は?」

「と言いますと?」

「わざわざここに戻ってきたということは、何かあるのだろう」


 呆れ半分、期待も半分、そしてよく見ると慈愛も込めた瞳が、私を見つめている。


「父上の目は誤魔化せませんね。実は五年前のワイン品評会の件、もしかすると今回の偽ワイン騒動に絡んでいるのかもしれないと、睨んでいます」

「ほぉ……」


 周囲の空気が変わった。

 父ではなく、宰相の顔だ。


「もう少し詳しく話してみよ」

「偽ワイン疑惑はボルデール産の特級というお話でしたよね。ここ20年以上、我が国のワインはボルデール以外に特級のシャトーを持ちません。それが、もし他の領でも特級が出たとしたら……」

「ボルデール産の特級に影響が出る、という訳か」


 アルマンが、無意識に右手で顎を撫でている。

 これは何かを思いつきそうな時の特徴だ。


「はい。つまり、五年前、ヴィーニュ家のワインは不当に価値を貶められた可能性があります。そして、その黒幕は」

「偽ワイン疑惑の首謀者かもしれんな」


 さすが我が父、話が早い。

 そうなのだ。

 あの日、アンドレの家で例のワインを試飲した時、感動の次に来た感情は、一連の事件には繋がりがあるのかもしれない、という疑惑であった。

 クロードから聞いたジルの行動も、今思えば出来すぎている。低い値のワインを高く買い取り、そして偽ワイン作りに誘導する。そこには誰かの意図を感じずにはいられない。

 だが、まだ引っかかる点もある。


「ただ……偽ワイン造りはバレれば重罪です。そのリスクを負ってまで、やるようなことでしょうか。そんな危うい品を高値で捌ける相手など、そう多くはないでしょうし」


 王都の酒場や、一部のワイン好きに需要があるのは理解できる。

 しかしその需要は限られており、そこまで莫大な利を生むようには思えないのだ。


「それについては、儂が調べよう。少し気になっていることがある」

「心当たりがあるのですか?」

「まだ話せないが、あるにはある」


 アルマンは私に鋭い目を向けた。


「それで、儂は何に口添えをすれば良いのだ?」

「選評を、見たいのです」

「選評?」

「五年前のワインの選評。それを見れば、何かがわかるはずです」

「なるほどな。いいだろう。ワインの品評会は、酒税や流通の記録も絡むゆえ、財務大臣の管轄下に記録が置かれておる。城内にある第三倉庫を訪ねよ。話はつけておく」


 財務大臣……今その座にいるのは、リナの背後で糸を引いているあの男だ。

 思わず押し黙った私の考えを察したアルマンは、ニヤリと笑って言った。


「財務大臣のピエールなら、所要があると、ここ一週間ほど休暇でおらぬ。安心して、確かめてくるといい」


 やはり父には、敵わない。


 ◇


 久しぶりの登城は、必要なこととはいえ、少し気が塞いだ。

 城に来るのは、婚約破棄のあの日以来。

 別に婚約破棄自体はなんとも思っていないが、周囲の同情の視線は面倒なものだ。

 それにもしも彼や彼女と鉢合わせなんてした日には……


 考えるだけでも厄介だ。

 できるだけ一目につかぬよう地味なドレスを纏い第三倉庫に向かう。

 しかし、「これだけは避けたい」と強く思う事態ほど、しばしば現実のものとなってしまう。

 神様がいるとしたら、実に意地悪である。

 つまり、城について倉庫に向かう途中で、私はリナと鉢合わせてしまったのだ。


「あらぁ、もしかしてセリエ様では?」


 相変わらず露出過剰な服装で侍女を従えたリナは、私を見かけると人の不幸を嗅ぎつけたような笑みを浮かべた。


「あんまり地味な服なので、すぐにはわかりませんでしたわ〜」


 派手すぎるよりよほどいいと思うが、正論でぶつかっても仕方がない。

 ここは、さっさと折れてやり過ごそう。


「おほほ……嫁ぎ先ではなかなかドレスを買う機会もなくて。リナ様はお元気そうで何よりですわ。では」


 立ち去ろうとする私に、リナは執拗に絡んでくる。


「そんなに急がなくてもいいじゃないですか。セリエ様は最近は何をして過ごしていらっしゃるの?」

「ええと、葡萄畑に行ったり……」

「私は最近新しい飲み物が気に入っておりますの!」


 質問しておいて人の話を聞かないところは相変わらずである。


「田舎の方はご存知ないかしら?ルージュ・ド・エピスってワインを、搾りたてのオレンジジュースで割っていただくの。それはもう美味しくて美味しくて」


 ……それって、もしかして。


「貴族の間では大流行なのですわ。こんな美味しいものが味わえないなんて、辺境伯に嫁ぐと可哀想ですわねー」


 それを考えたのは私なんだけど……

 ラベルのヴィーニュが読めないのか、それとも私がヴィーニュ家に嫁いだのを知らないのか。

 どっちでもいいけど、早く立ち去りたい。

 なのに!


「おや、セリエじゃないか?」


 タイミング悪くアランまでやってきてしまった。

 無駄にサラサラな金髪と、何もかも見通していそうで、その実なにも見えていないサファイアブルーの瞳は健在だ。

 アランはリナを抱き寄せながら、言った。


「僕の大切なリナを傷付けにきたのならお門違いだ。婚約破棄をしたのは悪かったが、責めるべきは彼女ではなく、僕だ。すまないな、セリエ」


 相変わらず自分に酔った調子で前髪をかきあげる。


「まぁ!お優しいアラン様。リナはそのお気持ちだけで胸がいっぱいですわ」


 この茶番、婚約破棄の時にも見せられた気がする……

 うう、頭痛がしてきた。


「アラン様、どうかセリエ様を責めないであげてください。女嫌いで有名な辺境伯に嫁ぎ、愛に飢えているのです。アラン様の優しさを思い出したとて、仕方のないこと」

「リナ、なんという心の広い……」


 アランは目元にうっすら滲んだ涙を、指先で拭っている。

 ここまでくるとあっぱれだ。


「そうか……結婚して間もないのにわざわざ城にまで押しかけてくるなんて……そんなに僕に会いたかったんだね。まだ未練があるのはわかるよ。だけど、リナに誤解されても困るんだ。こういうことはやめてもらいたい」

「リナは大丈夫です。アラン様のお気持ちを信じておりますから……殿方に相手にされていない哀れなセリエ様に、何か優しいお声をかけてあげて下さいませ」


 いつまで続くの、この三文芝居は……

 いい加減ウンザリしてきたところで、背後に人の気配がした。


「セリエ、ここにいたのか」

「え、あ、シルヴァン様!?」


 振り返ると、正装に身を包み、髪を整えたシルヴァンが立っていた。

 髪型のせいか、エメラルドの瞳がいつもより眩しい。


「王太子アラン様、そしてご婚約者のリナ様ですね。この度はご婚約おめでとうございます」


 シルヴァンはそう言って、恭しく礼をした。

 アランとリナは突然の闖入者に戸惑っている。


「ご挨拶が遅れました。セリエの夫、シルヴァン・ヴィーニュと申します」

「え、あ、……貴兄が、セリエの夫?」

「はい、以後、お見知り置きを」


 そう言って、私を軽く抱き寄せる。

 ふんわりとシトラスの香りがして、思わずドキドキしてしまう。

 何これ、普段のシルヴァンと違うんですが……!


 ふとリナを見ると、なんだかものすごく不満そうにこちらを睨んでいる。


「シルヴァン様は、お下がりの奥様など貰って、ご不満はないんですか?」


 ちょ、いきなり何を言い出すの!?


「こら、リナ、口が過ぎるぞ」


 流石のアランも慌てて諌めているが、リナは挑戦的な態度を崩そうとしない。

 だが、シルヴァンは穏やかに微笑んで、言った。


「不満など、とんでもありません。このような素晴らしい女性を手放していただいて、感謝しかございません」

「……なっ!!」


 予想外の返しにアランは驚き、リナはわなわなと震えている。


「素晴らしい、ですって?こんな女の、どこが?」

「どこが、とは……難しい問いですね」


 シルヴァンが少し考えるように目を伏せる。

 リナの目が僅かに輝いたようだった。


「確かに、世間で言う理想の淑女とは少し違うかもしれません。ですが、葡萄や土地を愛し、共に領地の未来を考えていける。私にとってはかけがえのない女性です」


 私へ向ける視線が、どこか甘い。

 うっかり、胸が高鳴ってしまう。


「先ほど城内で、妻の考案したルージュ・ド・エピスが評判だと耳にしました。妻がいてくれれば、我が領地は必ず良くなっていくと確信しています」

「……っ!」


 そんな風に思ってくれていたなんて。

 私は嫁いでからの努力をこんな風に見てくれていた人がいたと知り、柄にもなく胸に幸せが満ちていくのを感じた。


「もうたくさんですわ!少し休ませていただきます!!」


 リナはそう捨て台詞を吐くと、踵を返して歩き去った。


「リナ!」

「リナ様……!」


 金魚のフンよろしく、アランと侍女たちが慌てて追い掛けている。

 アランが去り際、チラリと私に視線を送っていることに気付いたが、私は無視することにした。


 改めてシルヴァンに向き直ると、彼は少しモジモジとしている様子だった。


「勝手に出ていってすまない。少し困っている様子だったから……」

「いえ、助かりました」


 あんな言葉を聞いた後だからか、私もなんだか照れ臭くて、顔を直視できない。


「今日はその、様子が違いますのね」

「や、やはり似合わないだろうか?」

「そうではなく!普段はもう少しラフなお召し物ですので……」

「ここにくる前に、アルマン様のところに寄ってきたんだ。ご挨拶なので正装をと思い……」

「そうですか……」


 ギクシャクして、あまり会話が続かない。

 こんなことははじめてだ。


「それにしても、シルヴァン様もあんな風に嫌味をおっしゃれるんですよね」

「嫌味?ああ、お義父上から助言をいただいていてね。アラン様にお会いしたら、セリエを手放したことについて感謝申し上げるように、と。まずかったか?」


 ちょっと、もう!

 父上は何を仕込んでいるんだか。


「いえ、まずくはないです」

「だが、その……セリエについて話したことは、全て本心だ」


 だからなんで今日はこんなに甘々モードなのよー!

 ともあれ、シルヴァンを伴い、私は第三倉庫へと向かって歩いていった。

 五年前の選評を、そして隠された真実を、探りに。

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