19話 生まれ変わったワイン
「この偽装ワインが失敗作!?どういうことだ、セリエ」
私の発言に驚いたシルヴァンが、慌ててこちらを見た。
「先ほどのクロードの話によると、偽ワインを唆した人物から指示された方法は、フィノワールに黒葡萄を混ぜて色付け、木屑で香りを足した後に樽で寝かすというものでした。しかし、このワインに使われた葡萄は、フィノワールではない。そうですよね?」
「……見抜かれましたか」
クロードは観念した様子で、口を開いた。
「奥様のおっしゃる通りです。このワインはフィノワールではなく、ガメルとセザンという地葡萄を使いました」
「このワイン、もうジルとやらに呑ませたのかしら」
「まさに今日の朝イチで指定の場所に持って行ったのですが……」
「なるほど。それで交渉決裂となったから早く戻ってきた、という訳ね」
事態を飲み込めないという様子でシルヴァンが割って入る。
「何を話しているんだ、俺には何がなんだか……」
「すみません、今ご説明いたしますわ。シルヴァン様、一つ確かなことは、クロードはこの領地への……いえ、ワインへの愛を捨てきれなかったのです」
「そうなのか?クロード」
シルヴァンの問いには答えず、クロードは俯いた。
やはり、私の予想は当たっていたようだ。
「ジルという男が指定した偽ワインの作り方は、『樹齢の古いフィノワール』をベースにしたものでした。ですがクロードは、それを良しとせず、他の葡萄を使った。どうしても、先代の領主と義父アンドレの思い出が深い、あの畑の葡萄だけは使えなかったのです。
もちろん、それだって許されることではありません。けれどその結果、偽ワインは首謀者の思っていた味にはならなかった」
「……はい。取引は無しだ、そう言われました。指示通り動けない駒は必要ない。そして、このことを公にしたら、どうなるかはわかっているな、と」
「脅しというわけね」
「ただ、いずれにせよシルヴァン様を裏切ったことには変わりありません。どのような処分であっても受け入れる覚悟です」
クロードは、シルヴァンに跪いた。
静寂が部屋を満たす。
沈黙に耐えきれなくなったクロードが、続けた。
「本当に申し訳ありません。この土地を汚し、ヴィーニュ家に泥を塗ったこと。それに、本来手に入るはずだったガメルやセザン種のワインの売り上げを、目先の欲で失ってしまったこと。どうやって償えばいいか」
「もう良い、顔をあげてくれ」
シルヴァンはそういうと、クロードを立たせた。
「クロードがこの土地のためを思って動いてくれたことは理解している。むしろ、領主としてそこまで追い詰めていたことに気づかず、すまなかった」
「シルヴァン様……」
「俺が頼りなかったことも、この事件を招いた一因だ。だが、俺は変わってみせる。どうか、これからは、一人で抱え込まずに話してほしい」
クロードは目頭を抑え、唇を震わせた。
シルヴァンはそんな彼の肩に手を置く。
彼を、許したのだ。私はそう理解した。
しかし、だ。
財政は依然として厳しい。二人の和解は喜ばしいが、課題は山積みである。
偽ワインの首謀者が誰かはわからないが、偽ワインを作ってしまったという弱みを握られているわけだし、ここからの動きは慎重さが求められる。
ジルとの一連のやり取りを見る限り、一介の商人が単独で企てられるレベルの犯罪ではなさそうだ。
当面の資金繰りも必要になるが、これ以上、父を頼りたくはない。
うーん……
「クロード、このワインをもう一杯いただける?」
「え?あ、はい、ただいま」
コップに満たされた赤い液体を再び口に含む。
悩んだ時は原点に立ち戻れ。これは父の教えだった。
しかし、何度飲んでも同じだ。不自然な甘みと香り。何より、味が濃すぎる。元の葡萄が悪くないだけにもったいない気持ちだ。
もっと軽やかになれば飲みやすいのだけど……
!!
そうだ!!!
「シルヴァン様。クロード。秘策を思いつきました」
「なにっ?」
「うまくいけば、偽ワインとしてではなく、別の価値ある商品として売り出せますわ」
私はにっこり笑うと、これからの計画を二人に伝えた。
◇
「セリエちゃん、久しぶり!」
数日後。
ヴィーニュ家のダイニングに招待したのは、ヴェルジュ作りの時にお世話になった、謎の旅人ジュールだった。
私の計画には彼の販路が必須なのだ。
どうにかして、彼の心を動かしたい。
「それで?試してほしいものがあるって聞いたんだけど」
表情はあくまで笑顔、口調も柔らかい。しかし瞳の奥にはどこか私を試すような輝きがあった。
「ええ、こちらになります。ロゼット、持ってきてくれる?」
運ばれてきたのは、ややオレンジ色味を帯びた、赤い飲み物である。
「これは?」
「まずは、お飲み下さい」
ジュールはグラスを手に取ると色を見て、興味深そうに香りを嗅いだ。
「シナモンにクローブ、わずかにカルダモンの香りもするね」
そのまま口に含み、テイスティングするように口全体で味わう。
少し考えてから、ジュールは口を開いた。
「非常に洗練された、果実酒だね。赤ワインにスパイスとフルーツを漬け込んだのかな?」
「はい、おっしゃる通りです。アルコールに弱い方や、甘いものを好む方が気軽に楽しめる飲み物を、と思って考えてみたんです」
私がジュールに出したのは、現代でいうところのサングリアである。
甘味や香りを足され、濃厚になり過ぎたワインは、そのままでは飲みにくい。だが、逆に考えれば、フルーツを漬け込み果汁で薄まっても物足りなさを感じない力強さがあるということだ。
そこで試作として、クロードの仕込んだ樽にさらにスパイス類を足して風味を膨らませ、この地で取れるオレンジやりんご、小ぶりの桃などを一日漬け込んでみたのだ。
「とても美味しいけど……」
ジュールはそこで言葉を切り、少し試すように私を見た。
「紹介したかったのは、この飲み物なの?」
「どうしてそんな質問をされるんですか?」
「だって、アルコール度数をわざわざ薄めた飲み物が保存に向かないのは、僕に指摘されなくたって十分理解してるでしょ」
流石だ、やはり彼には敵わない。
私は本題を切り出すことにした。
「私がご紹介したかったのは、ベースとなるワインの方なのです。度数も高く、あらかじめ砂糖とスパイスを足してありますので、フルーツを足すだけで美味しい果実酒が出来上がりますわ。寒い冬はお湯を注いで簡単なホットワインにもなります」
「なるほど……」
頭の中で販路をイメージしているのだろうか。
ジュールは何か算段をしている様子だったが、ややあっていつもの笑顔に戻った。
「うん、いいんじゃないかな?名前はどうするの?」
「そうですね……ルージュ・ド・エピス・ヴィーニュ、でどうでしょう」
「スパイス入り赤ワインね。わかりやすくていいと思うよ」
「ありがとうございます!実は、もう……」
私が目配せすると、シルヴァンはシックなラベルが貼られたワインボトルをジュールに差し出した。
「なんだ、もう出来てるんじゃん!売る気満々だね」
「思い付いたら即実行、が、わたくしの取り柄ですの」
「それにしても……」
ジュールはボトルを受け取って眺めながら不思議そうに呟いた。
「なんでイカリ型のボトルなんだい?ブローニュ産はいつもはなで肩なのに」
「重厚な風味なのでイメージに合うかと思いまして。それに、スパイスなどの粉末も多少残っていますから、こちらの形がよろしいかと」
「ああ、なるほど、確かにね!」
納得した様子で頷くジュールを見て、クロードは少し気まずそうに目を逸らした。
そんな彼が可笑しくて、私はジュールに気付かれないよう、そっとクロードにウインクして見せた。
◇
「じゃあ、とりあえず500本、この前と同じく売り方は任せてくれるね。そうそう、ヴェルジュも王都のお夫人方に大好評だったよ。追加で作ったら買い取るから連絡して」
ジュールはそういうと、ズッシリとした金貨入りの革袋をシルヴァンに手渡し、去っていった。
相変わらずのフットワークの軽さだ。
ともあれ、商談がうまくいき、ホッと胸を撫で下ろす。
しかし、当面の資金が手に入ったとはいえ、依然として領地は経営難のままだ。
ワインの評判を取り戻す。
これが叶わないと、この土地の未来は危ういだろう。
それから、クロードの話で気になっていたことがある。
確かな作りの筈のヴィンテージワインは、なぜ品評会で酷評されたのか。
確かに王都の中にはブランドでしかワインを評価しない人がいるのも事実だ。
一方で、私はグランテール氏のワイン評について、一定の信憑性はあると感じている。そんなに理由もなく酷評をするものだろうか。
この謎を解く鍵は、当時を知る人物に話を聞く必要がある。
「クロード、お義父様は引退されたと仰っていましたが、今はどちらに?」
ジュールとの取引を終え、執務室でシルヴァンと三人、これからのことについて話していたタイミングで、義父の所在を投げかけた。
「義父なら、今は村の外れにおります。葡萄畑が見下ろせる小さな家で、屋敷からは少し離れているのですが……」
「彼に、話を聞きたいの。クロード、案内してくれないかしら」




