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14話 崩れはじめた幸せ side リナ

「もうやだ!休憩!」

「リナ様、まだ始まって15分しか経っておりません」

「15分でもなんでも、無理なものは、無理!!」


 身体の姿勢に、視線の先、指の動き。たかがダンス一つに、気を使うことが多過ぎる。

 こんなの、聞いてない。

 城内でダンスの練習をさせられているあたしは、そのあまりのキツさに悲鳴をあげていた。


 セリエとかいう鼻持ちならない女を王太子に婚約破棄させ、婚約者の立場を奪い取って幸せを感じていたのは、わずかな時間だった。

 あたしは始まった妃教育も、クレアとかいう家庭教師のおばさんにも、すでにうんざりしていた。


 元はと言えば、ピエールが悪いのだ。

 あの、なんとか大臣とかいう、ちょび髭の太ったおじさん。髪はどう見てもカツラの、酒場で声を掛けてきた、エセ貴族。

 アイツが、ニコニコしてるだけでいい簡単な仕事だっていうから、言われた通りにしてやった、それだけなのに。


 計画はこうだった。

 まず、アランに近づいてとにかく甘やかす。そして、本当はあなたは凄い人間なのだと褒めまくる。プライドが高い割に自信のないあの男は、簡単に攻略できた。そして、最後のひと押しで「あなたがいないとダメなのだ」と泣きついたら、あっさりセリエからあたしに乗り換えた。バカなやつだ。


 はじめは簡単に玉の輿に乗れたことに満足していた。

 王太子の婚約者って響きは魅力的だったし、侍女たちにかしずかれる王宮での生活は、何もかも夢のようだった。しかし……


 なんなの、この嫌がらせみたいな毎日は!

 これなら酒場で酔っ払い相手にニコニコしてた方がよっぽど楽じゃない。あの嘘つきジジイ!!


「セリエ様は、一度として弱音を吐かれたことはございませんでしたのに……」


 家庭教師のおばさんは、あたしを見て溜め息をついている。

 なんなの! イヤミ? 

 ……後で、アランに言いつけてやる。

 王城に来てから心の中でつけ始めた地獄行きリストは、すでにびっしり埋まっている。

 もー、やだ。うんざり。早くベッドでゴロゴロしたい。


 と思っていたら、広間にアランがやってきた。

 あたしが最高の笑顔を向けたと言うのに、彼は弱々しく笑うとすぐに視線を逸らした。


「クレア、どうだ?リナのダンスは」

「どうもこうもございません」


 おばさんはうんざりした顔で答える。


「見ての通り、休憩中です」

「だが、ダンスのレッスンが始まったのは確か……」


 広間の時計は3時15分。

 はいはい、そうですよ、15分しか経ってませんよ。

 だから何? 文句でもあるの??

 でも、ここでアランに喧嘩を売るほどあたしはバカじゃない。自慢の巨乳が一番アピールできる角度を意識しながら、あたしは瞳を潤ませた。


「アラン様、申し訳ございません……リナは、リナは寂しくて。このところ、ランチだってご一緒して下さらないではありませんか」

「それは……すまないと思っている」


 アランは、申し訳なさそうに視線を伏せた。

 そうなのだ。アランはこのところ、忙しいを連発してあたしとの時間をとってくれない。

 まさか、早速他の女に浮気でもしてるんじゃないでしょうね。


「仕事が、立て込んでいてね。以前はセリエに任せていた業務も僕がやる必要があって、それで時間が……」

「……」


 はぁ?何それ?私が能無しってこと?

 そんなの適当にその辺のおっさんにやらせときゃいいじゃないの。

 という本音をグッと堪えて、上目遣いにアランを見つめる。


「いえ、リナがお力になれず、申し訳ありません。一刻も早く、アラン様のお手伝いができるようにがんばりますわ。ですから」

「午前中の座学も途中で逃げ出したというのは本当か?」

「……」


 たしかに、その通りだ。

 でも仕方ないじゃない、読めない文字ばっかりだし、何が書いてあるのかさっぱりわからないんだもの。


「それは……クレアさんの説明が、ちょっと難しくて……」

「そうなのか?」

「いえ、初等教育からと指示がございましたので、入学したての6歳児クラス用のテキストを使っておりますが……」

「……」


 アランが黙り込んでしまった。

 何よ、何よ!みんなして、あたしをバカにして。

 勉強が必要なんて聞いてなかったんだもの。しょうがないじゃない。

 悔しさで涙が滲んでくる。

 もう嫌だ。ここから逃げ出したい。


 だけど、アランはあたしの気持ちを理解してくれたのか、頭をポンポンと撫でた。


「急に田舎から王都にやってきたんだ、慣れないことも多いだろう。すまない、ちゃんと気遣えてやれなくて」


 そうなのだ。

 あたしは、ピエールの遠い親戚の娘ということになっていて、最近王都に上京したという設定だ。これが、みんなにバレるわけにはいかない。


「いえ、リナの頑張りが足りないのです」

「今日はもうよい。クレア、リナを借りていくぞ」


 そういうと、アランはあたしを連れ出してくれた。

 やっぱり彼は、あたしの王子様だ。


 ◇


 広間を抜け出ると、アランはそのまま庭に向かった。

 種類はよくわからないけど、色とりどり?っていうの?なんだかたくさんの花が咲いている。

 こんななんのお腹の足しにもならないものばっかり育てて、もったいないなぁ。

 だけど、アランは時々歩みを止めては花の香りを嗅ぎ、幸せそうにしている。こういうところが、合わない。あたしが王妃になったら、この辺は果樹園にしちゃおうかな。


 噴水の横を通り過ぎると、先ほどよりはまばらに花が咲いていた。

 それにしても日差しが強くて、嫌になる。時々飛んでくる蜂の羽音が鬱陶しい。

 庭なんか散歩しないで、本当は室内で甘いものでもたべたいのになぁ。

 そんなことを思っていたら、アランが木の前で立ち止まった。


「どうだい?リナ。美しいだろう。この薔薇はロサ・センティフォリアって言ってね。もう全部盛りは過ぎているんだが、何輪か残っていてよかった……」


 あ、やばい。この感じ。

 アランのいつもの自己陶酔タイムだ。

 一枝を手折ると、あたしに跪いて差し出す。


「名前の由来は百枚の花弁。香りは蜂蜜のように甘くて……リナと初めて出会った時、僕はこの花を思い出したんだ。甘くて、華やかで、人を惹きつける魅力がある。君のようだと思わないかい?」


 どうしよう、これ、ダメな返しをするとアランの機嫌が悪くなるやつだ。

 ええと、なんて言おうかな……。

 花を受け取りながら悩んでいた、その時だった。


「あらあら。その台詞、セリエさんにも仰ってましたわよね?」

「あ、姉上!!」


 振り向くと、いかにも王族らしい華やかに着飾った女性が、ふんわりと微笑んでいた。


「アラン、そんなに慌てないでくださいな。あなたの口説き文句がワンパターンだなんてこと、王城のみんなが知っておりますのよ」


 扇子で口元を隠し、おほほほほ、と笑う。

 彼女はアランの双子の姉――ヴィオレット。この王城で、あたしがいちばん苦手な人物だ。


「そういえば、一説によるとロサ・センティフォリアは花びらが多すぎて、自らの重みで項垂れ、地に落ちることがあるそうですわ。……リナさんも、お気をつけあそばせ」

「姉上、縁起でもないことを言わないで下さい!」

「でもね、城内で噂になってますのよ。リナ様の頭脳がとっても可愛らしいって」


 そういうと、彼女はアランに何か書類を手渡した。


「なんですか、これは?」

「クレアの辞表です」

「辞表!?」

「リナさんの教育は自分には荷が重すぎるので、別の方を雇って欲しいとのことですわ」

「……バカな。これで教師変更は十人目だぞ」

「あの仏のクレアにもお手上げなんて、さすが、アランが一目惚れした逸材なだけありますわね。わたくしも、その才能に驚嘆いたしましたわ」


 なんだかよくわからないが、あの家庭教師のおばさんが辞めたことと、ヴィオレットがあたしの悪口を言っていることは伝わってきた。

 相変わらずムカつく女ね!

 反論を期待してアランを見たが、彼は目を合わせてくれようともしない。

 もー、なんなの!

 だが、ここで噛み付く訳にはいかない。あたしはヘラヘラ笑ってやり過ごしていたが、内心はイライラで爆発しそうだった。


「そうそう、才能といえば、『例の噂』、アランもお聞きになって?」

「……噂」

「ええ、セリエさんがヴィーニュ領で新しい調味料を作られたそうよ。なんでも、捨てられる葡萄を使ったんだとか」


 お!セリエの噂。これは割って入らないと。

 あたしはずずいと一歩前に踏み出すと、勝ち誇った表情を浮かべた。


「捨てられる葡萄……さすが、辺境伯に嫁がれた方は貧乏くさいことをするのね。当然お城の皆さんがその噂に呆れ返っている姿、目に浮かびますわ」

「……」


 あれ?当然バカにされてるって噂よね?違うの?

 ヴィオレットが扇子の奥で小さくため息をついたのが聞こえた。


「先ほどわたくしも試作品を味見いたしましたが、これまでにはない可能性を秘めていると感じましたわ。上手くいけば、他の領地にも展開できると、父上も大層期待されているようで」

「試作品があるのですか?」

「ええ、アランもあとで料理長のところに行くといいわ」


 何?無視ってこと?

 ええい、こうなったら私のアイディアを披露してギャフンと言わせてやるわ。


「わ、私も以前から考えていたことがございますの。国中でワインを作ってますが、完成まで時間がかかりますよね?いっそ、葡萄ジュースにして売るのはどうでしょう!甘くて美味しいし、王家のお墨付きならきっと飛ぶように売れますわ」

「……」


 ヴィオレットの周囲の温度が急に下がったような気がした。

 あれ?怒ってる?なんで?


「なるほど、葡萄ジュース。これまた大変に斬新なお考えですこと。熟成の期間も必要ございませんしね」

「そう!そうなの!ワインはお酒になるまで時間が掛かるけど、ジュースならすぐお金になりますわ!」

「ちなみに葡萄ジュースって、どのくらい日持ちするかご存知ですの?」

「……日持ち?」

「ワインの良いところは、ポテンシャルのあるものなら何十年もの熟成に耐えること。もちろん保管には気を使いますが、交易品として国外に運んで行って売ることもできます。葡萄ジュースって、何年も日持ちいたしましたっけ?」

「……」


 あたしは、自分の顔から血の気が引いているのを感じた。


「それにワインはその出来によって希少性が付き、非常に高価格で売買されることも少なくありませんわ。リナさんの提案された葡萄ジュースは、どうやって付加価値をおつけになるのでしょう。当然そこまでお考えで提案されたのですよね?」

「そ、それは……」


 あたしが言葉を詰まらせていると、ヴィオレットは扇子をぱちりと閉じた。


「セリエさんは、捨てられる葡萄で『価値』を生みました。一方、リナさん、あなたのアイディアは、これからの葡萄の可能性を『捨てる』ことになります。さすが、教師を十人も捨てられる方は、斬新な思いつきをなさいますのね」

「姉上、頼む。……今は、そのくらいに」


 ヴィオレットは、アランを見ると、にっこりと笑った。


「アラン、あなたが『無能』だと捨てた石が、実は国を救うダイヤモンドだった。……そしてあなたが選んだ伴侶は、磨いても光らないどころか、周囲を腐らせているご様子。……うふふ、あなたの『見る目』には、いつも驚かされますわ」


 そういうと、ヴィオレットはくるりと踵を返し、城内へと戻って行った。

 アランは、何も言い返せずに、唇を噛み締めている。

 その表情からは、明らかにあたしを選んだ後悔が滲んでいた。


(あの女……どこまでもあたしをバカにして……!!)


 あたしは無意識のうちに、手元の薔薇の花をグシャリと握りつぶしていた。

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