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11話 ヴェルジュ作りは和気藹々と

「なるほど、青葡萄の酸味ですか」


 屋敷に着いてすぐキッチンに駆け込んだ私たちは、山盛りの青葡萄を手に、早速ギュスターブに事情を説明した。


「そうなの。朝のレモンの件も、無茶な相談してしまったかもしれないと引っかかっていて……お酢に変わる、新しい酸味としてどうかしら?」

「ふうむ……」


 ギュスターブは興味深そうに一粒手に取ると、一口齧りとった。一気にいかないところが繊細で、いかにも料理人らしい。


「なるほど、これはこれは」


 あらかじめ酸っぱいことを聞かされていたからか、落ち着いた様子で味わっている。

 残りの実も口に入れてよく咀嚼すると、私の方を見た。


「おっしゃる通り、新しい酸味として使えそうです。ただ、小さいですが種がある。こいつを一緒に潰しちまうと苦味が出そうだ。さて、どうやってすり潰すか、ですが……」

「それじゃ、種が砕けない程度に軽く潰して、その後で絞ったらどうだい?」


 後ろにいたジュールがひょっこり顔を出した。


「奥様、この男はなにもんですかい?」

「彼はジュールさんって言って、さっきそこの畑で拾ったんだけど」

「ひ、拾った……!?」

「まあまあまあまあ、細かいことはいいじゃないか」


 私たちの会話を無視して、ジュールは勝手に厨房を見まわしている。


「うーん、酸があるから銅は避けたいよね。横にある石臼だと種までいっちゃいそうだし……あ、それは?ちょっととってくれないかな」


 ジュールに言われて棚の上からギュスターブがとったそれは、木製のすり鉢だった。

 オリーブの木だろうか。木製とはいえ、ずっしりとした重みを感じさせた。


「懐かしいですな。このすり鉢は南側の海沿いで修行していた頃に仲間がくれたんでさぁ」

「いいね、いいね。これでいこう。じゃあ、まずは葡萄をペティナイフで……」

「ちょっと、ジュール殿!」


 勝手に話を進めていくことに苛立ったクロードが割って入った。


「主人の許可で屋敷へ踏み入ることは許可しましたが、これ以上の勝手は許しませんよ。不敬です」

「えー、クロードさん、厳しいなぁ」


 ヘラヘラと受け流すジュールに、クロードはさらに不快感を強めた。

 いけない、このままだとトラブルになりそう。


「わたくしはジュールさんが失礼とは思いませんが……でもそうね、ここからは我々でやってみましょうよ。よろしいかしら?ジュールさん」

「オッケー!じゃあ進め方に悩んだら声を掛けてよ、僕はその辺をうろついてるからさ」

「ちょ、ジュール殿!困ります」


 ふらふらと厨房を出ていくジュールの後を、クロードが追いかけていった。

 やれやれ。でも、あれで案外、噛み合ってたりするのかしら。


 さて、気を取り直して。

 ヴェルジュ作り実験のスタート!


「さっき、ペティナイフでなんとか言い掛けてたわよね」

「おそらく、潰すときに弾けないよう、切り目を入れておく目的でしょうな」

「なるほどな、じゃあその役目は……」


「はい!」と勢いよく手を挙げたのはロゼット。


「それなら私にもできそうです、やらせてください」

「ありがとう、お願いするわ」


 早速まな板の上で小さな実を半分に割りはじめた。小柄なロゼッタに小さなナイフはピッタリだ。


「ちゃんと種もあるし、葡萄って感じですねぇ」


 うんうん、いい感じ。

 さて、次は。


「半割にした葡萄を、すり鉢で潰すのよね」

「それは俺がやろう」


 そう言って、シルヴァンは半分になった実を何粒かすり鉢に入れると、木のすりこぎでそっと押し潰した。

 すぐに、じわじわと水分が滲んでくる。実は潰れてるのに、ちゃんと種はそのままだ。

 意外に繊細な作業をこなす姿が不思議な感じがして、思わず凝視してしまう。


 と。

 あれ?シルヴァンの顔がなんだか赤い。


「そ、その……あんまり見ないでくれないか。作業に集中できない」

「そうですわよね、すみません」


 確かに作業って、監視されてるとやりにくいわよね。

 反省。


 そしていよいよ最後。


「あんた、こんなもんでいいかい?」


 コレットが30センチ四方くらいの布の袋を持ってきた。なんでもジュールに言われて、棚の奥から探してきたんだとか。

 素材は亜麻だろうか、目が細かくて丈夫そうだ。


「ああ、それなら絞るのにピッタリだな」

「何の袋なんですか?」

「元々はフレッシュチーズ用の絞り袋でして。温めた牛乳に酢やレンネットを入れて固まったやつを、ここに入れてギューっと」


 なるほど、それなら強度も目の荒さもバッチリね。元々食用だし衛生面も問題なし、と。

 持ってきた袋の水通しが終わった頃には、ちょうどひと籠分の下準備が終わったところだった。


「いよいよですね。ではギュスターブ、お願いしますわ」


 シルヴァンが潰した葡萄は、白いぽってりとした琺瑯のボウルに集められている。

 それを絞り袋にそっと注ぎ入れると、ギュスターブはしっかりと、しかし苦味が出ない絶妙な力加減で、絞っていく。

 下に用意したガラスのピッチャーには、みるみる緑の液体が滴り落ちていく。


「綺麗ですねぇ……」

「香りも素晴らしいわ」


 ワインの芳醇さとは違う、爽やかで若々しい果実の香りが厨房いっぱいに広がっていく。

 香りを嗅いでいるだけで、思わず唾が湧いてきた。


「まずは、奥様が味見なさって下さい」


 ギュスターブが、匙を渡してきた。

 そこに、搾り取ったばかりのヴェルジュをすくって、ひとくち……


「おー!いいじゃん、いいじゃん」


 ん?

 ヴェルジュの香りに誘われたのか、ジュールが再びひょっこり現れて、先に味見してる!!

 どゆこと!?


「ワインにするにはちょっと甘やかしすぎかなと思ってたけど、ヴェルジュにはちょうどいいね。苦味も出てないし、完璧⭐︎」

「ちょ、ちょっと待ってくださいません?先に味見するのは、わたくしの役目では?」


 思わず抗議の声を上げつつ、改めて、ヴェルジュをそっと口に含む。


 その瞬間、舌の上で若い酸味がパッと弾けた。

 レモンほど鋭くはないけれど、ぶどうらしいまろやかさのある酸っぱさと、その奥にほんのりと残る甘み。

 うん、美味しい!


 横を見ると、皆も味見をしながら感想を言い合っている。


「サラダに使ったら絶対美味しいですよー!」

「それは勿論だが、サラダだけじゃつまらんだろう。今夜のメインは鶏肉だが、隠し味に使えんかな……(ぶつぶつ)」


 ギュスターブの頭の中は、早速今夜の献立を組み立てているようだ。


「マヨネーズも、良いかもしれないな」


 シルヴァンがぼそりと呟いた。

 確かに、まろやかなマヨネーズになって美味しそう!


(サラダに、鶏肉に、ソースに……応用の余地はいくらでもありそうね)


 頭の中で、ヴェルジュを使った料理のイメージが次々と浮かんでくる。

 けれど、それはまだ全部「仮説」だ。


「まずは今夜の一皿、ですわね」


 私がそうギュスターブを見ると、彼は大きく頷き、手際よく鍋やボウルを取り出し始めた。


「はい、奥様。楽しみにしてて下さい」


 捨てられるはずだった青い葡萄が、どんな一品に生まれ変わるのか。

 うーん、ワクワクする!


「料理するところ、僕も横で見てていいかな」

「ワシは旦那様が良いなら問題ありません」

「いいだろう、だがクロードを刺激しないように頼む」

「はーい。セリエちゃんは?」

「わたくしは先入観なしに味わいたいので、一旦自室に戻りますわ」

「んじゃ、また夕飯の時にねー」


 それぞれが解散しかけた、その時。


「ジュール殿!どこにおられるのですかー!?」


 遠くからクロードの声が聞こえてきたけど、ま、いっか。

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