第二章 呪文基礎学⑤
午前の授業を終えた昼休み。錬金術の授業で班を組んだ四人は共に食堂へ向かい、その混み具合に圧倒された結果として、購買でサンドイッチを購入して校舎の外に出た。向かったのは、校舎の内側にある中庭ではなく、その周辺に広がる芝生のスペースだ。小高い丘になっている場所に腰を下ろしサンドイッチを食べながら話す。
「というか、どうして当然のように一緒に行動してるんだ。僕は一人で……」
「まぁまぁ、一緒に食べたほうが美味しいよ?」
「ま、初日から一人で食べてるとボッチ扱いされちゃうしねぇ」
「別に俺は一人でも――」
「そんなこと言って、ほんとは寂しいくせにぃ。あと、さっきはありがとね?」
「何のことだ?」
「庇おうとしてくれたでしょ? 皆ごめんね、私のミスで台無しになっちゃって」
申し訳なさそうにそう言うレイリアをルイスがフォローする。
「いや、君が謝る必要はない。ハスブーン先生はああ言ってたけど、どう考えても邪魔してきた奴らが悪い」
邪魔が入らなければ軟膏の調合は成功していた。失敗したのはあの呪文のせいで間違いない、というのは四人とも共通していた。
「でもなんで俺たちなんだ。何か恨みを買うようなことしたか?」
「まぁ、エゼリットに丸焼きにされそうになった恨み、ということなら分からなくもないけど……」
サクヤの疑問に、ルイスが冷静に分析をする。
「え、私のせい?」
「アレはひどかったもんな。本気で死ぬかと思った」
「まともに魔法使えない奴には言われたくないわ」
「お前のアレは『まともに使えてる』の内に入るのか?」
「うっさわよ」
サクヤとエゼリットが軽口を交わす。その様子に、打ち解けつつある空気を感じてレイリアの頬が緩む。
「ま、それはともかく。さっきのは恨みというより……」
「目立ってる奴らに意地悪したかったって感じだよね」
意外にも能天気なだけではないようで、状況を正確に理解していたレイリアが言い淀んだルイスの後に続けた。
「魔法が使えない奴に、皆を燃やしかけた奴。それと、多分僕の出自も関係してるだろうな。名門出身の落ちこぼれだ」
肩を竦めたルイスが自嘲気味に笑う。
「ルイス?」
その姿にレイリアが心配そうな表情を浮かべる。見つめられたルイスが首を振って話題を変えた。
「それより、あのエルフは何者なんだ? 呪文学の時もそうだが、さっきの対処も……とても同じ一年生には見えないぞ」
「確かに。でもエルフなんだし、あの見た目で実は百歳超えててもおかしくないわよね?」
「それはまぁ、そうだけど……だとしたらわざわざ学校に来るか?」
「そりゃそうか」
「呪文の制御も出力も僕らとは……一年生とは桁違いだった。多分、一年生に彼女以上の魔法使いはいないと思う」
「そりゃ、あんな化物がそこら中にいたらやってけないっての。あーあ、どうやったらあんなに上手く魔法を使えるようになんのかねぇ……」
投げやり気味に言ったエゼリットが芝生に寝そべった。
「なら、本人に聞いてみよっか?」
「え……はぁ?」
エゼリットが間抜けな声を上げる頃には、レイリアは既に走り出していた。その先にはちょうど話に上がった銀髪のエルフが一人で昼食を取っていた。
「なぁ、アイツのあの行動力はなんなんだ? いや、俺がコミュニケーション下手くそだからそう思うだけか?」
「いや、僕もそう思う」
「確かに、あの度胸は素直に感心するわ」
遠ざかっていく背中を見つめながら、三人は口々に言った。思い返せば、一緒に昼食を取ることになったのも、レイリアに声をかけられたからだ。自分から人に声をかけるタイプではない三人からすれば、レイリアの人懐っこさには驚くべきものだった。
「あの、ちょっといい?」
「ん、何か用かな、Ms.ペトラルカ」
「あれ、私の名前覚えてくれてるんだ。嬉しいな。言いそびれてたんだけど、さっきはありがとう」
「それはもう、よく目立っていたからね。構わないよ。それで?」
「あのね、もしよければ私たちに魔法を教えてほしいなって思って。アストレイブさん、すっごく優秀そうだったから」
「私たち?」
「あ、うん。さっき同じ班だった三人も一緒に、って感じなんだけど……」
一瞬サクヤたちに視線を向けて、レイリアはお願いします、と頭を下げる。
「別に構わないけど、その提案に私へのメリットはあるのかな? それとも、何のメリットもなしに君たちを鍛えろって?」
つまり、メリットがあるなら魔法を教えてもいい、という好感触な返事にレイリアは目を輝かせた。
「まさか、そんなことは言わないよ! アストレイブさん、ってもう名前で呼ぶね。リュカの研究には手を貸すし、トラブルに巻き込まれた時は率先して助けに入る。この学校でずっと一人でやっていくのは大変でしょ?」
「…………」
レイリアの言う通り、この学校を四年間一人で生き抜くというのは口で言うほど簡単なことではない。専攻が定まっていない一年生であるため研究面でのサポートは望めないだろうが、日々校内で起こるトラブルに対処するなら人数は多い方がいい。
実際、二年生以上は近い思想、もしくは利害関係。あるいは家同士の繋がりを利用して派閥を組むものがほとんどだ。
「……なるほど、君は存外食わせ者だな。いいだろう、乗った」
しばらく黙り込んでから、リュカは小さな笑みを浮かべて首肯した。
レイリアはリュカを連れて三人の下へ合流する。
「という訳で、リュカも私たち一同の仲間入りをしました。拍手~」
一人でぱちぱちと手を打ち鳴らす。
「僕を勝手に一同に入れるな」
数時間でもはや恒例となったルイスの文句は流され、レイリアが話題を移した。
「昼休みはまだあるし、早速魔法を教えてもらう……の前に。改めて自己紹介しよっか。私たち、まだお互いの名前しか知らないよね?」
サクヤとレイリアは出身地くらいは話したが、他の三人に関してはそんな時間がなかったため、レイリアの言う通りだった。
四人が頷いて、言い出しっぺのレイリアが語り出した。
「まずは私から。レイリア・ペトラルカです。大陸西側にあるサーペインから来ました。両親は二人とも非魔法使いで、魔法は教会の人に教わったんだ」
「非魔法使いの家出身なのか。ここじゃかなり珍しいな」
アストラル魔法学校は言わずとも知れた魔法使いの名門である。門戸を広くするという名目でレイリアのような非魔法使い出身の少年少女の受験枠もあるが、それもかなりの倍率だ。
「うん。だから入学前からの知り合いがいなくて……皆と仲良くなれて良かったよ」
「ねぇ、ずっと気になってたんだけど……ペトラルカって、あのペトラルカ? いや、だとすれば両親が非魔法使いってのはおかしいか」
その会話にサクヤが疑問を示した。
「どういうことだ?」
「なにアンタ、知らないの? ペトラルカって言えば、英雄アキレウスの仲間。聖者レーナ・ペトラルカのことでしょ。常識よこんなの」
「世界を救った、正真正銘、掛け値なしの英雄だ。ペトラルカ、なんて結構珍しい苗字だと思うけどな」
歴史の教科書にも載っているその人物について二人は語る。
「よく聞かれるけど、ただの偶然だよ。家系図辿っても出てこなかったし、多分英雄に憧れたお馬鹿なご先祖様がそう名乗ったんじゃないのかな? とにかく、これからよろしくね?」
眩しい笑顔を浮かべたレイリアは、続きを促すように隣に座るルイスに視線を向けた。
「――コホン。僕はルイス・ダリウシュ。知ってると思うけど、実家は異界断ちをたくさん輩出してる武闘派の名門だ。まぁ、ここで一人は不安だからな。よろしく頼む」
ルイスが視線を逸らしながらぶっきらぼうに言うと、やや間を開けてエゼリットが続いた。
「エゼリット・カーネルイスよ。ルイスとは別方向で名門出身の子女よ。尊敬なさい」
誇らしげに胸を張るエゼリット。
「カーネルイスって、確か魔法建築とか魔法芸術の分野で活躍してる家門だったよな?」
「そうよ。私も子供の頃は魔法を使ったパフォーマーになりたかったんだけど、残念なことにその手の才能はなくてさ。どうせお前はぶっ壊すことしかできないって、ここに入学させられたのよ」
さして悲しむ素振りも見せずに、エゼリットは自身の過去を語った。それで自分の番は終わりだと暗に告げ、サクヤの順番になった。
「俺の番か。サクヤ・ヒイラギだ。輪の国から来た、いわゆる留学生ってやつだ。実家を出て放浪してたタイミングであの魔女に。いや、メイガス先生に入学するように言われた」
「あ、もしかして特待生ってやつ?」
「そういうことか。それなら納得できるな」
「何が?」
「まともに魔法を使えない奴が入学できた理由にでしょ。特待生枠は試験が無いから」
アストラル魔法学校は、正真正銘魔法界の最高学府だ。入学できるのは一部のエリートか、他にはない特殊技能を持った家系の人間のみである。
「お前が言えた口でもないけどな」
「ぐぅっ」
冷ややかなルイスの突っ込みに思わずダメージを受けるエゼリット。
「ほんと、よく私たち入学できたよね」
頭を掻きながら明るく笑ったあと、レイリアが最後の一人に視線を移した。
「最後は私だね。リュカ・アストレイブ。見ての通り、古臭い潔癖主義者の集団、エルフさ。理由あって森から出てこの学校に入学したんだが、まぁ同胞とはあまり気が合わなかっただけのことだから、あまり気にしないでくれ」
真意の読めない笑みを浮かべたエルフが自己紹介を終えた。ちょうどそのタイミングで昼休み終了の時間となった。
忙しなく校舎へ戻っていく生徒に続くように、五人も三限目の授業が行われる教室へ向かった。




