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悪鬼羅刹は斯くも征く  作者: 素人Knight


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第二章 呪文基礎学②

 一度寮の自室にローブを取りに戻り、それから食堂で朝食をとった。そして迎えるアストラルでの初授業。呪文基礎学が行われる教室へ向かうサクヤは、同じく授業へ向かう生徒たちの波に乗るようにして廊下を歩いた。


「あ、あの……!」


 そんな中、ふと背後から声をかけられる。振り返ればそこには小柄な女子生徒が立っていた。柔らかな栗毛をした柔らかい笑みを浮かべた可愛らしい少女だ。


「初日の授業、呪文基礎学だよね。一緒に受けない?」


「まぁそうだけど……すまん、まず誰だ?」


「え、覚えてない?」


「あぁ?」


 目の前の少女の顔をじっと見る。どこかで会っていたのかと記憶を遡りだして、すぐに目の前の少女に該当する人物が現れた。


「あぁ、昨日の」


「そう、昨日あなたに助けてもらった女子です」


 入学式へ向かう途中で喧嘩に巻き込まれていたあの女子生徒だ。


「私、レイリア・ペトラルカ。あなたは?」


「サクヤ・ヒイラギだ。授業を一緒に受けるのはいいけど、頼りにはするなよ」


 そうして二人は呪文基礎学の授業が行われる教室へ向かって歩いた。道中、軽い会話を交わした。といっても、出身地や授業の時間割についてとひどく義務的なものだけだ。それ以外に語ることなど特にないし、語る気もなかった。


 レイリアの方は色々と気になっていたようだが、初対面の相手に踏み込みすぎない程度の分別は持ち合わせているらしい。





 ほどなくして二人は教室に着く。教室の形状は至って平凡で、教壇から奥へ進むに連れて高くなる作りで、ずらりと並んだ長机には先に憑いた生徒たちが着席している。


 適当な位置に座り待っていると、担当教師が現れた。真っ黒なローブに身を包んだ老年の女性。一言も発していないにも関わらず、澄ました表情や歳に似合わずぴんと伸びた背筋から受ける冷たい印象に、生徒たちの間に緊張が走った。


「まずは入学おめでとうございます、と言っておきましょう。呪文基礎学の担当教諭を務めるアイオネット・メイガスです。――これは毎年のことではありますが、あなた方の有様にはため息が止まりません。まったくどうして、その程度の魔法使いが入学を許されたのか。魔法界の最高学府としての矜持はないのかと、失望すらさせられます」


 椅子に座る新入生達を一瞥してそう告げた。突然の発言に絶句する生徒たちに魔女は続ける。


「何人かマシな方もいるようですが……総じて質の悪さは否定できませんね。誰も彼も、基礎的な魔力運用すらままならない有様ではありませんか。ご実家でどのような教育を受けてきたのか疑問ですね」


 さすがにその言葉は気に食わなかったのか、生徒たちが無言で反感の表情を浮かべた。


「聞けば、昨日は入学早々トラブルを起こした方もいたとか……まあそれは良しとしましょう。その程度の気概がなければ魔法使いとしてやっていけないというのも事実ですから」


 その言葉に、新入生の脳裏に昨日の光景が浮かぶ。喧嘩を咎められなかった事実にまずは一安心。しかし続く言葉は予想外のものだった。


「魔法の制御を誤り、無関係の第三者を危険に及ぼした。あまつさえ、それをたかが剣の一太刀に消された。これは由々しき事態です。私たち魔法使いの沽券にかかわる問題でしょう。なにせ剣術とは非魔法使いの技術です。たとえ未熟者とはいえ教え子がそれに敗れる屈辱、あなた方には理解できますか?」


 昨日争った二人がいれば今頃決まずい思いをしているだろうその思いをメイガスは淡々と告げる。


「この授業で私が教えることは単純です。魔法行使のために存在する呪文の本質とは一体何か。どのようにして魔法を扱うべきか。あなた方には一年間で魔法と呪文、その本質を学んでいただきます」


 言い切ったメイガスがローブの内側から抜いた白杖を振り、静かに唱えた。


扉よ開け(キーニシ)


 杖先から飛んだ呪文が教室の扉に届く。その直後、ひとりでに開いた扉の向こう側から人型の異形が入って来る。緩いウェーブを描く流線形の輪郭に無機質な白い肌の、およそ生物とはかけ離れたその姿に、サクヤの隣の少年が声を上げた。眼鏡をかけた生真面目な男子生徒だ。


魔導人形パペットか。珍しいな」


 教室に入って来た魔導人形たちは、両手に抱えた荷物《、、》を教壇に並べた。


概論ガイダンスはここまで。初日の授業ではあなた方の能力を推し量る時間にします。緊張はいりません。現段階での優劣など、一年もしない間に容易に覆るものなのですから。そして心得なさい。あなた方は既に実家の加護を離れ、競争のただ中に置かれる魔法使いであるのだと」


 荷物の正体は木製の板だった。上部に五重の赤い円が描かれた丸い板が取り付けられている十字架のような作りのそれは、非魔法族が弓矢で狙う的のようなものだった。


 メイガスは生徒に起立を促すと同時に念動呪文を唱えた。教室中の机と椅子が音もなく動き出し、後方へ押し込まれる。その波から逃れ教室の端に散った生徒たちが息を呑む。


「初等呪文の一節で……」


「なんつう魔法出力だよ」


「いや、それよりあの呪文制御よ。無駄が一切ない」


 口々にそう呟く生徒の感想は大体同じだった。魔女が用いたのは初等の念動呪文。ここにいる全ての生徒全員が当たり前のように使える――だからこそ驚きを通り越して呆れられずにはいられない。目の前の現象を起こした魔女と自分たちとの途方もない差に。


 そしてその場の全員が、魔女が発した自分たちを侮るような不遜且つ傲岸な言葉に納得した。あぁ、これと比べれば自分たちはひどい有様だと。


 魔導人形によって並べられた六つの的。その一つの前にメイガスが立つ。


「本日はこの的に向かって初等の火炎呪文を撃ち込み、その強さを測ってもらいます。これらの表面には魔法加工が施されていますので、壊れる心配はありません。まぁ、この的を破壊できる魔法出力ならこの授業を受ける必要はありませんが……」


 そして魔女は生徒たちに背を向けると、淡白な声で呪文を唱えた。杖から放たれた火炎呪文が的を捉えると、描かれた六重の赤い円を全て光らせた。それで課題の要領を伝えた。


「見本は以上。各自取り組みなさい。言っておきますが、火炎呪文を扱えるのは当然です。問題はその先。狙った的を外さず安定した出力を維持できるかを見ます」


 言いながら、魔女の視線が一瞬サクヤを捉えた。


 それから続々と生徒たちが的に向かい火炎呪文を放っていく。誰もメイガスと同じような精度で呪文を撃つことは叶わず、赤い円は最高でも四重に光るのみであった。


「――次、Mr.ヒイラギ」


 的に並ぶ列は次々と前へ進み、遂にサクヤの順番になった。


 杖の役割も兼ねている刀を抜き、的に向かって切先を真っ直ぐ構えた。


「……ふぅ……」


 深く息を吸い心身を整える。


「サクヤ、緊張してる?」


 隣の列に並ぶレイリアがその様子を心配氏を声をかけた。その気遣いに答える余裕はサクヤにはなく、意を決して呪文を唱えた。


火炎よ灯れ(ふぉーてぃあ)!」


 詠唱と共に体内で沸き上がる魔力。その奔流を制御し、杖となった切先から炎として放つ。刹那の後に灼熱が出現し正面の的を捉え燃やすイメージが脳内を埋め尽くし――。


「…………」


 その幻想が、冷徹な現実によって覚める。熱はなく音もなく。魔法使いは魔法を放てなかった。

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