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悪鬼羅刹は斯くも征く  作者: 素人Knight


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第一章 アストラル魔法学校②

 入学式の後、寮に帰ろうとしたサクヤの前に、一匹の鳩が現れた。普通の鳩ではない。背中に三枚の羽根を持った魔法生物の一種だ。


 サクヤの肩に止まった鳩が口を開けると、おおよそ鳩のものとは思えない声を発した。


『ついて来なさい』


 そう言って鳩は三枚の翼を動かして飛び去った。


 その声に聞き覚えがあったサクヤは、言われたとおりについて行った。


 鳩に連れられて向かったのは、校舎の角に位置する教室だった。ノックをするまでもなく扉が開く。


「入りなさい」


 いつの間にか消えた鳩ではなく、開いた扉の向こうに佇む老年の魔女にそう言われて、サクヤは教室に入った。


「お久しぶりです、Mr.ヒイラギ。無事入学できたようで何より」


 ぴんと張った背筋とはきはきとした話し口は、とても六十を超えた老女の物とは思えない。


「何の用ですか?」


「いえ、特に大した用事はありませんでしたよ?」


 過去形で言ってのけた後、「今朝までは」と魔女は付け足した。心の中までを見透かすような視線が、少年が腰に差した刀に移動する。


「早速騒動の渦中にいるとは」


「アレは……」


「言い訳は結構。あの程度の状況、わざわざ刃を抜かずとも対処できるよう精進なさい」


 サクヤの言い訳を断ち切るように、魔女はぴしゃりと言ってのけた。


「――そちらの方は抜かなかったようで何より」


「抜けないことは知っているはずだ」


 サクヤは無意識のうちに、今朝抜かなかった方の柄頭に触れた。


「ええ。そのためにもう一本を用意したのは私ですから」


 先ほど抜いた方の刀を見る。魔女が用意した、杖の役割を持った刀である。


「礼はいりませんよ。貴方を入学させるにあたり必要な処置でしたから」


「結局何の用だ?」


「念のため忠告しておきます。容易にそれを抜かぬように。万が一制御に失敗し、暴走するようなことがあれば……」


 魔女は淡々と告げる。


「貴方を殺す必要がありますので」


 そう言われたサクヤが、僅かに苛立った様子を見せる。


「ならどうして俺をここに入れたんだ。わざわざ危険分子を入学させる必要はないはずだ」


「それについては今の貴方が知る必要はありません。貴方の入学を決めたのは学校長であり、私とてその真意を全て理解しているわけではないのだから」


 サクヤが発言する暇を与えず、魔女は続ける。


「それに、ここでの日々は貴方に人生にとって最良の物になるでしょう。もっともそれは、最悪と隣り合わせになっているわけですが」


 ――ならその最悪とやらを見せてやろうじゃないか。


 ――恐れることはない。ボクとキミなら、誰が相手だろうと斬り殺せる。


 ――まず初めに、この鬱陶しい女を殺そう。


 頭の中に響くその声が、サクヤに告げる。自らの欲望をダイレクトに刺激するその声を無視しようと、無意識に拳を握りしめた。


「貴方を修羅へと誘う妖刀。それに宿る鬼を抑える方法も、ここでなら見つけられるでしょう」


「アンタがどうにかしてくれるわけじゃないんだな」


 皮肉気味に上げた抗議の言葉を、魔女はきっぱりと切り捨てた。


「まずはその甘えを捨てなさい。貴方はまだ若く幼い。しかし口を開けていれば餌を与えられる雛鳥ではない。

 ここでは自ら答えを探す気のない者は何も得ることはできません。しかしそれと同時に、死に物狂いで地べたを這いずる蛇の皮を剥き、竜へと化かす場所でもある」


「俺はこの学校を無茶苦茶にするかもしれないぞ」


 サクヤのその言葉は、脅しというよりは自身が招きうる可能性を心配しての物だった。


「それは杞憂です、Mr.ヒイラギ。貴方が思うほど、ここは脆くも無ければ優しくもない」


「優しくない?」


 魔女の言葉に疑問を浮かべるサクヤ。脆くはないのはともかく、優しくないというのはどういう意味なのだろうかと。


「貴方を殺すのは、私でなくとも十分ということです。いずれ分かることでしょうから、今ここで論じることはしません。今朝の騒動など、ここで起こることと比べれば可愛いものです」


 新入生がいきなり杖を抜いて喧嘩することが可愛らしいことだと魔女は言い切った。


「随分物騒な学校なんだな」


「初手で致死性の呪文が飛ばなかっただけ今年はまだマシな方ですよ。今の三年生が入学した頃は、初日から手足が一ダースほど転がっていましたから」


 魔女の言葉が嘘ではないと、不思議にもサクヤは理解できた。


 つまりはそういう場所なのだろうと、何の感慨もなくサクヤは受け入れた。胴体から別れた人体など、少年はそれこそ腐るほど見て来た。


「あの手のいざこざは恒例行事なのですよ。新たな地に赴く者は、程度の差はあれど舐められまいと思うものです。それが魔法使いの場合、暴力として発露されるというだけのこと」


 長年アストラルで教鞭を執る魔女は、その事実を半ば呆れたように話し、


「――くれぐれも油断無きよう。貴方のような人間ですら受け入れる程度には、この魔境は性質たちが悪い。」


 そう言って、魔女は少年に背を向けた。それが退室を促す合図だと察して、少年は扉を開けた。


 その背中に、魔女が追加で言葉を投げた。


「それと、その言葉使いには注意するように。私が教師だからではありません。余計な諍いを避けるための忠告です。

 貴方が早晩死にたいというのなら止めはしませんが」


 魔女の言葉に返答することなく、サクヤは部屋を出た。既に荷物が届けられた寮へと廊下を歩く。


 荷物といっても、大したものはない。授業で使う教本と就寝の際に着る服のみで、他の物は何も持ち込んでいない。


 殆どの生徒が実家から多くの荷物を運びこむところ、サクヤの場合はその実家が存在しない。正確には存在するが、数年前に追い出されたきり帰っていない。流浪の人間に荷物などは不要。故に持ち込むものも特には無い。


 ならば中庭で剣の修練でもするかと考えていると、目の前から一人の女子生徒が歩いて来た。


 銀色の長い髪に、血のような赤い瞳をした少女だ。何の気なしにそれを眺めていると、僅かに開いた窓から差し込む風が、少女の銀髪を撫でた。


 銀の髪に隠されていた少女の両耳が露になる。通常の人間の耳とは異なる、長く鋭利に尖った両耳。


 それを見たサクヤは僅かに疑問の表情を浮かべ、すぐにその身体的特徴を持った種族の名を思い出した。


「エルフって奴か……」


 相手には聞こえない小声でそう呟く。入学前に、あまりにも学がなかった少年に呆れた魔女が渡した教本に記されていた。


 そう思い返して、しかしすぐに興味を失って視線を逸らす。そのまま何も思わず、少女とすれ違う。その瞬間。


 未だかつて感じたことのない悍ましい寒気が、彼の背中を駆け上がる。


 とてもこの世の者とは思えぬ少女の気配と、どうあっても無視できない予感じみた直感が、サクヤの脳内を電流の如く走った。


「――――ッ!?」


 気付けば、少年は振り返っていた。凄まじい速度の踏み込みで、すれ違った少女と距離を取る。


 容易に抜くなと言われた妖刀の柄に、いつの間にか手を触れていた。咄嗟に抜こうとしたそれをギリギリで止められたのは幸運だった。


 そうでなければ、今ここで鬼に心を乗っ取られていただろう。それほどまでに、彼は動揺していた。


「おっと、随分いきなりだな」


 いつの間にか振り返っていたエルフの少女が、そんな反応を見せる。驚いたように見せるその態度が嘘であるなど、少年にはすぐ分かった。


 本当に驚いて警戒しているのであれば、迷わず抜くべき杖をエルフの少女は抜いていない。


「そんな目で見ないでくれよ。入学早々、恨みを買った覚えはないんだが?」


 肩を竦めてそう呟く少女。しかしサクヤが抱いた感情は、恨みや怒りなどという単純なものではなかった。


 それが何かは分からない。しかしたった今起きた少女との出会いに、運命めいた何かを感じずにはいられなかった。


 といっても、それは劇場で演じられる恋愛物の喜劇のような生易しいものではない。自らの生死すら左右するような、強烈な出会いだ。


 少女が醸し出す不穏な気配など、それの前には誤差でしかない。何故なら少女が纏うそれは、自分と同じものだと考えるまでもなく直感できたからだ。


 顧みれば、それは自らを惑わす鬼と同様の気配だった。目の前の少女が、かろうじて人の皮をかぶっている鬼の自分と同類なのだと少年は悟る。


 対峙する二匹の鬼。一匹は自らの得物に手をかけ、もう一匹は悠然と構えている。両者の間の緊迫が最高潮に達する。その寸前――


「何をしている!」


 廊下に響いた男の声が、二人だけの世界に割って入った。


 少女の背後から一人の男が走って来た。二十代後半から三十代前半の凛々しい顔つきの男だった。腰には煌びやかな装飾が施された鞘に収まった剣を差している。


「入学式の直後に校舎でやり合うとは、いったい何を考えているんだ?」


「さて、それを私に聞かれても困る。私はあなたの呼び出しに応じて歩いていただけなんだが……」


 少女に促され、少年の方を見る。既に柄から手を放した少年を見て、男は険しい表情から一変。


「元気で結構だ、Mr.ヒイラギ。私も若い頃は、君のように出会う生徒全員に喧嘩を吹っかけたものだ」


 恥ずかしい過去でも思い出すような笑みを浮かべながら話す男。


 名乗ってもいない自分の名を知っている不自然さに気付く余裕は、今のサクヤにはなかった。


「だが、今ではそれを諫める立場でね。君たちの間に何があったのかは承知しないが、ここは引いてくれ」


 年長者の余裕でもって、少年にそう告げる。


「おっと、名乗り遅れたな。ここで教員をやっている、エイワス・カイゼンだ。魔法戦闘・魔法剣術を担当している。もしこのことに不満があるのなら、初日の授業で立ち会おう。私も一度、極東の剣士と仕合ってみたかったところだ」


 そういって、エルフの少女を連れて男は去った。隙だらけの背中で、自らの誠意と絶対的な自信を示していた。




 グレンとの面談を終えた少し後。教室に残っていた魔女の下にエイワスが訪ねた。彼もまた、自らがこの学校に招いた新入生との面談を終えた直後。


「あの二人を同時に入学させるなんて……校長は何を考えているのでしょうか」


 エイワスがそう呟くと、魔女はその意図を察して口を開く。


「私も校長の考えを全て理解できているわけではありませんが……同時に入学させることに意味があるのでしょう」


「あえて、ということですか? 危険すぎるように思えますよ」


 思慮深い魔女が決して断定せずに出した答えに対し、エイワスが素直な感想を述べる。


「個別であればどうとでもなる。しかしそれが二人となると……」


「彼らの命を保証できない、ということですか?」


 濁した言葉の先を魔女が明言する。


「我々教員に制御可能でしょうか」


「教師の言うことを大人しく聞くような子たちではないでしょう。だからこそ、校長は彼らを同時に入学させたのです」


 魔女が遠回しに答えを告げながら、エイワスへと向き直る。


「片や妖刀の鬼に心を乗っ取られた剣士。片や里を追放された残虐なエルフ。あなたの言う通り、危険度で言えば近年稀に見る新入生です」


 同意を示すエイワスが頷き、魔女が続きを語る。


「もちろん、今すぐ学校に害をなせるほどの脅威ではありません。私たち教師でなくとも、必要となれば上級生が対処するでしょう。彼らを殺すことは簡単です。ですが、彼らほどの潜在能力や可能性を持った者を見つけるのはそう簡単ではありません」


「なら尚のこと、別の年度に入学させれば良かったのでは?」


 エイワスが疑問の表情で言ったその言葉を、魔女はきっぱりと切り捨てる。


「それでは意味がありません。教師や上級生に手綱を引かれ平穏に育った魔法使いが、どれほどの戦力になりますか」


「彼らを入学させたのは、やはりそういう目的ですか」


「Mr.ヒイラギにはそちらの才能しかないでしょう。Ms.アストレイブの方はいくつか進路はありますが、彼女の残虐性を収めるには結局のところ戦いが一番です。貴方も現場の凄惨さは知っているでしょう」


 生徒の可能性を初めから決めつけるその思想。一般的な教師像からはかけ離れたそのスタンスは、しかし魔法使いを教え導く彼女の揺るぎないスタンスであった。どんな者にも得手不得手がある。それを無視した教育など論外、というのが魔女の思想である。


「互いが互いの首輪や枷となり制御し合う。そのためには二人の力が釣り合っている必要があります。校長の思惑としては大体この辺りでしょう」


 話を戻した魔女がそう告げる。


「奴ら――異界信教団に対する駒として、ですね」


 異界信教団。それは魔法使いたちの永遠の敵である。封印された異界の開放を目的に活動し、以て世界を滅ぼそうと未だ神が存在する異界を探し求める組織。


「それが叶わず、周囲を巻き込んで破滅に突き進むようであれば……分かっていますね? それはなにも、彼らに限った話ではないのですから」


 魔女の一切揺れぬ冷たい瞳に見つめられたエイワスが、何度も見て来た最悪を脳裏に思い浮かべ、しかと頷いた。


「心得ています。その際には、私たちが責任を持って二人を処分しなければならない」

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