第一章 アストラル魔法学校①
ある春の日。大陸の中央に位置する広大な国土を持つ魔法国連邦。その南端に門を構える魔法使いの名門――アストラル魔法学校では、新入生達を歓迎する入学式が行われようとしていた。
多くの新入生が、聳え立つ巨大な門をくぐり、華々しい装飾が施された花道を歩む。向かう先は、入学式が行われる予定の講堂。
学校指定の黒いローブを身にまとい、腰には魔法使いの証たる杖を一本差した少年少女たちが並んで歩く。
そんな中、一風変わった少年がいた。丁度いい長さに切った黒髪に、大陸では珍しい黒い瞳。だがそれ以上に目を引くのは、少年が腰に差した二振りの刃物。
「あれ何だろ……」
珍しい形状の刀剣を目にした新入生達が、興味深そうに少年の刃物を見る。
真っ直ぐな剣身に両刃という大陸で流行っている物ではなく、緩やかにしなる片刃の両手直剣。
「カタナって奴じゃないのか? 確か、極東の何とかって集団が持つ――」
「サムライ、だっけ?」
「でも何でそんな奴がこの学校に来てるんだよ」
「知るかよ。聞いてこれば?」
「つか英語通じるのか?」
口々に飛ぶ疑問。それらを耳に入れ理解しながら、少年は一度も振り返ることなく歩き続けた。
――はは、うるさい奴らだ。
――殺そうよ、サクヤ。
ふと、サクヤの耳に誰ともない声が聞こえる。耳を通じて聞こえた音ではない。彼の中に宿る何かが発した声である。
周囲の雑音は無視できたサクヤは、しかしその声だけはどうにも無視できず。
「(黙れよ)」
周囲に聞こえないほど小さな声でそう呟いた。
しばらく歩いていると、少年の足が止まった。何かに気を取られた訳ではない。ただ前を歩く新入生が立ち止まり、全体の流れが止まったからだ。
「おいおい、なんだなんだ?」
「止まるなよ!」
「早く進め!」
次々と文句が飛ぶ。何事かと前を覗くと、渋滞の先頭で二人の新入生が立ち止まって話していた。
「おいお前、今なんと言った!? もう一度言って見ろ!」
「何度でも言ってあげる。たかが足を踏んだ程度でいちいち因縁付けてくるなんて、面倒な奴ね。どんな教育を受けて来たのかしら?」
どうにも穏やかではない様子だ。
「お前、僕の家を馬鹿にしているのか! 僕を誰だと思ってる!」
「さあね。面倒な同級生かしら?」
今この場で起きた出来事から、実家の罵り合いへと両者の言い争いは徐々にヒートアップしていく。
どちらかが非を認めて謝ってしまえばそれで済む話であるが、両者ともそうはできそうになかった。
これから送る学校生活への不安や、入学初日から舐められるわけにはいかないという緊張感。背負った実家からのプレッシャーや、強さを追い求める魔法使いとしてのプライド。
それらが両者を意固地にしていた。そして極めつけは――。
「お、喧嘩か喧嘩か!」
「いいぞやっちまえ!」
「入学初日からトラブルとか、最高じゃねぇかこの野郎!」
二人の言動を諫めるのではなく、囃し立てる野次馬の存在。大勢に煽られ、引くに引けなくなった両者が遂に一線を越える。
「今すぐ謝罪し、先程の言葉を訂正すれば見逃してやる」
「それはこっちのセリフよ。講堂じゃなくて医務室に送ってやるわ」
腰に差した杖を抜く。周囲の新入生達は大盛り上がりで、二人が暴れるスペースを作った。
野次馬によって作られた円状のフィールドの中で、二人は一斉に呪文を放った。
「火炎よ灯れ!」
「凍てつけ!」
そうして始まる乱闘。いくつもの呪文が交錯し、その度に爆音が鳴る。
しかし、普通であれば飛んでくるであろう教師や上級生は、未だに現れない。その理由は至極単純。
結局のところ、最早恒例行事なのだ――血気盛んな若い魔法使いが集まる学校での喧嘩も、入学式での暴走も。
故に、今頃どこかでかつての自分を重ねながら懐かしんでいる上級生、あるいは教師達も、余程の大ごとに発展しない限り干渉することはない。
「くっだらないわね、アイツら」
そんな様子を眺めながら内心で呆れているサクヤの隣で、女子生徒が少年と同じ感想を呟いた。
ピンと伸びた背筋に安定した体幹。豪奢な金髪を手で払い、空のような青い瞳で冷めた視線を向けるその姿は、彼女の気の強さと尊大さを感じさせた。
「アンタもそう思うでしょ、サムライさん?」
「あぁ、そうだな」
「アンタ、珍しいモンぶら下げてるのね。それも二本も」
少女の青い目が、サクヤが腰に下げた二振りの刀に向く。次いでサクヤの目にも、少女が腰に下げた武器が入った。無骨かつシンプルな拵えが特徴のサクヤの二振りと異なり、少女が腰に差しているのは、綺麗な宝石の装飾が施された一級品のレイピアだった。
魔法使いが剣や槍といった武器を帯びることはさほど珍しいことではない。魔法適性や出力、魔力の貯蔵量からして魔法の打ち合いに適さない者が、杖としての機能を有する武器を身に着け、近接戦闘に優位を見出すのである。
杖以外の物を身に着けることを嫌う伝統的な魔法使いには軽蔑されることも多いが、ことアストラルにおいてはそのきらいは少ない。
実際この学校の教員には、極まった剣術と魔法を併用することで多くの戦場で英雄的な活躍をし、生きる伝説となった者も存在するのだ。
「まさか二刀流、ってわけじゃないでしょ?」
二刀流として扱うには、少年の二振りは長すぎる。そのどちらも、それぞれ一本で戦うことを想定して鍛え上げられたものだ。
「ま、別に答えなくてもいいけどね。人の戦い方を詮索するのは、魔法使いにとってはマナー違反だし」
サクヤはそれに特に答えることなく、目の前で繰り広げられる呪文合戦を眺めた。
喧嘩が始まって数分経ち、そろそろ結果が見えて来た。状況としては、男子生徒が有利。
「解け緩め」
男子生徒が放った軟化呪文が、女子生徒の足元の地面を捉える。即座に沼と化す地面に足を取られ、女子生徒がバランスを崩す。
瞬時に体内を巡る魔力の流れを操作し、重心制御によって沈み込んだ脚を引き抜く。
「来たれ疾風!」
その隙に差し込まれる起風呪文。人を軽く吹き飛ばすほどの風が走る。
「来たれ疾風!」
女子生徒は同種の起風呪文でそれを迎撃。しかし身体強化に魔力を注いだせいで、呪文に注ぎ込む魔力が不足し、完全には相殺できない。
「――あ、しまっ」
二人が放った起風呪文は、同じ属性の魔法として束ねられ暴風へと変わる。制御を失った呪文が、野次馬の方へと飛んだ。
「お、おい逃げろ!」
慌てて呪文から逃れようとする野次馬達。そんな中、間抜けな声が聞こえた。
「きゃっ」
一斉に動き出したことで揉まれ尻もちを着いた女性生徒。その彼女へ、まるで導かれるような不自然な軌道で暴風が向かう。
「あ、えっ、あれ……!?」
杖のポーチへと伸ばした手が空を切る。致命的なタイミングと距離まで迫る呪文を、少女は呆然と眺めた。
魔法使いの生来の頑丈さを考えればそこまでの怪我にはならないだろうが、少なくとも入学式に出席することはできないだろう。
「――チッ」
それを悟ったサクヤが飛び出した。野次馬の列を飛び越え、迫る暴風と少女の間に割って入る。
「え……」
突然目の前に飛んで来た少年に呆気にとられる少女。着地よりも早く、サクヤは宙を踏みしめて抜刀。
――ボクを抜けよ。
「抜くかよッ」
頭に響く声にそう吐き捨てて、迫り来る風の中へ、二振りの内の一本を居合の要領で振り抜いた。刹那、弾ける様に暴風が霧散した。
「う、そ……」
――さぁ、その女を斬り殺せ!
頭に響く声を無視し、目の前の現象に呆気にとられた少女へ、サクヤが手を伸ばす。
「大丈夫か、お前」
「う、うん。大丈夫、です……」
恐る恐るその手を取り、少女が立ち上がった。
そして、慌てて駆け付けた上級生達により事態が収拾される。喧嘩を始めた二人は口頭で注意を受け、それを囃し立てた生徒達には入学式へ向かうように指示が下された。




