第二章 呪文基礎学⑦
立合いは合計で三巡行われた。勝ちを重ねた者は自信を、負け越した者は悔しさを抱えエイワスの講評を聞いている。
「――このように、同じ魔法使い、同じ一年生であっても実力は様々だ。負けが続いたからといっても落ち込む必要はない。悔しさをバネに精進すればいいというのもそうだが、全員が全員、戦う道へ進むわけではないだろうしな。そして勝ったものは決して慢心しないよう、これからも精進するように。今日勝った相手に明日も勝てるとは限らない」
教師から放たれる言葉をサクヤは頭の中で復唱する。勝利に満足せず修練を続ける。実家で剣を教わっていた頃に何度も言われたことだ。剣の道に果てはない、と。
「ところで、今日の立合いを通して不思議なことが起きたことには気が付いていたか?」
突然エイワスがそんなこと言った。生徒たちが顔を見合わせ、立合いの内容を思い返していく。
「はい、先生」
やがてルイスが静かに手を挙げた。
「うむ、では言ってみろ」
「純粋な魔法使いより、武器を扱う者。サク、Mr.ヒイラギやMs.カーネルイスのような、普通に魔法を使えない者が勝ちを重ねたことでしょうか」
「ちょっとなにアンタ、喧嘩売ってる?」
「――いや、別にそういう意味じゃ……」
エゼリットがガラの悪い不良のような目でルイスを睨みつけた。
「君の言う通りだ、Mr.ダリウシュ。さすがは武闘派の名門だな」
「ありがとうございます。ですが、僕にはその理由が分かりません」
サクヤもエゼリットも、先程まで続いた立合いでは三連勝を築いた。リュカが全勝したが、多くの者が一勝から二勝ということを考えれば意外な結果だ。
ルイスの指摘に、生徒たちがあぁ、と納得すると同時に疑念を抱く。それはどうしてだろう、と。
「そうだろうな。といっても、そこまで難しい話ではない。理由は大きく分けて二つ。間合いと度胸だ」
全員の疑問に答えるようにエイワスが説明を始めた。
「今日は限られたスペースで立ち合ってもらった。考えてみれば当然のことだが、魔法使い同士の戦いでは、呪文の成立より早く武器が届く場合がある。場所が違えば結果が変わったかもしれない。今日勝った者に明日勝てるとは限らない、というのはそのことだ。まぁ、それを踏まえてもMr.ヒイラギの踏み込みの速度には驚くものがあったが」
最後にそんな賞賛が告げられる。
「二点目の度胸に関しては、Ms.カーネルイスに言えることだな。Mr.ヒイラギほどの速度やキレはなく相手の呪文が何度も飛んだが、彼女は一切恐れず前へ出ることでそれを掻い潜って攻撃を当てた」
エイワスがそう言うとおり、エゼリットの体に呪文による傷が多く刻まれている。直撃すればエイワスに試合が止められるため、寸前のところで躱して前へ進むという泥臭い戦い方をした結果だ。
「呪文の制限がなければ結果は違ったと思うかもしれないが、それは彼女にも言える。鞘に納めた状態ではレイピアの真価は発揮されないからな」
そしてなにより、呪文の制限があるとはいえ、被弾を恐れず突進するというのは並大抵の精神力でできることではない。
「華やかな戦い方ではないが、それも一つの強さだ。これは私の主観になるが、何かしらの武器で戦う魔法使いは肝の据わった者が多い傾向にある。心臓に毛が生えている、と言い換えてもいい。武器を決定打にする以上、相手に近付く必要があるからだ。
というわけで、今日の授業で学んでほしかったことは一つ。魔法使いの戦いで綺麗に勝つ必要はないということだ。おっと、これはメイガス先生には言わないでくれよ」
「質問があります!」
エイワスの説明が終わると、一人の女子生徒が手を挙げた。
「うむ積極的で結構。何かな?」
「武器を持った相手に、近い間合いで勝つにはどうすればいいですか?」
「それはこれからの授業で、彼らを相手取るなかで考えてくれ……と言いたいところだがそれでは不親切だな」
朗らかに笑い、エイワスは語り出した。サクヤやエゼリットに敗れた者は当然として、それ以外の生徒も真剣に耳を傾けている。
見下していた相手が自分を倒しうるという危機感を抱いたのだろう。
「もっとも単純なのは近付かせないことだ。この授業では逃げられない状況でどう死なずに生き残るかを教えるため近い間合いで立ち合ってもらっているが、実戦ではそうとも限らない。武器を使うということは、言い換えれば魔法戦に自信がないことの裏返しだからな。私もその例に漏れん。さすがに呪文戦で君らに負けるつもりはないがな」
にぃっと歯を見せて笑う。今日の授業を通して、エイワスという教師が気さくな人間だという共通の認識が生徒たちの間に広がっていく。
「いやいや先生。この授業で勝つ方法を知りたいんですって」
他の教師であれば咎められたかもしれない砕けた口調で男子生徒が声を上げる。
「はは、まあそうだよな。よし、なら一つ攻略法を教えよう。二人とも構わないかな?」
特定の生徒に不利益になることを考慮して、サクヤたちに確認した。二人がそれに頷くと、
「Mr.ヒイラギ、前に出てくれ」
サクヤを呼び出した。
自分を題材に戦い方を見せて教えるつもりだろう。教師としては素晴らしい心意気だが、本人からすれば舐められているとしか思えない。
「うっす」
サクヤがエイワスと向き合うと、生徒たちがスペースを空けて観戦の姿勢に移った。
「昨日の借りを返すことになったな」
「別に、そんなことはどうでもいいっすよ」
それはサクヤの本心だった。リュカと一悶着あった昨日のことなど、もはや忘れていた。
目の前の強者と戦うこと。剣士にとってそれ以上の幸せはないからだ。
相手が剣を抜いていないのがいささか不満ではあるが、断る理由はない。
「峰打ちの必要はないから、全力で来い」
杖を持つ方とは反対の手でサクヤを招く。
その姿を見て、サクヤは乾いた唇を無意識に舐めた。向かい合って感じた凄まじい圧力に、柄に触れる手に力が入る。
「そうさせてもらうぜ!」
返答と同時に踏み出した。
合図はない。向かい合ったのなら後は斬り合うのみ。それが剣士の常識だ。
先の立合いよりもさらに鋭い踏み込みから、その速度を乗せた居合を放つ。刃を前へ向けた状態のそれは、峰打ちのときよりも遥かにキレを増している。
しかし。
「いい太刀筋だ」
呑気にそう言ったエイワスが軽く後ろへステップを踏む。それだけで刃の切っ先が空を切る。完璧な間合いの管理。それだけで、剣を扱う者であれば驚愕するほどの精度だ。
エイワスは掌を上に向け、くいと手首を曲げてサクヤを呼び込む。
改めて構えなおした刀を上段から振り下ろす。一撃で決めようとはせず、返す刃で斬りかかる。
それすら悠然と躱した相手に、さらに一歩近づき心臓を狙って突きを放つ。
「それは悪手だ」
胸に突き刺さる寸前で、エイワスが視界から消える。
「くっ……!」
刀より低く屈みこんでいる。突きを放った直後で腕は伸び切っている。この体勢では刀を振れず、このままでは呪文の餌食になってしまう。そう判断して、距離を取るために後ろへ飛んだ。
空中で体勢を整え、呪文に備える。――斬れるだろうか。
だが、相手の動きは予測を大きく外れていた。サクヤが着地するよりも早く、呪文を撃つでもなくエイワスは前へ出た。
異常な踏み込みが、数歩分の距離を一歩で踏み潰す。
「――チッ」
着地と同時に膝蹴りで迎え撃つが、エイワスは空いた手でそれを受け止め、伸ばした杖をサクヤの胸に付きつける。
「バンッ」
呪文の代わりに間抜けな擬音を口にする。
「くっそ、やられた……」
敗北を悟り、悔しさを滲ませた声を漏らす。
「お、おぉぉ!」「すげぇ」
感心と驚愕が混ざった声が観戦していた生徒たちから上がる。
「だが良い動きだった。次はもう一手凌げるように精進しなさい」
「はい」
励ますように肩を叩かれたサクヤが元いた場所に戻ると、エイワスが立合いの解説を始めた。
「さて、今見せたのがこの授業での勝ち方の一つだ。剣は魔法より内側の間合いにある、というのは基本的に正しいが、そう思い込むことは危険だ」
それは自身が下したサクヤと、観戦していた生徒の両方への言葉だった。サクヤは相手が自分から離れるだろうと決めつけ、サクヤに敗れた者は彼との間合いを取ることに必死だった。
「これが短剣だと話が変わるが、基本的には杖は剣より短い。打ち合うことはできずとも、あぁやって内側に踏み込めば剣では対処できない。相手の剣の間合いを把握すればいいだけだから、単純で覚えやすいだろう?」
――それが出来れば苦労しない、というのが生徒たちの感想だ。そもそも、相手の剣の間合いを完全に把握するというのは、長い年月をかけて剣を極めた達人のみができることだ。
それも、相手が動いて斬りかかって来るとなるとその難易度は桁違いに高くなる。
いっそ自分を巻き込む覚悟で呪文を放った方がまだマシだろう。
「ちなみに、魔法と剣を両立できるようになればこの対処に対するカウンターも可能だ。例えば、微弱な火炎呪文や集光呪文で剣の長さを錯覚させるとかな。剣に限った話ではないが、雷撃呪文で目くらまし、というのも有効だ」
「なるほど、そういうのもありなのね」
そんな説明を最後に、三限目の授業は終わった。




