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悪鬼羅刹は斯くも征く  作者: 素人Knight


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プロローグ

 そこに辿り着いた者達を襲ったのは、まずもって不思議な感覚だった。


 学校の校舎の一室に生まれた『門』を潜り辿り着く場所に広がっていたのは、滅紫の太陽の光に染まった空と、枯れ木と枯草が生い茂る(、、、、)庭園。骨組みが剥き出しになったにも関わらず、どういう訳か崩れない荒れ果てた豪邸。


 太陽の色も、あり得ない植生も、本来成立しえない建造物も。全ては彼らが先程までいた世界と、この異界《、、》を律する法の違いが生み出す差に他ならない。


 そのような矛盾を内包し、それによって成り立つ世界。それが『異界』である。


 異界基礎学の教員曰く、その矛盾は我々の価値観上の物でしかなく、当の異界にとってはそれが一貫された道理である。我々の世界で、高い位置から手放した林檎が落ちることが当然のように、ある異界では手放した林檎が空へと昇ることもまた当然なのである。


 そして彼らがこの世界に違和感を覚えるように、世界の方も異変を察知する。自らを害する侵略者が現れた、と。


 当然、世界そのものに意識はなく、意思はない。空席となった神の座に新たに就いた神霊が、自らの世界に入り込んだ遺物を感じ取ったのである。


 異物の正体は、五つの影。白いシャツの上から黒いローブを重ね着した五人の魔法使い達が、明確に害意を持って異界に踏み込んだのである。


 元の主が遺した『座』を奪い、新たに神性を得たその魔法生物は、力づくで自らの眷属としその生態を弄った魔獣に命令を下す。


 即刻、侵入者を排除せよ、と。


 それを受けて侵入者の排除へと向かう魔獣の群れ。鉄製の肌を持つ鉄鋼兎てっこううさぎに、巨大な針を二本ぶら下げた双槍蜂そうそうばち。同族の影を渡る影蝙蝠かげこうもり


「来るぞ」


 五人の内の一人。腰に差した刀を抜き、物陰から忍び寄る魔獣を感じ取った。


 不穏な気配とオーラを漂わせる、一目見て妖刀と見受けられるそれを両手に構え、迫って来る気配に対して低く構える。


 四人の内三人が腰の杖を抜き、一人がレイピアの柄頭に手をかける。


 数秒して、一気に魔獣が現れた。


「俺が行く。援護は任せた!」


「おい、ちょっと待て……!」


 眼鏡をかけた少年の静止を無視し、少年が真っ先に飛び出した。ざっと三〇体を超える魔獣の群れの前に躍り出る。


「ん、こりゃ……」


 現れた魔獣の姿を見て、少年が首を傾げる。いくつかの種類の魔獣達は、どういう訳か、既にボロボロだった。


 負傷している、という方向性ではない。腐った死体の様に溶けた肉と、欠けた骨が露出している。


「まぁ何でもいいけどよッ!」


 顔面目掛けて食らいついてきた鉄鋼兎の一匹を、自らの刀を真横に振り抜く。鉄鋼兎の爪と牙の間合いより外から走る一閃が、対象の肉質を無視して上下に両断する。


 鮮血が噴き出し、転がった死肉を飛び越えるように次なる鋼鉄兎が少年を襲う。


 それをまたも、彼が振るう刃が切り裂いた。続々と迫る魔獣の群れの悉くを斬り殺す。さながら修羅の如く己が獲物を振り回している。


「あぁ、また一番槍奪われた!」


 少し遅れて、レイピアを抜いた少女が嘆く。


「おい、僕たちも行くぞ」


 眼鏡の少年も杖を構え直して前へ出る。


「分かってるっての!」


「二人とも、気を付けて!」


 柔らかな栗毛の少女が二人を心配そうに眺めている。


「君は後衛で援護してくれ」


「あぁ、構わないよ」


 銀髪に血の様な瞳をした少女がそう請け負った。


 二人が先頭で刀を振り回す少年に並び立ち、向かってくる魔獣の群れを処理していく。


 しばらく戦闘が続き、大半の魔獣を掃討した彼らに、ようやく本命の相手が現れる。


「来たわね……!」


 レイピアで影蝙蝠を二匹まとめて串刺しにしながら、少女が言う。彼女が見上げた先には、二対四枚の翼で悠々と空を舞う有翼種ワイバーン


「あれが、この異界の主ってことだよね?」


「あぁ。それにしても酷い姿だな」


 眼鏡の少年が、純粋な感想を呟いた。


「どうしてあれで空を飛べるのよ」


 ワイバーンの翼は、最早翼と呼べる範囲を逸脱していた。肉が腐り溶け落ち、骨格が丸見えになっている。崩れているのは翼だけではない。


 多くの筋肉が蓄えられた胴体も屈強な後ろ足も、有翼種としてあるべき姿からかけ離れている。


 野で死に絶えた生き物の成れの果て。そう表するべき姿である。


 有翼種が空を飛ぶ仕組みは、通常の鳥が空を飛ぶ原理と根本を同じくしている。地上からの上昇気流を受けてるのではなく、共生する風精霊が生み出す風を翼で受けて飛んでいる。


 故に、肉が腐り果て、受ける面がなくなった翼で空を舞うことは叶わない。だが現に、眼前のワイバーンは空を飛んでいる。


「――腐食を以て生と成す。それがこの世界を支配する律法、ということだろう」


 銀髪の少女がそう告げる。この異界に入る前、担当者から教えられた、この異界を律する理である。


「私が前に出る。エゼリットとルイスは雑魚を蹴散らせ。レイリア、君は後方で待機して負傷者の治癒に備えろ。どうせ君にはそれしかできない。サクヤ、君は私と来い。君の馬鹿力で前衛を務めろ」


「待て、リュカ。僕も前に――」


「ルイス、君の火力で何ができるんだ?」


「私の火力なら前で戦えるんですけど?」


「エゼリット、君は一発しか撃てないだろう。今日の授業をどうするつもりだ?」


「当たり前の様に仕切るなよ、リュカ。それと口悪すぎだろ。まぁいいけど」


「なら素直に従いたまえよ、脳金サムライ」


「うるせぇよ、性悪エルフ」


 リュカの指示に従い、それぞれが位置へ着く。


「さて、さっさと片付けて校舎へ戻るよ」


 リュカのその言葉を合図に、四人が行動を始める。ルイスとエゼリットは、有翼種に呼び寄せられた魔獣達を、二人の邪魔にならない様に片付けていく。


「君が前衛、私が後衛。アレの牙と爪には気を付けろよ」


「分かってるッつの!」


 サクヤは刀を握る手に力を籠める。宙を二度踏み(、、、、、、)、空に佇む有翼種へと斬りかかる。その意思に答える様に、妖刀が自らの主に力を託す。


 ――殺せ、何もかも。


 宙を進むサクヤに、そんな言葉が語り掛けられる。妖刀に宿る鬼が囁く。


 ――欲望のままに、全て壊してしまえ。


「るっせぇッ!」


 叫んで頭から声を追い出し、有翼種へと斬りかかる。


「KYAAAAAAAAッ!!!」


 異界の空を揺らす咆哮が、サクヤの身体を打ち据える。一体どこにそんな声を出す器官が残っているのか。そんな疑問を持ちながら振り下ろされた妖刀を、ワイバーンの鋭い爪が弾き返す。


 バランスを崩したのはサクヤの方だった。方や巨大な魔獣と、方や平均的な十五歳の少年。両者の質量差がもたらす当然の帰結。


 しかし、その身に傷を負ったのは魔獣の方であった。妖刀を弾いた爪が根元から折られている。


「チッ、斬れてないか」


 空中で身を翻し、その動作のまま二撃目を放つ。


 撃ち合いは避けるべきだと学んだワイバーンは、翼をはためかせ空へと逃げる。

 サクヤの空中機動マニューバの練度では、空を踏めるのは二歩目まで。空高く舞われては追いつけない。


 地上に落ちるサクヤに、今度は上空から魔獣が仕掛けた。


「GAAAAAAAッ!!!」


 大きく広げた口に集めた魔力を、炎と化して吹き付けた。


 ――息吹ブレス――。


 それは本来、竜種のみに許された特権。空を滑る王者が、従えた精霊の力を自らの吐息に混ぜる最強の一撃。


 同じ有翼種とはいえ、ワイバーンにその特性はない。従えた精霊の格と、体内に保有する魔力の格が違うからである。


 掠るだけでも人体を灰と化す灼熱が迫る。しかし、少年の顔に焦りの色は見えない。

 背後に感じたリュカの魔力が、迎撃の呪文を備えていると確信する。


 よって上空から降る炎は無視し、着地に集中する。そんな彼の耳に、一節の呪文が届いた。


凍てつけ(ファーゴス)


 落下するサクヤのすぐ隣を、地上から立ち昇る冷気が通り過ぎた。少年がひんやりとした感覚を覚えたのも束の間、ワイバーンの息吹と真っ向からぶつかり合う。


 互いの属性が相克となり、水蒸気となって打ち消し合った。


「『座』の支援を受けているな、アレは。ワイバーンにしては賢い、という訳ではないか」


 無事着地したサクヤの隣で、杖を抜いたリュカが宙に浮かぶ魔獣の分析をする。


 かつてこの異界は、サクヤ達が住む世界を蝕もうとした神によって営まれていた。しかし当時の魔法使いによって神は殺され、この異界だけが残った。


 そして神が遺した『座』に就き、神に等しき力を得たのが目の前のワイバーンである。


 その証拠が、本来ワイバーンには不可能な息吹の行使。


「『座』に就いたと言っても、所詮は偽りの主のようだ。『座』にこびりついた神の残滓にすら犯され、暴走しているだけだ」


「どうやって倒す? 今の俺じゃ、真っ向から斬り合うのは無理だぞ」


「そんなのは私が一番分かっているさ。なにせ、そのせいで私も魔力の五割を封じられているんだからね」


 エルフの少女は、少年が持つ妖刀を見やる。妖刀と自分に、霊的なパスが繋がっていることを改めて認識した。


 二ヵ月前であれば話は違った。低級の神の残滓に囚われたワイバーンごとき、一人で倒しきる力が彼らにはあった。


 しかし今、彼らは非常に特殊な状況に置かれている。サクヤは自身の妖刀を使いこなせず、リュカも本来の力を発揮できない。


「やっぱりエゼリットに頼むか? アイツの呪文なら、それこそ一発で――」


「それはいい。では君は今日一日、使い物にならない彼女の面倒を見てくれるのか?それなら考えてやってもいいが」


「やっぱ今の無しで」


「だから別の方法を考えた」


 そう言って、リュカは後方で杖を構える少女を呼ぶ。


「こちらへ来い、レイリア」


 言われたレイリアが二人の下へと小走りでやって来る。


「どうするの、リュカ?」


「君の力でアレを倒す」


「え、わたしの力? でもわたし、治癒呪文以外の腕は……」


「君の属性偏重体質モノポールは十分理解している。だからそれを活かすのさ」


「あ、そう言うことか」


 合点が行ったと言わんばかりに、レイリアは頷いた。対照的にリュカの作戦を理解していないサクヤが尋ねる。


「どういうことだ?」


「まったく君と言うやつは。勉強が足りないようだな。魔法生物学の補講を受けてきたらどうだ?」


 嫌味を言うリュカに、思わずサクヤは斬りかかりそうになって、レイリアに止められる。


「サクヤ。君にはあのワイバーンが、まともな生き物に見えるか?」


「はぁ? そりゃどういう……」


 上空で翼をはためかせ、魔法使い達を見下ろす有翼種を見つめるサクヤ。


 リュカの言う通り、アレは最早まともな生物ではない。溶け落ちた肉や欠落した骨格。他とて魔法生物であれ、飛ぶどころか生命を維持する器官すら残っていない。


 だが、現にワイバーンは悠然と宙を舞い、竜種の特権たる息吹を使用した。


 その事実を以て、彼にもようやくリュカの狙いが理解できた。


「まさか、屍鬼グールへの対処法と同じってことか?」


「正解。ま、より厳密に言えば腐鬼ゾンビも含めた死霊術への対処法だね。どちらも死体に魔法をかけて作り出す死霊術師の兵隊だが……対処は教わっただろ?」


「木端微塵に吹っ飛ばすか、治癒呪文をぶつける、だったよな」


 人を屍鬼や腐鬼に変える死霊呪文は、その対象の肉体が魔法的な抵抗力を無くすほど腐敗が進む必要がある。


 失われた命を取り戻すことは、治癒呪文でも決して叶わない。現代の魔法技術では観測不可能な魂という存在が失われた肉体は、最早生命として定義されてないからである。


 だが、魂を入れる器たる肉体は、死が定着した後であっても治癒呪文による修復が可能。死霊術による支配を弾くほど――死亡直後程度――にまで肉体を修復してやれば、死霊術の支配からは逃れられる。


「レイリア、君の全力の治癒呪文をアレにぶつけろ」


「分かった。でも、治癒呪文は射程が短いよ? 当てるには近づかないといけない。でも私の身体能力じゃ……」


「あぁ、君の脚じゃ近付く前に叩き落される。という訳で、それはそこの脳筋サムライに任せようじゃないか」


「その脳筋っていうのは、まさかとは思うが俺のことじゃないよな?」


「良く分かってるじゃないか」


「お前マジでぶん殴る」


 額に青筋を浮かべるサクヤを、レイリアがどうどうとを諫める。


「君の一番の武器は、器としての性能だ。レイリアの治癒呪文をその妖刀に付与して斬りかかれ」


「それはいいけどよ。あぁやって飛ばれていたら無理だぜ? 俺の空中機動は二歩までだ」


 その二歩の範囲であれば、どんな速度の攻撃も躱して見せるという自信がサクヤにはあった。


 しかし、ワイバーンが飛んでいる高さは、二歩で届く距離を優に超えている。


「それなら問題ない。君が飛ぶ必要はない。ただ落ちればいいんだからな」


 その言葉に、サクヤとレイリアは嫌な予感を覚える。飛ぶ必要はなく、落ちればいい。それが表すことは、おおよそ予想がついた。


「あちらが空を飛んでいるんだ。ならこちらも飛べばいいだけの話だろう?」


 そう言って、リュカが呪文を唱えた。


浮き上がれ(キーニシ) 引き寄せろ(キーニシ)


 そこらに転がる魔獣の死骸を念動力を放つ呪文で浮かび上がらせ、自身の眼前へと積み重ねる。


 再び同一の呪文を放ち、死骸を無理やり組み合わせていく。そして速やかに出来上がったのは、上空に浮かぶワイバーンと同種の有翼種を形どった死骸の集合体。


 再びリュカが呪文を詠う。ローブのポケットから取り出された魔法植物の種子を死肉の集まりに投げ、そこに植育呪文を放った。


植え育め(フィート)


 呪文を受けた種子がたちまち発芽し、急速に伸びる太く強靭な蔦が死体に絡みつき、全身を稼働させる筋肉と靭帯の役割を果たす様に形成された。


「おいリュカ、お前何してるんだよ。そんなハリボテ作ったところで飛べなきゃ意味ないだろ」


 有翼種が飛ぶためには、風精霊との共生関係が必要不可欠である。そして風精霊を済ませるためには命が宿っている必要がある。


 そしてそのためには死霊術の能力が必要となるのだが、生憎と五人にその技能は無い。


「確かに、私には死霊術は使えない。だがそれは問題ない。何故なら、この世界では形ある死体はすでに生命としてカウントされている。おそらくこの世界の元の神は死霊術の使い手だったんだろう。そうでなければ、あの魔獣の群れやワイバーンが行動できる筈がない」


 リュカは自身の分析が正しいことを証明する様に、組み上げた死体のワイバーン目掛けて気風呪文を放つ。


来たれ疾風(フィエーラ)


 風を受けた翼が僅かに持ち上がり、それを起点に周囲の風精霊が集まり取り付き始めた。


 だがその殆どがすぐに離れ、長くは居つかない。


 精霊と魔法生物との共生関係というのは、基本的に親から子へと受け継がれる。付き従える精霊を一代ずつ増やしていくことでその飛行能力を増大させ、やがては竜種にもすがる飛行を実現する。


 今ここで作られたばかりのワイバーンでは、飛翔可能なほどの量の風精霊と関係を築くことは不可能。


 その原則をあざ笑うようにリュカは二節の呪文を唱える。


呪い蝕め(カテラ) 凝り固まれ(シクリーラ)


 リュカから沸き上がった不穏且つ悍ましい魔力。呪術に犯され性質を変化させられた硬化呪文が、死骸の周囲に彷徨う風精霊を拘束した。


 本来質量を持った物体を硬化させる作用しか持たない呪文が、リュカの呪術によってその性質が変容し、今や実態を持たない精霊をも掴み取っている。


「さぁ、行くぞ二人とも」


 ワイバーンの背中に飛び乗ったリュカが二人に告げる。


「分かった」


「それ、途中で落ちないよな」


 レイリアとサクヤがそれに続く。


「さぁ飛べ、死翼種ワイバーン!」


 リュカは杖から放つ魔力波でワイバーンに指示を飛ばす。それを受けた死翼種が、存在しない声帯を震わせ吠えると共に空を舞う。


「GIYAAAAAAA!!!」


 急上昇する死翼種の背中に乗る三人の足と死翼種の背中の皮を含めた範囲にリュカが硬化呪文を放つことで張り付き、振り落とされないようにしがみつく。


 一瞬でワイバーンよりも遥か高所を位置取る。上空を取られる不利を、死体となっても残った有翼種の本能か、あるいは『座』が魔力と共に提供する知識により悟ったワイバーンが追いすがる。


 幾度かのドッグファイトの末、上空をキープした死翼種の背中で、リュカはサクヤにかけた硬化呪文を解く。


 それを合図に、レイリアが自身の莫大な魔力を以て呪文を唱える。


癒せ繋げ(ナルコシー)!」


 放たれた治癒呪文がサクヤの全身を巡る。


 サクヤは自身の内を駆けまわるその力を制御し、右手に持った妖刀へと導く。怪しげに光る妖刀に、柔らかい光が灯った。


「行くぜッ!」


 刹那、サクヤが死翼種の背中を飛び降りた。上空三〇メートルからスカイダイビング。


 激しい風圧を受けたローブと前髪が激しく翻る。


「KIAAAAAAAAAッ!!!」


 急降下してくるサクヤに対し、ワイバーンが息吹を放つ。それを空中機動を一歩消費して横に躱し、再びヘッドファーストの体勢に戻り速度を上げる。


 竜種であっても連発はできない息吹。『座』から受け取った力に吞まれたワイバーンでは、二発目を撃つには長時間のチャージが必須。故に対抗手段は自らの牙、あるいは爪のみ。


 その想定が、大きく崩される。


「GYAAAAAAAッ!!!」


 ワイバーンが大きく口を開く。その中から、大量の影蝙蝠が飛び出した。小さな翼で空へと舞い上がる影蝙蝠が、垂直落下を続けるサクヤに向かった。


 噛みついた者の血と魔力を吸い上げる牙がカチカチと高い音を奏でる。


「――チッ!」


 それを回避するために最後の一歩を踏む、その刹那。


「そのまま行けッ!」


 上空からリュカの声が届く。その直後、サクヤは背後に禍々しい魔力を感じる。


呪い蝕め(カテラ) 弾けろ(エクリクス)


 瞬きの間に飛来した起爆呪文が、サクヤを囲う影蝙蝠に着弾。少年を巻き込むことを一切気にせず爆破する。


 本来であれば一度で終了するはずの爆破が、呪術によって変質し、細切れに続く。爆風により伝播する呪文が、影蝙蝠を一匹ずつその内部から爆破した。


「あのクソエルフ、普通に巻き込みやがった! 後で覚えてやがれ!」


 宙に霧散した爆炎と影蝙蝠の死肉を掻き分けて、小傷だらけのサクヤが飛び出た。


 爆破呪文で落としきれなかった影蝙蝠が体中に食らいつき血と魔力を吸い上げていくが、落下の速度に耐えられず剥がされていく。


 妖刀に収まりきらなかったレイリアの治癒呪文がサクヤの体内に溢れ、瞬く間に傷を修復する。


「KIYAAAAAAッ!!!」


 自身の奥の手を防がれたワイバーンは咆哮を上げ、両顎の巨大且つ鋭利な牙でサクヤを迎え撃つ。


「当たるかよ」


 残った空中機動の一歩でそれを交わし、上昇するワイバーンと交錯するように背後を取る。 遅れて響く噛砕音を耳に、空中で姿勢を制御しワイバーンの首に降り立つと、妖刀を上段に構えた。


「GIYAAAAAAAAAAッ!!!」


 背中の異物を振り落とそうと暴れまわるワイバーン。それに振り下ろされないように銃身を制御しつつ、


断ち切れ(ディアコプト)ッ!」


 自身の切断呪文も上乗せした刃を落とす。死霊術に対する相克となる治癒呪文を纏ったサクヤの豪剣が、いとも簡単にワイバーンの外皮を裂き肉を断つ。


 骨すら断ち切ると、妖刀の刃渡りでは届かない肉を切断呪文を以て切り落とす。


 完全に断たれたワイバーンの首が地面に落下。やや遅れて腐った死体から死の直後まで肉体を修繕されたワイバーンの死体が着地する。


 壮絶な重量が着地したことによって生まれた衝撃が、地震の如く世界を揺らした。


「よっし、終わったな」


 ワイバーンの背中から降りたサクヤが、その死体を眺めながら呟く。


「こっちも終わったわ!」


 少し離れた所からエゼリットの声が届く。そちらを見れば、ルイスが放った火炎呪文が地面を埋め尽くす魔獣の死骸を燃やし炭化させている。


「こっちも片付けた方がいいよな」


 放置すれば、再びこの世界の法則が命を与えてしまう。そうでなくとも、この死体を食い成長した別の魔獣が『座』により付かないとも限らない。


 杖の役割も持った妖刀の切先をワイバーンの死体に向け、初等の火炎呪文を唱えた。


火炎よ灯れ(ふぉーてぃあ)


 切先から溢れた業火が、死体を飲み込み燃やし尽くす。


 ことはなかった。


「あ、あれ……?」


 サクヤが放ったのは、吹けば消えるほどに小さな、ケーキの蝋燭に灯すのに丁度いいサイズの炎だ。


火炎よ灯れ(フォーティア)


 いつの間にか降りてきていたリュカが放った火炎呪文は、サクヤのそれとは比べ物にならないサイズの炎を生み出しワイバーンに着弾する。


 瞬く間に死体を飲み込む炎を前に、がっくりと肩を落とすサクヤ。その隣に並んだリュカが、嘲笑を浮かべながら言う。


「初等の火炎呪文すらまともに扱えないとは、相変わらずだな君は」


「う、うるせぇ……って言うかお前、さっき俺のこと思いっきり巻き込んだだろ!」


「呪文の発音も汚ければ、魔力の運用もそこらの子供の方が上手いレベルだぞ。レイリアの治癒呪文があるんだから問題ないだろ。頑丈さが君の数少ない取柄だろう」


「あぁ!?」


「ま、まぁまぁ、リュカもそこまで言わなくても……。サクヤも元気だしなよ。初日なんて、火すら出なかったんだからさ」


 いがみ合う二人の間に割って入ったレイリアが、フォローになってないフォローをする。


「おい、いつまでやってるんだお前ら。もう授業が始まるぞ」


「行くわよ、庶民ども」


 死体の処理を終えたルイスと、何も手伝っていなかったエゼリットが三人に呼び掛ける。


「あ、もうそんな時間か。早くしないと」


「今日の授業は?」


「異界基礎学。当然、予習は済ませてあるんだろうな、そこの脳筋馬鹿二人」


 リュカの言葉に、サクヤとエゼリットが反応した。


「リュカ、流石にそれはない。いくらなんでもサクヤと同じ扱いは酷い」


「ぶっ飛ばすぞボンボン女。っていうかその脳筋ってのやめろよ、性悪エルフ」


 口々に抗議するが、誰とは指定していないリュカの言葉に応えている時点でそう認めているようなものである。


「おい、急がないと本当に遅刻するぞ! 僕はもう行くからな!」


 生真面目なルイスが、虚空に浮かぶ黒い靄に飛び込んだ。異界と校舎を繋ぐ『門』である。


「あぁ、ちょっと待ちなさいよ!」


 続けてエゼリットも飛び込み、後者へ戻った。


「行くぞ、二人とも」


 軽やかな足取りで、しかし決して急ぐことはなく悠々とリュカが門を抜けて異界を脱出した。


「俺達も早く行こうぜ、レイリア」


「そうだね」


 二人して門へと向かう中、レイリアが小さく笑いだした。それに疑問を抱いたサクヤが首を傾げると、レイリアが「いや」と語った。


「なんか、二ヶ月前を思い出してさ。あの頃はこんな風になるなんて思ってなかったから、それが面白くて」


「こんな風?」


「皆で異界に潜って、魔獣退治なんて冒険をするなんて思わなかったの」


「あぁ、確かにそれは言えてるな。俺も、まさかあの性悪エルフと一緒だとは思わなかった。というより――」


 サクヤは何か考え込む様に黙る。


「ここまで生きてるとは思わなかった?」


 その考えを読み取ったレイリアが、自分よりも背の高いサクヤの顔を覗き込んでそう言った。どこかいたずらなその表情に、思わずサクヤが苦笑いを浮かべる。


「ま、そうだな……」


 そう言って、サクヤは二ヶ月前。アストラル魔法学校に入学した頃のことを思い出した。




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