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9.政略結婚だとしても

 シルバーヴェルの街を散策した翌日、ロシュディはオレリーを馬に乗せて湖畔へとやってきた。


 「シルバーヴェルは山脈や湖が多い領地ですね。自然豊かで、オレリー嬢が素直に育った理由も分かりますね」


 「素直だなんて……少し恥ずかしいです。ふふっ、サラやサミにはお転婆だと言われますわ。昔は、兄たちと木に登ったりして、擦り傷だらけでお母様によく叱られました」


 二人で顔を見合わせて笑った。


 いつの間にかロシュディがオレリーの手を繋いでいたが、オレリーもその手が解けないようにギュっと握っている。


 お互いに手から伝わる温もりを愛おしく感じていた。


 「急いでシルバーヴェルを訪れた理由は……オレリー嬢に求婚するためです。もっと、ゆっくり私を知って欲しかったのですが、うかうかしていたら他の令息に取られてしまいそうで」


 ロシュディの突然の求婚に、天にも昇る気持ちで舞い上がるのかと思いきや、意外にもオレリーは落ち着き払っていた。


 「私は貴族として生まれ、幸せな生活を送っていますわ。『高貴たるものの義務』……貴族の結婚は、家門や領地民のためにも大きな意味を持ちます」


 「ノブレス・オブリージュ……オレリー嬢は、家門や領地民のために政略結婚を受け入れるということですか?」


 「はい……それが私のできる最大の価値だと思っています」


 「オレリー嬢は、領地民のために宝石事業も手伝って、才能のある令嬢だと思います。求婚しておきながら言うのも何ですが、そのうち領地経営の補佐もできるほど……」


 ロシュディは、伸び伸びと育ち柔軟な価値観を持っているオレリーが、結婚や女性の役割だけは貴族らしい古い考えを持っていることに、何故か少し落胆していた。


(オレリー嬢が他の貴族令嬢と違うと思っていたからか? ……いや違う。私を好きと言って欲しかったのか……どうかしているな)


 しばらく沈黙が続いた後、不意にオレリーは歩みを止め、真っ直ぐロシュディの赤い瞳を見た。


 求婚は嬉しかったが、ロシュディの心を求める気持ちも強く、オレリーの心は複雑だった。

 

 サラから帝都では利益のための不本意な政略結婚が多いと聞き、ロシュディの浮名の数々を耳にしていた。


 すでに愛する人がいるかもと勘ぐる気持ちと嬉しい気持ちがせめぎ合い、政略結婚だと自分から線を引いたのだ。


 傷付くのが怖いから……。

 

 それでもやっぱり、最後には自分の正直な気持ちを伝えずにはいられなかった。

 

 「政略結婚ですが、家門に売られたとは思っていません。お父様や家族のことを信じていますから……それに、公爵様に求婚して頂けたことは、私は一生の運を使い果たしたと思うくらい幸せですわ!」


 ロシュディは、ホッとしたように優しく微笑むとオレリーに跪いた。


 「オレリー嬢、あなたと共に歩めるのなら、私も一生の運を使い果たしても惜しくない。どうか、私と結婚して下さい」


 「はい!」


 穏やかな幸せに包まれて、二人は自然と抱き合った。


 ◇


 ロシュディとオレリーの電撃結婚というトップニュースは、『世紀の大恋愛』として世間を席巻した。

 

 有力紙によると、噂の『顔だけ令嬢』がデビュタントボールに参加し、あまりにもの美しさに令息からの求婚状が殺到したが、すでにアレクサンドル公爵と世紀の恋に落ちていたのだと。

 

 「ロシュディ、すごくロマンチックな記事が出てるけど、これって……本当? 夜の庭園で……なわけないよな」

 

 「ふん、お前には内緒だ」

 

 「えー、つれないなぁ。ところでオレリー嬢は?」

 

 「ん? 屋敷にいると思うが」

 

 「はっ? 明日だぞ、結婚式は! 仕事している場合じゃないだろ!」

 

 「いや、お前が毎日書類を持って来るんだろ……」

 

 ヘヘッと悪びれた様子もなくタハールは肩をすくめた。

 

 そのまったりとしたやり取りを、サミは冷ややかな目で見ていた。


 (お嬢を本当に大事に思っているのか? しかも俺を護衛から外すなんて……こんな奴の良い所なんて外見だけでしょうが)

 

 オレリーの希望の中に、辺境伯家からサミとサラも連れて嫁ぐことが含まれていた。

 

 しかし、公爵家に到着すると、屋敷内は安全だからという理由で、サミの護衛は外出時にしか許されなかった。

 

 サラは、片時も離れず専属侍女として仕えるよう命じられたにもかかわらず……。


 ◇

 

 挙式当日、控え室で不安と緊張でいっぱいのオレリーは、サラに託されたロシュディからの小さな手紙を受け取った。

 

 そこにはこう記してあった。


 『何も心配せずに、安心して。扉の向こうで待っています』

 

 オレリーは、こうして優しい気遣いをしてくれるロシュディに胸が高鳴り、ますます心が奪われた。


 父ジャメルは、事情があったにせよ、愛する娘に政略結婚を強いる形になり苦悩したが、オレリーの幸せそうな表情に少し安堵していた。


 (おめでとう……オレリーの幸せだけを願っているよ)


 

 挙式の後は、華やかな披露宴が公爵邸で開かれた。

 

 「なんて美しい花嫁なんだろう」

 

 「私たちの公爵様が~。まるで女狐だわ! デビュタントから狙っていたのよ」

 

 招待客からは感嘆や悔し涙が聞こえてきたが、あまりにお似合いの新郎新婦に誰もが納得するしかなかった。


 しかし、オレリーの耳には時折、気になる囁きが聞こえていた。


 「公爵様の本命は、エリカ様ではなくって?」


 「いいえ、アリーヌ様でしょう?」


 「でも、エリカ様は両想いだって仰られていましたわ」


 「それなら、略奪されたってことかしら……エリカ様がお気の毒ですわ」

 

 「本当ですわ! 公爵様の女遊びにも大目に見ていらしたのに」


 「シッ! エリカ様よ」


 オレリーは、ロシュディの腕に回した手が解けないようにグッと力を入れた。


 「ご結婚おめでとうございます。心からの祝福を申し上げますわ」


 弱々しい笑顔で祝福を口にしながらも、エリカの指先はロシュディを求めるように宙を舞い、瞳からはオレリーに向けて毒々しい気が放たれていた。


 本能的にオレリーはエリカの気持ちを悟り、その瞳から思わず目を逸らした。


 「ありがとう、エリカ。体調が良くないとラビレニ男爵から聞いたが……」

 

 「そんな……今日のような喜ばしい日に、私の体調など……」


 そう口にして、突然エリカが気を失うようにしてロシュディに倒れ込んだ。


 咄嗟にロシュディはオレリーの手を解き、エリカを抱き支えた。


 「ギョーム! エリカを頼む」

 

 オレリーは、ロシュディの咄嗟の行動を頭では理解していても、振りほどかれた手が何かを物語っているように感じた。

 

 そして、ざわざわと周囲から発せられる心無い憶測の言葉が、オレリーの心をさらに傷つけた。

 


 「オレリー嬢? 驚いたでしょう、もう大丈夫ですよ」

 

 ギョームに後を任せたロシュディが、そっと握ったオレリーの手は驚くほど冷たく力がなかった。


 (お嬢様……よりによって結婚式だというのに。あのエリカって女、なんなのかしら……サミに言って調べさせなきゃ)


 サラは、エリカから底なし沼のような不気味さを感じていた。

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