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7.惹かれる心

 ロシュディはジャメルと密約と交わすと、すぐさまタハールを帝都に帰した。


 ◇


 ティータイムをしていたオレリーをアルバンが迎えに来た。


 「お嬢様、旦那様がお呼びでございます。サラ、お嬢様の身なりを整えて応接間へお連れするように」

 

 「このままの格好ではダメなの?」


 アルバンはにっこり微笑んで明るい声で答えた。

 

 「さあ、さあ、旦那様がお待ちです。美味しい紅茶とお菓子もご用意しておりますよ」

 

 身支度を整えたオレリーが応接間の扉を開くと、思いがけない人物の姿が目に入った。


 「オレリー嬢、お約束したでしょう、必ず会いに行くと」


 驚いたオレリーは思考が停止したように立ちすくんだかと思えば、みるみるうちに頬がピンク色に染まり、はにかんだ愛らしい微笑みを浮かべた。

 

 オレリーの様子に父や兄は呆気に取られたが、母セシルは優しくオレリーを傍らに呼び寄せた。


 「オレリー、公爵様は数日この屋敷に滞在されるのよ。お父様との難しいお話は終わったようだし、わが家自慢の庭園をオレリーがご案内して差し上げるのはどうかしら?」

 

 母の優しい気遣いに助けられ、オレリーは小さくコクッと頷くと、ロシュディを庭園の散歩に誘った。


 「庭園は母の好みで……あまり手を加えておりません。皇宮の庭園も繊細で素晴らしかったですが、私は自然のありのままの姿が生かされた、わが家の庭園が大好きなんです」


 「確かに心地良いですね。オレリー嬢とご家族のように愛が溢れているように感じます」


 「あ、ありがとうございます。あの……シルバーヴェルにはどうしてお越しに? このような北の……」


 「フフッ、どうしてだと思います?」


 オレリーはしばらく上を向いて考えていたが……。


 「上着を取りに……ですか?」


 「これでも公爵家は帝国屈指の資産を誇っています……まぁ、ダイヤモンド鉱山を持つ辺境伯家に比べると見劣りするかもしれませんが」


 「そんな、とんでもございません! シルバーヴェルには雪とダイヤモンド以外は何もない領地ですので」


 「あっ、訂正しますわ! 民の笑顔と美味しいスイーツもあります!」


 「ハハハ、オレリー嬢は面白い人だ……本当に純粋なんだな。そうだ、明日、民の笑顔と美味しいスイーツの案内も頼めるかな?」


 「はい! それで理由は……」


 「まだ内緒にしとくよ」


 「えっ、そんな焦らすような……気になってしまって眠れません!」


 庭園から打ち解けた若い二人の笑い声が、ジャメルの執務室にも聞こえて来た。


 「あなた、今はオレリーを信じて見守りましょう。私たちの娘ですもの、きっと自分で望む道を切り開いて行きますわ」


 「……そうだな。しかし、あの男はああいう顔もするのだな」


 「ええ、そうですわね。あんな出来事が無ければ……公爵様も屈託のない青年のひとりだったでしょうね」


 ◇


 翌日、約束通りオレリーとロシュディは街に出掛けた。


 雪深い北の果ての領地ではあるが、広場につながるメインストリートでは元気で威勢の良い商売の声がする。


 行き交う人々は白い息を吐きながら明るい笑顔を浮かべ、賑やかなお喋りが聞こえて来た。


 帝都は華やかなエリアと隣り合わせに貧しいエリアが存在していたが、ここではそういった人々の姿も見えない。


 ロシュディは、この領地の民が大切にされている事を感じていた。


 「公爵様、あちらで売っているダイヤモンド・ドロップスを食べてみませんか?」


 「ダイヤモンド・ドロップス? 帝都では聞いたことがないな。あまり甘いものは……」


 「あら、とっても美味しいのに! ここでは一般的なお菓子なんですよ。帝都の皆さんもきっと好きになりますわ」


 よく見ると、広場のあちこちで子供や大人が、棒が付いたキャンディーのようなお菓子をかじっている。


 薄くパリパリとした淡いピンク色の球体の中に、ダイヤモンドのようにキラキラした粒とチョコレートがギュっと詰まったお菓子だ。


 一口食べてみると様々なフルーツの味に、時どきミント味のチョコレートが混じり不思議な味だ。

 

 「美味しいな……」


 ひと口かじったロシュディの言葉に、不安そうに覗き込んでいたオレリーの顔が笑顔で弾けた。

 

 「良かったですわ! 次はあちらに行ってみましょ!」


 (このお菓子は、まるでオレリー嬢のようだな……甘くて、幸せな気持ちになる。それに……ずっと恥ずかしがっていたくせに)

 

 いつの間にかロシュディの手を引っ張って歩く無邪気なオレリーに、思わず頬が緩むのだった。


(箱入り娘とばかり思っていたが、案外、活発で物怖じしない性格なんだな)


 露店や商店で気になるモノを見つけると走り出し、質問攻めにする好奇心旺盛な所や、一喜一憂にコロコロと変わる表情……ロシュディはオレリーから目が離せないでいた。

 

 「公爵様、私ばかりが楽しんでしまっていますね……」

 

 「アハハ! 私も楽しんでいるよ。もっと一緒に楽しみたいところだが、そろそろ日が暮れてきましたね」


 迎えの馬車に乗り込もうとする二人に、平民らしき年頃の娘たちが駆け寄って来た。


 咄嗟にロシュディはオレリーを庇うように前に出たが、オレリーは笑顔で手を振っている。


 「オレリーお嬢様! 次回の新作はいつ発売ですか?」

 

 「あっ、それはね……」

 

 なにやらキャッキャッと話に夢中だ。

 

 暫くして、『楽しみにしています!』と言いながら娘たちが立ち去る後姿を、ロシュディはポカーンとした表情で眺めていた。

 

 「今の娘たちは平民では? 馴れ馴れしい様子でしたが、ここでは許されているのですか?」

 

 「えっ? そうですが……。帝都では貴族と話すのに許可が必要なのですか?」


 ロシュディは、貴族令嬢と平民が気安く立ち話しをしているのにも驚いたが、他の令嬢たちとは違うオレリーの態度に新鮮さを感じた。


(平民が貴族を往来で呼び止めるとは……普通、令嬢であれば騒ぎ立てるはずだが。世間知らずというより……)


 オレリーはロシュディが何か気を悪くしたのかと思い、心配そうに口を開いた。

 

 「……ここでの特産品はダイヤモンドですが、高級品で貴族しか楽しむことができません。お父様は、採掘や流通、販売に貢献してくれる領民たちも、同じように楽しめないのは不公平だと仰って……」


 オレリーは少し俯きながら話を続けた。


 「それでわが家では、生産過程で出る本当に小さなダイヤを、安く購入できる商品にして販売しているのです。私は、ジュエリーの勉強やデザインをするお母様のお手伝いを……帝都の流行を知っているのは貴族だけですので」


 「なるほど、それで先ほどのレディたちが……。私では思いつきませよ! 領地民のためを思うジャメル閣下には頭が下がりますね」


(貴重なダイヤの無駄も減り、お金に変わる。そして同時に、領地民への配慮や手の届く贅沢でやる気を引き出し、貴族への不満も解消させる……か。なかなか抜け目のない領主様だよ、お義父様は)

 

 ロシュディは、ジャメルの手腕にも興味を持ったが、分け隔てのない優しさと純粋な心を持つオレリーに心が惹かれていくのを感じていた。

 

 (……惹かれているのか? 私が? 殿下に命じられて近づいただけだろ、しっかりしろ、隙を作るな!)


 ロシュディは、泉のように湧いてくる気持ちの正体に気づくことを、初めて怖いと思った。

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