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外伝1 新しい扉<エリカ編・前編>

今回より、物語は外伝編へと移ります。

新しい人生のはじまりを、温かく見守っていただけたら嬉しいです。


外伝1と2では、過ちを犯したエリカが回帰の機会を与えられ、自らの足でどう歩み出すのか―― 本編後の彼女の視点から描いた外伝です。

 ――ここは安寧の森。


 オレリーとロシュディが二度目の結婚式を挙げる少し前のお話――。



 今日もセリュネアは嫌がるエゴヌを誘い、セレナ湖を通して外の世界を眺めている。


 「外の世界なんか見たって何にも楽しくないのに……どうしていつも私を誘うのだ?」


 「そう言わずに、人々の暮らしをエゴヌも見てみるがいい。案外、楽しいかもしれないからね」


 エゴヌは退屈そうに水面に映る外の世界を眺めていたが、思わず小さな声が漏れた。


 「あっ!」


 「どうした、エゴヌ?」


 エゴヌがじっと見つめる先にオレリーとロシュディの姿が……。


 どうやら二人は、二度目の結婚式の準備で慌ただしい毎日を送っているようだった。


 「オレリーもロシュディも幸せにやっているようだ。どれどれ、少し覗いてみるか。エゴヌも気になるのだろう?」


 「だ、誰が! 勝手なことを言うではない。気になどしていない……が、あれはリアンかい?」


 「ああ、そのようだね。また少し成長したようだ、フフッ」


 ――アレクサンドル公爵家にて。


 「ママ! パパ!」


 「あら? リアン、お昼寝からもう目が覚めたのね」


 「うん。今ね、サラがおやつを準備してくれているのー」


 リアンの言葉にロシュディはオレリーに視線を移すと、オレリーもそれに応えるように結婚式の資料をテーブルに置き、優しく微笑んだ。


 「そうか、では、ママとパパもリアンと一緒におやつを食べたいんだが、いいかな?」


 ロシュディの膝によじ登りながら、リアンはにかっと可愛らしい笑みを見せた。


 「やったー! 三人で食べたらもっと美味しいね!」


 そして、仲睦まじく三人が執務室を後にする姿をエゴヌは黙って見つめていた。


 「相変わらず仲が良くて楽しそうだね。ん? エゴヌ?」


 「あの娘、どうしているだろう。私が『闇の糸』で心の闇を引きずり出し……呪いの塊にした娘だ」


 エゴヌの黒々とした瞳が所在なさげに揺らいでいる。


 「ローズ皇妃は『闇の精霊エゴヌ』の力を発現した使用者だ。対価として命は魂ごと消えてしまったが……。エリカ、あの娘はローズ皇妃の『闇の糸』の媒介者に過ぎない。魂はまだ闇の中を彷徨っているだろう」


 「ローズ皇妃は最後にフェルナンド皇帝と真心を通わせることができた。エリカは――」


 「エゴヌ、誰しもが自分の悪行を償わねばならない。君も、安寧の森にずっと留まるつもりだろう? 贖罪のために」


 「私はそれでも償えないほどの大きな罪を犯した。本来なら消えてなくなるべき存在なのだが……」


 「オレリーはそんなことを許しはしないぞ!」


 「分かっている。それに、虫のいい話をしていると思うが、エリカの魂にはチャンスを与えてやりたいのだ」


 「ふーむ……オレリーに訊ねたとて、お前の言う通りにするように言うであろうな。優しい子だからね」


 セリュネアは大きく羽を広げ、柔らかで眩い光を放った。


 その姿に合わせるようにエゴヌも羽を大きく広げ、重々しく黒い靄を放つ。


 その二つの力が合わさった時。


 闇の中を頼りなさげに彷徨っていた魂が、スーッとセレネ湖の外の世界へと放たれた。

 

 「セリュネア、力を貸してくれて、ありがとう。エリカ、しっかり頑張っておいで……」


 エゴヌとセリュネアは、しばらくそのまま見上げるようにして佇んでいた。


 ◇


 「私は許されてはいけないわ」


 エリカは暗い闇の中を魂のまま彷徨っていた。


 時間の感覚も過去の出来事も記憶が薄れそうになっていた頃、突然、吸い込まれるようにどこかへ飛ばされ、しばらくすると目を開けた時のような強い光の眩しさを感じた。


 「瞼を開けた時のようだわ。魂の私に、そんなはずはないのに……」


 しかし、ゆっくりと光の中に風景が現れると自由に動かせる手足があることに気がついた。


 「まさか……そんな、私、人間に戻ってるの?」


 まだ明るさに慣れていない目でゆっくりと周りを見回すと、遠くに帝都の丘の上の皇宮が見える。


 エリカの足元からは野原が見渡す限り広がり、少し歩くと土の道を幌付の粗末な馬車が通って行く。


 「おーい、エルカナ! おばさんが晩飯だって呼んでるぞー」


 数匹の羊を追い立てながら、エリカに向かって叫んでいる少年がいた。


 (エルカナ? 私に向かって叫んでいるようだけれど……)


 エリカの反応がないからか、その少年は羊をその場に残したまま走って来る。


 「エルカナ、聞こえないのかよ! さっきから呼んでるだろう。お前の好きなマッシュポテトが待ってるぞ」


 「あの、エルカナって私のことかしら?」


 「はぁ? わたくしって、今度は令嬢ごっこか? お前……本気でこの村を出て、玉の輿を狙うつもりか? アハハハッ、やめとけって」


 健康的な小麦色の肌に薄っすらとソバカスのある顔、まだ青年というより少年に近い感じだが、羊飼いの仕事のせいか体格はがっちりしている。


 エリカは物珍しそうに見つめた。


 「おい、本当にどうしちゃったんだよ」


 (なんて言えばいいの? この状況はどうなっているの? 自分の顔さえ分からないというのに)


 「あ、あの、あなた様は……」


 「あなた様? もう、いい加減にしろよ。幼馴染の俺を忘れたフリなんかしてさ。ああ、教えてやるよ、忘れないくらい耳元で叫んでやるぞ。俺はジャックだ!」


 ジャックの大きな声がこだましている。


 (身なりからして平民よね?)


 「ジャックさま……いえ、ジャック。家まで送って下さる?」


 「なんか今日のエルカナは調子狂うなぁ。もう、今日は飯食って早く寝ろよ」


 迷わずエリカの手を握ると、ジャックはもう片方の手で羊を追い立てながら歩き始めた。


 (マメでごつごつしているけど、温かい手だわ)


 ◇


 ――ジャックに連れ帰られ、エルカナの家へと足を踏み入れた。


  どこかぎこちない様子で家族と夕食を済ませた後、すぐに自室へと逃げ込んだ。

 

 エリカは、道すがらのジャックの話とエルカナの家族との会話で分かったことを頭の中で整理する。


 (エルカナは15才の平民の少女ね。あのジャックも同い年の幼馴染、エルカナの両親はじゃがいも農家なのね)


 質素なベッドに腰かけ、手鏡で見た素顔は、少し日焼けした肌にオレンジ色の瞳が似合う素朴な少女だった。


 (きっと、セリュネア様とエゴヌ様が新しい人生を私に与えて下さったのね。元の体の持ち主……エルカナさんの魂はどこへ行ったのかしら)


 ひとり思いを巡らせていると、開け放たれた小さな窓からそよ風に乗ってエゴヌの声がする。


 『エリカ……いや、もう、そなたはエルカナだ。元の体の持ち主であったエルカナは、本人も家族も持病に気づかず外出中に亡くなってしまったのだ。その者の魂は、安らかに眠れるよう導いたから安心するがよい』


 「で、では、これからは私がエルカナさん……エルカナとして生きろと仰るのですか? そんなこと、許されるのでしょうか?」


 『エルカナ、この新しい人生を正しく懸命に生きなさい。もちろん、そなたの贖罪とエルカナのために……』


 エルカナは込み上げる嗚咽を抑えながら、心からの感謝で胸がいっぱいになった。


 「ああ……ありがとうございます……」

感想やリアクションをいただけましたら、とても励みになります。

感想へのお返事は控えさせて頂きますが、大切に読ませていただきます。

よろしくお願いします。

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