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45.向き合うべきは

 ジェレミーは、いつも身に付けているペンダントを首から外すと、母に教えられた呪文を唱え壁に押し当てた。


 すると下へ続く階段が現れ、吹き上がってきた冷たい風とカビの臭いに三人は眉をひそめた。


 (驚いたな……いつの間にここまで準備していたんだろう?)


 タハールは驚いて呆然としていたが、サミに肘で突かれ我に返った。


 「タハール様……いちいち驚かないで下さい。ジェレミー殿下に後れを取りますよ!」


 迷いのない足取りで下りて行くジェレミーにサミとタハールも従った。


 「着いたぞ! ここからは別々に部屋を見て回ろう」


 行き着いた階下は、どこまで続いているのか見えないほど薄暗かった。


 サミが足元にあった小さなランプを手に取ると素早く火を灯した。


 「これは時間が掛かりそうだね……」


 タハールは等間隔に扉が並んでいるのを見て呟いた。


 「時間が掛かって良いはずないでしょう……タハール様、俺は先に行きますよ」


 サミはランプをタハールに手渡すと、暗闇の中を真っ直ぐ走って行った。


 「この暗闇を……すごいな。シルバーヴェルの騎士は無鉄砲なのか?」


 後の二人もそれぞれ暗闇の中へ姿を消していった。


 扉を開ける音だけが響いていたが、突然どこからか少女の悲鳴が聞こえてきた。


 「ジェレミー殿下! あの声は?」


 「タハール卿、悲鳴がしたのは奥の部屋だな。サミ卿は? ……急ごう」


 ランプの灯りを頼りに全速力で奥の部屋へと急いだ。


 「タハール卿! ……あの靄が見えるかい?」


 タハールはランプを高く掲げ目を凝らした。


 一番奥の部屋の扉の隙間から、禍々しい赤黒い靄が漏れ出ている。


 「『闇の糸』……殿下、この先は危険です。僕が一人で行きます」


 「『闇の糸』? それは一体何なんだ?」


 「殿下、説明している暇はありません!」


 タハールがドアノブに掛けた手をジェレミーは掴んだ。


 「もしやそれがお母様を蝕んでいる元凶かい?」


 扉が突然開き、二人はなだれ込むように部屋に入った。


 タハールは足を取られ、よろけた拍子にそのまま転んだ。

 

 「イテテ……なんだ? このヌルっとした感触は……」


 「そ、それは血だ!」


 二人が血の流れる方向に目を遣ると、サミが倒れているのが見えた。


 「サミ卿!」


 急いでタハールがサミの体を起すと、サミが薄っすらと目を開けた。


 サミの脇腹から流れた血が床に広がっている。


 「しっかりするんだ! 何があったんだ?」


 「リアンお嬢様が……早く」


 そう言いながらサミが部屋の奥を指さした。


 「リアン嬢じゃないか!」


 ジェレミーが駆け寄り、リアンを抱き上げる。


 リアンの体は氷のように冷たく、息をしていないように感じた。


 「なぜだ……どうして……」


 ジェレミーがリアンを抱いたまま、フラフラと戻ってきた。


 「タハール卿……リアン嬢が息をしていない」


 「なんですって? クソッ、どうなってるんだ! サミ卿、しっかりしてくれ! 何があった?」


 サミは痛みに耐えながら体を起こし、壁に背を傾けた。


 短いサミの息遣いが傷の深さを感じさせる。


 「ベ、ベルタ姫の口から不吉な靄が吐き出されて……リアンお嬢様を覆いつくそうと……苦しそうなお嬢様の声に……剣を抜きましたが……俺も黒い靄に呑まれ……気付けば剣が脇腹に……」


 「サミ卿!」


 ジェレミーがサミの肩を揺らす。


 「殿下、これ以上はサミ卿が……」


 「お、俺は大丈夫です……リアンお嬢様を……」


 「リアン嬢は息を……」


 「まだ間に合うはずです……殿下、タハール様……ベルタ姫を止めて下さい。お嬢とリアンお嬢様の命を公爵様に選ばせると……」


 「どういう意味だ? ……とにかく僕がベルタ姫を追うよ。タハール卿はサミ卿の手当てを……君はあのベリル家の令息だろ?」


 「ま、まぁ、父や妹ほどではありませんが……医学の知識はあります。応急処置をして、助けを呼びに戻ります」


 「ベルタ姫が向かうとすれば、お母様の所だろう……」


 ジェレミーがリアンを抱えて歩き出そうとしたが、通路の方から重く響く足音が近付いて来た。


 咄嗟にタハールは明りを消そうとランプに手を伸ばした。


 「リアン!」


 その声にタハールは振り返った。


 「ロシュディ……どうしてここに? 『闇の糸』に襲われてシルバーヴェルにいるはずじゃ……」


 「タハール……なぜそれを?」


 ロシュディは手にしていた剣をタハールの喉元に当てた。


 まるで別人のようなロシュディの殺気に、タハールは全身の血の気が一気に引いていくのを感じた。


 「ア、アレクシス殿下が君たちに監視を付けていたんだ。僕は反対したさ……信じてくれないだろうけど」


 「なぜ公爵邸を訪ねた?」


 「な、何か力になりたいと……もう殿下を僕では止められそうにないんだ」

 

 ロシュディはタハールの目をジッと見つめ、確信を得たように剣を鞘に収めた。


 「ジェレミー殿下、リアン嬢をこちらへ」


 ロシュディのリアンへの内に秘めた愛情をジェレミーは感じ取り、素直にロシュディに託した。


 「アレクサンドル公爵、その手は……」


 剣を抜いた手と同じ手でリアンを抱き、もう片方の手は動かないようだった。


 「『闇の糸』の呪いが取り憑き、片方の手の自由を奪われてしまったようです」


 「ロシュディ! そんな状態で守れるのかい?」


 「……命を懸けてもやり遂げるさ。タハール、サミ卿を頼む。彼を死なせるわけにはいかないからな」


 ロシュディはジェレミーの方を向き、その覚悟を問うような眼差しで見た。


「殿下には一緒に来て頂きます。歪んだ愛だとしても愛……終わらせるためにも向き合うべきでしょう」


 「分かっているよ、公爵。君はベルタ姫いやエリカ嬢の所へ、僕はお母様の所へ」


 「……そしてアレクシス……皇太子殿下の元へ」


 ロシュディは、リアンの首元のネックレスに通された『エーテルの指輪』を確かめた。


 (私も両親と同じ道を辿ることになりそうだ……)


 ロシュディとジェレミーは鏡の通路から抜け出すと、それぞれ胸に重い思いを抱えながら、決着を付けるべき人物の元へ急いだ。


 ◇


 「アハハ! 結局は私を選ぶことになるのよ! 運命だわ」


 ベルタの姿をしたエリカは、リアンに『闇の糸』の呪いをかけ、楽しそうにその場を後にしたのだった。


 もはやベルタの自我は僅かしか残されていない。


 それでも懸命にベルタは抗っていた。


 (このままエリカ嬢に私を奪われるわけにはいかないわ……)


 「フンッ、ベルタ様も往生際の悪いこと……私に体を明け渡すしかありませんのよ。それがベルタ様の運命ですわ」


 (エリカ嬢……『闇の糸』の対価に自分の体を代償にするなんて……)


 ベルタはエリカの狡猾で手段を選ばない執念深さに恐怖を感じていた。


 その身を焦がすほどの執念は、ベルタがロシュディに向けていた感情と似ていたからだった。


 オレリーへの羨望と嫉妬……『オレリーさえいなければ』という憎悪。


 なぜ振り向いてくれないの? ……私だけを見て欲しい……独占したい……。


 『長い時間を共にしたのは私なのに』


 (グルグルと私の心の中を巡る黒いものが、エリカ嬢の魂と共鳴しているとしたら……私は)


 ベルタは一番向き合いたくない自分と向き合う時が近付いていた。

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