33.思わぬ関係の始まり
「ジェレミー」
皇后宮を後にして庭園を抜けたところで、母であるローズ皇妃に呼び止められた。
「お母様……」
ローズの目線が皇后宮に向けられる。
「カトリーヌ皇后陛下のお見舞い? それとも陛下とお会いしたのかしら」
ジェレミーは、心の中を見透かされそうな気がして目を逸らした。
「はい、僕の縁談についてご相談を……」
「そう。心配せずとも、きっと陛下がお力添えして下さるわ」
母の確信に満ちた声と頬に伸ばされた手に、ジェレミーは顔を上げた。
「初めてお兄様に譲りたくないと思いました」
「それでいいのよ。でも、力が無いと奪われてしまうことも覚えておきなさい」
(オレリー嬢への想いは、お母様の策略にはまってしまったのだろうか……)
◇
オレリーは『リアン・エテルネル』の仕事部屋で、次なる一手に頭を悩ませていた。
アレキサンドライトという大きな武器を手にしたが、それだけでは生き残って行くことは難しい。
(アレキサンドライトって、そう言えば6月の誕生石だったわね。……前世でも同じ6月生まれだったわ)
「オレリーお姉様、そんなしかめっ面は似合いませんわ」
オレリーの仕事部屋にアリーヌが入って来た。
「急に呼び出して、ごめんなさい。サロンの今後の相談がしたくて……」
「何か思い付いた顔ですわね」
「そうなの。パッと思い付いたのだけど、誕生石ってどうかしら?」
「誕生石?」
(この世界には誕生石の文化は無いわ。アリーヌのような令嬢が興味を持ってくれたら面白いかも)
「誕生石はね、それぞれの月に決められた宝石があって、意味もあるの。相手の事を想って、誕生月に誕生石のジュエリーを贈るのよ」
「すごくロマンティックだわ!」
「もちろん自分のために、お守りのように誕生石を身に付けてもいいのよ」
「その考え方……私とっても好きだわ」
「どうしたら誕生石を広められるかしら……」
「今までに無かった誕生石の考え方を広めるのは難しいですわね。オレリーお姉様は社交界で注目の的ですけど……」
「私が単に身に付けるだけでは、ロマンティックで素敵な部分が伝わらないわね」
二人でしばらく頭を悩ませたが、結局答えは見つからず、アリーヌは帰って行った。
「お嬢様、お客様がお越しですが、お忍びとのことで……」
サロンの従業員が困惑したように呼びに来た。
(お忍びでアレクシス皇太子殿下がいらっしゃったのね)
「分かったわ。VIPルームにお通しして」
VIPルームの扉を開けると、思いも寄らない人物がいた。
「い、いらっしゃいませ……アレクサンドル公爵様」
「こんにちは、オレリー嬢」
オレリーは動揺しつつも辺りを見回した。
「私一人だよ」
「は、はい……今日はどのようなお品をお探しですか?」
「大事な人への贈り物を探している」
大事な人という言葉に、オレリーは喉の奥が締め付けられた。
(きっとベルタ様への贈り物ね……)
「でしたらイヤリングやネックレスはいかがでしょう?」
そう言うと、いくつかの品物を用意した。
ゆっくりとロシュディは品物を手に取り、丹念に眺めた。
「良い細工だな」
「はい、私どもはドワーフの類まれな技術で、最高級のジュエリーをご用意しております」
「イヤリングとネックレスを頂こう。しかし、宝石は別の物に変えてくれ」
「では、どの宝石にいたしましょう?」
「そうだなぁ……」
(オレリーの瞳のエメラルドか、私の瞳のルビーにするか……)
「……あ、あの、お迷いでしたら、ベルタ様のお誕生月はいつでしょう?」
「2月だが?」
「でしたらアメジストがよろしいかと」
オレリーは、今後手掛ける予定の誕生石の由来について説明した。
「初めて耳にしたが、とても面白い考え方だ。しかし、社交界にどうやって広めるつもりだ?」
言葉に詰まったオレリーを、ロシュディは厳しい眼差しで見た。
「希少石で経営は順調だろう。しかし、良いアイディアがあっても形にできなければ、いつかは行き詰ってしまうぞ」
痛い所を突かれて、オレリーはシュンとなった。
「後ろ盾にアレクシス殿下を選んだようだが……私が『リアン・エテルネル』へ投資をするのはどうだ?」
「えっ? それはどういう……」
「それが叶えば、出資者として誕生石を広める良い方法を教えよう」
(何が目的なの? 今ここでロシューの手を取って良いのかしら?)
「……あくまでも、あなたの事業に興味があるというだけだ」
(そうよね……ベルタ様がいっらしゃるのだもの)
「分かりました。社交界を熟知されている公爵様のお力をお借り致しますわ」
ロシュディは口元に手を遣り、ニヤッと笑った。
「決まりだな。その誕生石とやらが成功したら、一つだけ願いを聞いて欲しい」
「願いを聞く……ですか? 普通は、利益の分配を望まれるのでは……」
「オレリー嬢、固い事を言うな。私は金には興味はないんだ。面白いことを探しているだけだ」
「分かりましたわ。私が聞き届けられるお願いでしたら、何なりと」
「あなたに無理を強いたりはしないから……安心して」
互いに、細い糸のような繋がりを必死に繋ぎとめているようだった。
「あの、どのような方法でしょうか?」
「今、貴族たちに人気の演劇を利用するんだ」
「あっ、誕生石のやり取りを演劇の中に入れて、貴族たちの興味を引くのですね!」
「そうだ。人気の俳優に演じさせれば、たちまち社交界の流行となるだろう」
生き生きとするオレリーの瞳を、ロシュディは複雑な想いで見つめた。
「でも、シナリオにない内容を入れてくれるでしょうか……」
「出資者である、この公爵なら容易いぞ」
ロシュディの冗談ぽく威張る様子に、オレリーは思わず噴き出した。
「オレリー嬢、まさか信じてないのか!?」
二人は顔を見合わせて、この時ばかりは屈託なく笑い合った。
そして、演劇のシナリオに誕生石のエピソードを入れる計画を綿密に立て、時間も忘れて今後の策を練った。
「一週間後に開幕の『愛の旋律』がちょうど良いだろう。劇場のオーナーには私が働きかけよう」
「ありがとうございます」
「もちろん観劇には一緒に来てもらうよ。……リアン嬢も連れて」
「い、いいえ、リアンはまだ小さいですし。ご一緒に行くと公爵様にご迷惑が……」
「何度も言うようだが、私は出資者だ……もてなされて当然だと思うが。それに、小さい頃から芸術に触れる方が良い」
「ですが!」
「劇場には公爵家の専用室がある。誰の目にも触れずに観賞できるぞ」
(確かに、寂しい想いをさせているリアンにゆっくり見せてあげたいわ)
「分かりました、宜しくお願いいたします。あっ、私ったらご注文の宝石をお伺いしている途中でしたわ!」
「……オレリー嬢は6月生まれだったはずだが、誕生石は?」
「私ですか? 6月はアレキサンドライトになりますわ」
「それなら、アレキサンドライトで頼むとしよう」
ロシュディが帰った後も、オレリーはひとりロシュディの言葉を反芻していた。
(なぜ、私の誕生石で……)
答えの出ない問いかけが、オレリーの心を搔き乱した。




