31.新たなライバル
ロシュディは昨夜の庭園での出来事が頭から離れず、何度も目が覚めた。
けだるさと感情の昂りに、心臓の辺りがキリキリと痛む。
「タハール、遅いぞ」
「はい、はい……せっかちな男は嫌われるよ」
今日は宣言通り、『リアン・エテルネル』へ行くのだ。
オレリーに迷惑が掛かるのを恐れ、ベリル伯爵家の馬車で向かうことにした。
「ロシュディ、しっかりフードを被って。気付かれたら、ゴシップ好きの貴族の餌食だ」
言われた通り目深にフードを被り、馬車を降りる。
(オレリーに会える……)
緊張しながらドアに掛けた手を、ピタッと止めた。
ロシュディの背中にドンッとタハールがぶつかった。
「ちょっと、急に止まるなよー。ロシュディ?」
「シッ!」
タハールが不審に思い、ロシュディの目線の先にあるウィンドウを見た。
すると、客らしき男と話しているオレリーの姿が目に入った。
「あ、あの方は……」
「ジェレミー第二皇子殿下だ」
「なぜ、あの方がここへ? まさかローズ皇妃殿下が仕向けたのか?」
「分からない。とにかく、今この店に入るのはタイミングが悪すぎる」
「そうだね。ロシュディ、今日のところは一旦戻ろう」
「ジェレミー殿下がここへ来た理由を調べる必要があるな……」
ロシュディはもどかしさを感じながら、サロンを後にした。
◇
「ジェレミー様? 窓の外に何か?」
「ああ、いや、何でもないよ。それより、僕の依頼だけど……」
ジェレミーは、タハールの姿に気付いていた。
(ベリル小伯爵か……ということはフードの男は、お兄様かアレクサンドル公爵?)
「イヤリングとネックレスのセットのご注文ですね。宝石はどういたしましょう?」
「アレキサンドライトで頼むよ」
「かしこまりました。ただ、注文が立て込んでまして、お時間がかかりますが……」
ジェレミーは、にっこり優しく笑った。
(お顔はローズ皇妃様とよく似ていらっしゃるけど、雰囲気は全く違うのね)
「構わないよ。ちょくちょく足を運ばせてもらうつもりだし……オレリー嬢にも興味があるんだ」
「えっ? それはどういう意味でしょうか……」
(噂では病弱で気が弱いと聞いていたが、本当のジェレミー殿下は違うようだな)
オレリーの背後で、サミはジェレミーの真意を探るように観察していた。
「そんなに身構えないで。僕は、お兄様やアレクサンドル公爵……そして僕を睨みつけている護衛騎士が、レディの何に惑わされているのか知りたいだけだよ」
「ジェレミー殿下! それは辺境伯令嬢に対して、少々お言葉が過ぎるのではございませんか!」
サミが我慢できず口を挟んだ。
「申し訳ございません、ジェレミー様。サミ、いけないわ」
オレリーに諫められ、小さな声で「お許しください」と軽く頭を下げた。
「許すよ。僕は軽んじられる事に慣れているから……。今日のところは失礼するよ」
ジェレミーの瞳に宿る、心からの寂しさをオレリーは感じた。
「ジェレミー様……あっ、そうですわ! 少しお待ちください!」
ドレスの裾を持ち上げて、バタバタと慌てて奥へと走って行く。
令嬢らしからぬ様子に唖然としていると、またバタバタと慌てて戻って来た。
「お嬢! お客様の前ですよ!」
今度は逆に、護衛騎士に諫められているオレリーが面白くて、思わず噴き出した。
「アハハハ、オレリー嬢はどうやら可愛らしい方のようだね」
少し息を切らしたオレリーが、何やら見たことのないお菓子を手に持っている。
「ちょうど今、お客様にお配りするお菓子が届いたのを思い出しまして……」
そう言いながら、ジェレミーの目の前にバッとそのお菓子を突き出した。
「こ、これを僕に?」
「はい! わが領地自慢のお菓子、ダイヤモンド・ドロップスですわ!」
「僕を子供扱いするなんて、オレリー嬢は本当に面白い人だ。ますます興味が湧いたよ」
(ほとんどの貴族は、お母様を恐れて気軽に近づいて来ないのだが……)
ジェレミーは、久しぶりに誰かと打ち解けた気分だった。
馬車に戻ったジェレミーの浮かれた表情を御者は見逃さなかった。
(ジェレミー様のこんなに楽しそうな表情はいつ以来だろう。早速、ローズ皇妃様のお耳に入れなければ)
キャンディーを一口かじる。
「甘いな……」
(ほんの好奇心だったのに……本気で君を手に入れたくなったよ)
◇
誕生日舞踏会の翌朝、まだ興奮が冷めないアレクシスは侍従長を呼んだ。
「爺、タハールを皇子宮に来るよう伝えてくれ」
急いで朝食を食べていると、侍従長が戻って来た。
「殿下、タハール様は、本日はもう出掛けられたそうです」
「こんなに朝早くにか? 分かった……馬車の用意をしてくれ」
「昨日のお疲れもまだ取れていないのに、どちらへ?」
「『リアン・エテルネル』だ」
すると他の年若い侍従が、何やら侍従長に耳打ちしている。
「どうやら一足早く、ジェレミー第二皇子殿下が『リアン・エテルネル』に向かわれたそうです」
アレクシスは持っていたフォークをお皿に叩きつけた。
「なんだと!? ジェレミーのやつ、何のために行ったんだ?」
「単にジュエリーのご注文ではないかと。探って参りましょうか?」
幼い頃から身の回りの世話をしてきた侍従長が、優しくアレクシスを宥めた。
「いや、爺がする必要はない」
まだ侍従長は心配そうな表情をしている。
「そんなに心配するな……ジェレミーには俺から聞くよ。『リアン・エテルネル』には明日行くとしよう」
(お母様が違っても昔は仲の良い兄弟でした……爺はご兄弟で争って欲しくないのです)
◇
気分転換に庭園を歩いていると、ジェレミーの馬車が戻って来るのが見えた。
「ジェレミー、今日はどこへ行っていたんだ?」
やれやれと、顔を大げさに歪めて答えた。
「お兄様はもうご存じでは? まったく子供じみたことを……」
「なんだと?」
アレクシスがジェレミーの胸ぐらを掴んだ。
「どうしてそんなに怒っているのです? 僕はただジュエリーを注文しに行っただけですよ」
「オレリー嬢に近づくな。これは警告だ」
ジェレミーがアレクシスの手を振り払って、強い眼差しで睨み返した。
「オレリー嬢は、誰のものでもありません。それに、僕にだってチャンスはあります」
「ほう? ……生まれた時から脇役の奴が今さら出る幕はないぞ」
もう言い返すことは止めて、ジェレミーは足早に立ち去った。
(お兄様、オレリー嬢の秘密を知っているのが自分だけだとも? ハッ! もう何かを諦めるのはたくさんだ……)
ジェレミーが珍しく行動を起こしたことで、アレクシスは嫌な予感がした。
(ロシュディだけでも厄介なのに……ジェレミーが陛下にオレリー嬢との縁談をお願いするかもしれない)
「爺! 爺!」
アレクシスのただならぬ様子に、侍従長は急いで駆けつけた。
「殿下、何をそんなに……」
「今から陛下に会いに行く。すぐ支度をしてくれ」




