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29.すれ違う二人

 侍従長は、こんなに盛り上がる舞踏会は久しぶりだと、目を潤ませ感傷に浸っていた。

 

 すると、赤い瞳の美男子が、妖艶でエキゾチックな黒髪の美女を伴い、声を掛けてきた。

 

 「久しぶりだな、侍従長。彼女は、ベルタ・エゴヌ第二王女殿下だ。さあ、入場の合図をしてくれ」

 

 「ア、アレクサンドル公爵様!」

 

 侍従長は、驚きのあまり後ろに倒れそうになった。

 

 なぜなら、リッジ戦地から戻らず生死すら危ぶまれていた、その人が目の前にいるのだ。

 

 侍従長は、皇宮へ遊びに来ていた幼い頃のロシュディをよく知っていた。

 

 喜びと驚きに震える声を抑え、その名を告げた。

 

 「ロシュディ・アレクサンドル公爵、ベルタ・エゴヌ第二王女殿下のご入場です」

 

 音楽が止まり、人々の視線は一斉に二人へ注がれた。


 まさにアレクシス皇太子とファーストダンスが始まろうとしていたオレリーは、ロシュディの姿に喜んだのも束の間、美しい女性が一緒であることにショックを受けた。

 

 ローズ皇妃は、知っていたかのように平然としている。

 

 フェルナンド皇帝がロシュディにゆっくり歩み寄り、その手をしっかり握りしめた。

 

 「任務ご苦労であった。皆へ告ぐ。長年の争いに終止符を打ち、エヌップ国と和平を結ぶことになった。これも全て、アレクサンドル公爵の尽力のお陰だ。皆、称えてやってくれ」


 皇帝は少し間を置き、続けた。

 

 「そして、エヌップ国のベルタ第二王女とアレクサンドル公爵が婚約することとなった」

 

 皇帝の予想外の言葉に、ホールの人々は動揺を隠せなかった。


 「死んだものとばかり……しかも婚約者を連れて」


 「公爵様の婚約者が……よりにもよって異民族の王女だなんて」


 「異民族とは文化が違い過ぎますわ」


 「どうなっている? スタニア王国とエヌッブ国が手を組んだものと……」


 「シッ、不用意な発言はお控えになって」


 気付くと、計算高い貴族たちの拍手が大きく響き渡っていた。

 

 オレリーは胸が切り裂かれるような悲しみと嫉妬、後悔が入り混じり、気を失いそうになるのを必死で堪えた。

 

 アレクシスはオレリーをぐっと引き寄せ、「大丈夫か?」と少し寂しそうに聞いた。


 オレリーの瞳を見れば、その悲しみがどれほど深いか理解できたから。

 

 遠くからその様子を、ロシュディとサミが鋭い視線で見つめていた。

 

 人々はこの複雑な関係に興味津々で、しばらく『アレキサンドライト』『五角関係』『リアンの父親』という話題で社交界は持ち切りだろうと噂した。


 もうロシュディは、周りの貴族や雑音には一切関心が無かった。

 

 視線の先には、オレリーしかいない。

 

 (ああ、あなたが本当に遠くに感じる。娘……父親はサミなのか? サミを愛しているのか? それともアレクシスと……)

 

 許されるならば、今すぐ走って行ってオレリーを抱きしめたい。


 その爆発しそうな感情をグッと抑え、ベルタをエスコートした。

 

 「ベルタ王女殿下、私と踊って下さいますか?」

 

 「ええ、ロシュディ様、喜んで!」

 

 オレリーとアレクシス、ロシュディとベルタ。


 美しい花のような二組の大輪が、ホールを華麗に舞う。

 

 「オレリー様もベルタ様もお美しい」

 

 「アレクシス殿下もアレクサンドル公爵様も素敵ですわ」

 

 踊る二つの大輪がすれ違うたびに、ロシュディはオレリーを、オレリーはロシュディを目で追った。

 

 アレクシスとベルタは、二人の想いに気付いていた。


 しかし、『それでも相手の心を手に入れたい』という欲望が、暗い闇となって二人の心を覆うのだった。


 ◇


 オレリーはリアンの小さな手を繋ぎ、デビュタントボールの時のように皇宮の庭園に出た。

 

 もしかしたらリアンから父親を奪ってしまったかもしれない。


 リアンに父親の名前を教えられないかもしれない。


 次々と浮かぶ良くない考えに苦しんでいた。

 

 しかし、それでもリアンにはロシュディと初めて出会った場所を見せたかった。

 

 「ママ、きれいなおはな、いーっぱい」

 

 「そうね、綺麗ね。この黄色いお花が薔薇、こっちの青いお花は勿忘草って言うのよ」

 

 「きれいー、おはなふたちゅしかないね」

 

 「ん? そうね。このお花たちは、皇帝陛下と皇后陛下の仲睦まじさを表しているのよ」

 

 「なかむちゅましゃ?」

 

 「ふふふ、ちょっと言葉が難しいわね」

 

 無邪気なリアンとの会話は、心を癒してくれるような気がした。

 

 あの時のように、庭園を散策するオレリーとリアンを心配して、ロシュディはこっそり付いて来てしまった。

 

 (ああ、オレリー……)

 

 ロシュディは切なさで押しつぶされそうな心を奮い立たせるため、オレリーが残したブレスレットにそっと口づけた。

 

 オレリーが去った後も肌身離さず付け、戦地でもこれのお陰で生きる気力が持てたのだ。

 

 ロシュディがブレスレットに口づけすると、オレリーの指輪が反応し小さな光を放った。

 

 リアンは指輪の光に気付き、「きれいー」と言って指輪に触れた。

 

 すると、指輪から小さな光がフワーッと飛び出し、リアンはオレリーの手を放して走り出した。

 

 「リアン!」

 

 リアンは小さな足で光を夢中で追いかけ、ついにはパティオの陰に隠れていたロシュディとぶつかってしまった。


 「いたっ」

 

 「お、おい、大丈夫か? 君のお母様は? 勝手に来ちゃダメだろ」

 

 リアンは、腰を下ろし目線を合わせたロシュディの瞳をジーっと見つめている。

 

 「おチビちゃん、この赤い瞳が珍しいか?」

 

 「おちびしゃんじゃないもん……りあんよ」

 

 「ハハハ、これは失礼しましたリアン嬢」

 

 「おじしゃまかっこいいから、りあんってよんでいいよ」

 

 にっこり笑うリアンは、すでにオレリーに似た美しさの片鱗が見える。

 

 (父親なら将来が心配になるほどオレリーにそっくりだな)

 

 「俺のことは、ロシューと呼んでくれ」

 

 何故か、サミの娘かもしれないこの少女に、自分の愛称を呼ぶことを許してしまった。

 

 切ない表情を浮かべたロシュディは、無意識にリアンの柔らかなヘーゼルアイの瞼にそっと触れた。

 

 「ろちゅーのおめめだいちゅき。だってりあんのおめめとおなじだもん」

 

 一瞬、リアンの言葉の意味が理解できず聞き返そうとしたが、リアンはロシュディの手を解き走りだした。

 

 「リアン! 急に走り出しちゃダメじゃない!」

 

 声の方へ顔を向けると、探し回ったのであろう、肩で息をしているオレリーがいた。

まだまだストーリーは続きますが、物語のどこかで心に残る場面がありましたら、ひと言だけでも感想やリアクションをいただけますと、とても励みになります。

感想へのお返事は控えさせて頂きますが、大切に読ませていただきます。

よろしくお願いします。

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