28.運命の舞踏会
あっという間に、アレクシス皇太子殿下の誕生日舞踏会の日が来た。
今回の誕生日舞踏会は、アレクシスの希望で夜会ではなく日中に開催され、幼いリアンを連れて参加するオレリーにとっても好都合だった。
オレリーとリアン、サラはシルバーヴェル家の馬車に乗り、宮殿に向かった。
凛々しい騎士姿のサミも覚悟を胸に秘め、護衛騎士として従った。
宮殿に到着したオレリーは、お揃いのドレスを着たリアンの小さな手を握り、一歩一歩、噛みしめるように歩いた。
ホールの扉を守る侍従長は、オレリーとリアンを見て一瞬ためらったが、リアンに微笑むと声高らかに入場を告げた。
「オレリー・シルバーヴェル嬢……ご息女リアン・シルバーヴェル嬢のご入場です」
数年前のビュタントボールと同じく、話題の人物の入場に視線が一斉に集まった。
圧倒的な美貌……その美しさをさらに惹き立てるロイヤルブルーのドレス。
幾重にも重なるドレープには沢山の宝石がうめ込まれ、歩くたびに眩い光が放たれる。
人々はその美しさに酔いしれた。
そして、リアンが無垢なあどけない笑顔を向けると、会場のあちこちから感嘆がもれた。
「ご息女は、まさかアレクサンドル公爵様との……」
「いいえ、瞳がルビー色をしていませんわ!」
「ヘーゼルアイか……珍しいな。ん? 護衛騎士の瞳と似てないか?」
「確か、シルバーヴェル家の家臣カペル男爵の息子だろ」
「家格が合わんな……令嬢のお遊びが過ぎたな、ハハハッ」
噂と憶測が大好きな社交界は、容赦なく陰口を放った。
しかし、オレリーとリアンの姿を見て、誰よりも衝撃を受けたのはアレクシス皇太子であった。
(ロシュディとの子か? 瞳の色が違うが……しかし、まさか子持ちとは)
タハールも衝撃を受けたものの、冷静に状況を見極めようとしていた。
(オイオイ、次から次へとオレリー嬢は……ロシュディ、どうするんだよ。ご息女に危害が及ばなければ良いが)
オレリーは、人々の視線や軽はずみな発言には見向きもぜず、真っ直ぐ皇帝陛下の元へ歩いて行った。
「帝国の偉大なる太陽、フェルナンド皇帝陛下に拝謁いたします」
「そなたと挨拶を交わすのは……デビュタントボール以来か。今日まで、ずいぶんと波乱万丈な人生を送ったようだ」
フェルナンドの視線が、リアンに注がれている。
そして、ローズ皇妃も獲物を狙うようにリアンを鋭く見つめていた。
フェルナンド皇帝は、幼いリアンが貴族の不躾な視線に晒されないよう、強い口調で続けた。
「これまでシルバーヴェル家は帝国に大きく貢献をしてきた。そのような家門の直系に、この場にいるどれほどの人間が軽々しく口にできるだろうか」
その言葉に、会場は波を打ったように静かになった。
オレリーは、フェルナンド皇帝の優しさに胸が熱くなった。
「陛下、ありがとうございます。本日は、アレクシス皇太子殿下に素晴らしい贈り物をご用意致しました」
後ろに控えていたサミが、ドワーフが緻密に細工した銀製の箱を持って来た。
その箱を受け取るとアレクシスの前に立ち、ゆっくり蓋を開けた。
中には、美しいベルベットのクッションの上に、眩い輝きを放つ宝石がひとつ入っていた。
(ドワーフの皆さんのお陰で、前世の60カラットを超える70カラットのアレキサンドライトを手にできたなんて! 信じられない幸運だわ)
オレリーは、心の中で感動をひとり思い返していた。
興奮した貴族たちは一目見ようと、前のめりになって押し寄せた。
アレクシスは宝石を箱から取り出し、持った手を高く掲げた。
「見よ!」
会場のすべての視線が、アレクシスの手に集まっている。
「美しいエメラルドだ」
「確かに、あんなに大きなエメラルドは珍しいが……」
「大きければ良いというものでもないでしょう」
「期待外れですわ」
ざわざわと貴族たちの称賛や野次が聞こえてくる。
「皆さま、ご覧下さい! 侍従長、カーテンを閉めて、ランプの灯りをつけて下さるかしら」
オレリーの掛け声と同時に、端から上質な分厚いカーテンが次々と閉じられていく。
そして、それを追うようにランプの灯りがともされていく。
それは、何とも幻想的な演出だった。
「あら、宝石がルビーに変わっているわ!」
ひとりの貴婦人が、ホールに響くほどの大きな声を上げた。
「レディ、俺はずっと同じ宝石を持っているぞ」
ニヤッとしてアレクシスはそう言うと、説明してやれと言わんばかりにオレリーを見た。
オレリーは少しクスっと笑って、また元の澄ました顔に戻り、美しい薄紅色の口を開いた。
「これは、今まで誰も見たことがない新しい宝石ですわ! 光の違いによって、魅惑的にその表情を変えるのです」
ホールにどよめきが広がった。
「早く手にしたいわ!」
「いつから買えるんだ!」
人々の熱狂が最高潮に達した時、オレリーはパンッと手を叩いた。
「陛下! シルバーヴェル家は、この宝石事業で帝国へのさらなる貢献を誓います! そして帝国の若き太陽、アレクシス皇太子殿下の名が後世にまで輝くように、その名を宝石に冠する栄誉をお許し下さい」
ホールの貴族たちが、オレリーのその言葉にワーッと大歓声を上げた。
しばらくしてから、フェルナンド皇帝はその歓声を制した。
「ハハハ、なんと言うことだ! オレリー嬢よ、その栄誉を許そう」
また大歓声が沸き起こる。
アレクシスは歓声に酔いしれつつ、堂々としたオレリーの姿を熱っぽい視線で見つめた。
オレリーも応えるように見つめ返し、そして……その名を告げた。
「この宝石の名は……アレキサンドライト!」
その瞬間、ホールには割れんばかりの拍手と歓声で、大いに盛り上がった。
(この宝石を発見した前世の方々の熱意に敬意を。運良く利用した私が、勝手に違う名前にするなんてできませんもの!)
一方で、その様子を苦々しく思っている人物がいた。
ローズ皇妃……心の奥底に広がる強い憎悪が、どんどん膨れ上がって行くのを感じていた。
(なぜ、こうもお前たちは私の邪魔をするの! 忌々しい)
苛烈な怒りを露わにしている母に、ジェレミー第二皇子は赤ん坊のような無力さを感じていた。
「オレリー嬢、最初のダンスを踊ってくれるだろうか?」
「アレクシス皇太子殿下、喜んでお受け致しますわ!」
熱気の溢れたホールで、まさに世紀のロマンチックなダンスが始まろうとしていた。
その時……。
侍従長が声高らかに、思いもよらない人物の名を告げたのだった。




