26.大胆な賭け
帝都のメイン広場から少し離れた落ち着いた通りに、新しいメゾンがオープンしようとしていた。
美しい曲線が印象的なウィンドウに、思わず開けたくなるような品のある扉。
オープン前日であるにもかかわらず、店の看板はまだ伏せられていた。
上質な品を揃える店が並ぶ通りには、流行に敏感な貴族たちがショッピングを楽しんでいる。
オーナーが正体不明の新しいメゾンに、貴族たちは皆、興味津々だ。
「このメゾンのオーナーは、どんな方かしら?」
「こんなに優雅な外観ですもの、気になりますわ」
「どんな品物を扱うのかな?」
と、そこへ、ベリル伯爵家の馬車が止まった。
中からは、令嬢のアリーヌと上質なマントのフードを深く被った男が降りて来た。
「アリーヌ嬢よ。ご一緒の方はどなたかしら?」
「タハール様ではなさそうですわ」
人々の視線には気にも留めず、二人はオープン前のメゾンに入って行った。
「アリーヌ、ここは新しくオープンするメゾンだな。なぜ忙しい俺がこんな場所に……本当に価値のある話なんだろうな」
「くどい! しつこい殿方は嫌われますわよ。とにかく、私の言う通りにオーナーが来られるまで、静かにお待ち下さい」
「皇太子の俺を待たせるとは……」
アレクシスは、愚痴が止まらずブツブツ呟いていた。
突然、アリーヌが執務室にやって来て、説明も無いまま強引に馬車に乗せられ、今ここにいるのだった。
しかし、冷静になって店内を眺めると、どれもセンスの良い最高級品で調えられている。
(フム……それに、かなり腕利きの職人が宝石の細工を行っているようだな。高位貴族のオーナーかパトロンの可能性があるな)
アレクシスは、オーナーが有力家門となれば、今は喉から手が出るほど欲しい縁だった。
しかし、意外な人物が目の前に現れた。
「帝国の小さな黄金の太陽、アレクシス皇太子殿下に拝謁いたします」
そこには、三年前に突然ロシュディの元を去った、オレリー・シルバーヴェルの姿があった。
さらに美しさに磨きがかかり、凛とした姿は神々しささえも感じ、アレクシスは目が離せなかった。
「……アレクシス皇太子殿下?」
「ああ、すまない、オレリー夫人とは思いもしなかったからな……いや、もうオレリー嬢か」
「殿下! レディに失礼ですわよ。ボーっとせずに、しっかり挨拶して下さい。私の大切な友人として、ご紹介するのですから」
アリーヌに叱咤され、アレクシスの頭はようやく動き出した。
「オレリー嬢、久しぶりだな。狩猟大会以来か……ところで、ここは令嬢のメゾンか?」
「はい……本日は、お越し頂きまして、大変光栄でございます」
「ただの招待ではないだろ。アリーヌと何を企んでいる?」
「……実は、我がシルヴァーベルで新しい鉱石が発見されました。その鉱石から作られる宝石は、誰しもが虜になるような珍しい希少なもので……」
「なんだと! なぜ、皇室に報告しなかった……ああ、皇室に『採掘権を渡せ』と脅されるとでも思ったのか? しかし、皇室を欺くことは重罪だぞ」
アレクシスの普段の飄々とした雰囲気は消え、帝国の後継者らしい威厳を感じさせた。
(こんなところで、怯んではダメよ。しっかりしなきゃ)
オレリーは負けじと、とろけるような美しい微笑みで応じた。
「アレクシス皇太子殿下、このメゾンの……いえ、私の後ろ盾となって頂きたいのです」
「後ろ盾? もっと令嬢に分かりやすく説明した方が良いようだな。領地で発見された鉱物であろうが、全て帝国のものだ。すなわち皇帝陛下に帰属せねばならない」
「殿下……帝国の法令や規定は理解しております。ですが、この鉱物を宝石に加工できる技術は、シルバーヴェル家との取引を望むドワーフにしかできません。ドワーフは帝国民ではありませんわ」
見ているアリーヌがハラハラするほど、オレリーの挑発的な返答はアレクシスを苛立たせた。
「ハッ、俺を脅して、取引しようとしているのか?」
「はい。『顔だけ令嬢』と呼ばれた私が、畏れ多くも、殿下に取引を持ち掛けているのです」
「『顔だけ令嬢』は自分の美しさに自惚れた、ずいぶん厚かましい性格のようだな! それで俺は何を得られるというのだ?」
オレリーは、アレクシスの苛立ちをよそに涼しい顔で答えた。
「私の後ろ盾となって下されば、アレクシス皇太子殿下の輝かしい名誉が、後世にまで残ることをお約束いたしますわ」
「そんな約束を信じるとでも……箱入りの『顔だけ令嬢』にそんな力があるわけないだろ!」
そう言い放ったアレクシスをオレリーは冷ややかな目で見つめ、ハァーッとため息をついた。
(オレリーお姉様……どうなさるおつもりかしら。これ以上、殿下がお怒りなったら、どうしたらいいの)
アリーヌの心配そうな様子に、オレリーは大丈夫と言わんばかりに、ニコッと微笑んだ。
「今から、殿下にプレゼンをさせて頂きますわ」
「プレゼン……ト?」
(プレゼンは通じないわね! 前世で駆け出しの頃は、よく朝方までプレゼンの準備をしたわ)
「殿下、こちらをご覧下さい。アリーヌも近くにいらして」
オレリーはそう言うと、手のひらにのせた美しい宝石を差し出した。
窓からの太陽の光を受けて、宝石はオレリーの瞳を思わせる美しいエメラルドグリーンに輝いていた。
「エメラルドですね。本当に美しいですわ!」
「確かに美しいが……希少な宝石とは言え、すでに流通している宝石だ」
「ええ、確かにそうですわ……エメラルドでしたらね」
そう言うと、窓のカーテンを閉め、テーブルのランプに明かりを灯した。
「どうぞ、もう一度この宝石をご覧下さい」
アレクシスとアリーヌは、オレリーの手のひらをのぞき込むと、二人とも声にならない驚きの表情をした。
「なんて不思議なの! ルビーに変わっていますわ!」
「手品か? これは一体……」
「手品ではありませんわ。一つの宝石で二つの表情を持つ、魅惑的な宝石なのです、殿下」
よほど驚いたのか、二人とも唖然とした表情のままだ。
オレリーは、心の中でガッツポーズをした。
「この宝石の鉱山はどうやって見つけたんだ? まさかオレリー嬢ではあるまい」
(殿下に全てを明かす必要は……ないわね)
「シルバーヴェルは、地形も複雑で活火山が多い地帯だったと家門の史料にあり、地質学を研究していた高祖父がダイヤモンド鉱山を発見しました。いつかは鉱脈が枯渇することを見越して、研究を続けておりました」
「それで新しい鉱山を発見したと?」
「その通りですわ。シルバーヴェルは作物が育ちにくい領地ですが、良質な鉱山には恵まれたようです。そして、この鉱物を宝石に加工できるのは、高い錬金術を持つドワーフ以外にはおりません」
説明を終えると、アレクシスがパチパチと拍手した。
「降参だ。俺が、令嬢の後ろ盾になろう。俺の名誉が、どうやって後世に残るのか楽しみにしているぞ」
それを聞いたオレリーは、アリーヌと手を取り合って喜んだ。
(やっとスタートラインに立てたわ。これからが本当の戦いね)




