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2.始まりのデビュタント

 ついに、今日――デビュタントボールの扉は開かれた。

 

 シャンデリアが煌めく王宮のホールに、侍従長の声が高らかに響き渡った。

 

 「ルシアン・シルバーヴェル小辺境伯、今年デビュタントを迎えたオレリー・シルバーヴェル嬢のご入場です!」

 

 誰もが待ちわびたその瞬間、まるで時が止まったかのように、人々はオレリーから目が離せなかった。

 

 「まぁ、ご兄妹でここまで美しいとは! オレリー様の美しさは本物ですわ」

 

 「ふんっ、美人だからって勿体ぶって、どうせ『顔だけ』でしょ」

 

 人々の感嘆や妬み、様々な感情を含んだ囁やきが、さざ波のようにホールに広がった。

 

 「大丈夫か? オレリー」

 

 「お兄様……もう無理。緊張で手の震えが止まらないの」

 

 「オレリー、とりあえずスマイル! スマイル!」

 

 「なによ、その適当なアドバイス! 初めての舞踏会なのよ……視線が怖いわ」

 

 オレリーの心臓はずっとドキドキと跳ね、歩く足もフワフワと力が入っていないように感じた。

 

 「そう緊張するなって。どうせダンスで相手の足を何回も踏むんだから、カッコつけても一緒だぞ」

 

 ギュ、ギューッ。

 

 「イテテテ、そんなヒールで足を踏むなよー。今日を楽しみにしてただろ、心配するな、思いっきり楽しんで来い!」

 

 (お兄様、本当は私の緊張を解そうとしてくれているのよね……)

 

 オレリーは、こうやって戯けながらも気遣ってくれる優しい兄が大好きだ。

 

 (だけど、こんなにぎこちない歩き方……後でどんな陰口を言われるのかしら)

 

 しかし、そんな心配とは裏腹に、オレリーの仕草は蝶が舞うように優雅で美しかった。


 (あらあら、あんなに緊張なさって。でも、やっぱりお嬢様は完璧です! 他のご令嬢から、余計にやっかみを買いそうですけど)

 

 サラは苦笑いしつつも、誇らしい気持ちでシルバーヴェル兄妹を見守っていた。

 

 今宵、サミとサラは招待を受けた男爵家の子息令嬢として出席していたのだった。

 

 ◇

 

 「公爵……お前、またそんな端でワインばかり飲んでいるのか? レディたちがお前と踊りたがっているだろ」

 

 そう声を掛けられてゆっくりと振り向い眉目秀麗な黒髪の男は、帝国の守護と名高いアレクサンドル公爵家の若き当主ロシュディだ。


 『ハァ? 面倒くさい』と言わんばかりの顔で、ジロリとこちらを睨んでいる。

 

 燃えるような赤い瞳は、『時の精霊エーテル』の加護を授かったアレクサンドル家直系の証。

 

 この世界では、いつからか選ばれし者が『精霊の加護』という力を授かり、精霊の属性にあわせてオーラを使用するようになった。


 そして、それは今では代々受け継ぐ力となっている。


 今では、シエロ帝国でその力を持つのは、皇室、アレクサンドル家、シルバーヴェル家、リッジ家の4つだけだ。


 (まったく……この色男が! もっとその恵まれた武器を利用しろよ)


 帝国の皇太子アレクシスは、従兄弟の顔をマジマジと眺め考えていたが、それを見透かしたようにロシュディが口を開いた。

 

 「殿下、それは男のクズですよ……。ダンスは殿下がすれば良いでしょう。ほら、令嬢たちが熱い視線を送っていますよ」

 

 「そうさ、輝く金髪に高貴な紺碧の瞳! 俺が美しいのは認めるよ。 だけど、隣国との縁談を内密に進めているんだぞ。レディとの火遊びは我慢するしかないだろ!」

 

 「殿下、あなたって人は……。ああ、そうだ、他にも適任者がいましたね」

 

 ロシュディはそう言うと、顎をくっとタハールの方に向けた。

 

 「いやいや、冗談でしょ! いくら側近だからって……爪を研いで待っている令嬢たちの中に突っ込めと!?」

 

 ロシュディと共に皇太子の腹心の部下であり、二人の幼馴染でもあるタハール・ベリルは、口いっぱいにローストビーフを頬張りながら叫んだ。

 

 「僕、今日は妹を守るように父上に言われているんです。アリーヌが変な野郎に絡まれたら追い払わないと……父上からゲンコツを食らうのは、もうご免ですよ」

 

 そう言って、子犬のような人懐っこい瞳で二人を見つめた。

 

 (どいつもこいつも! どうしてそんなにレディの相手を嫌がるんだ? まぁ、アリーヌは成人前だからガード役は仕方ないか)

 

 タハールにもはぐらかされたアレクシスは、逃がさないとばかりにロシュディの肩をグッと掴み、耳元で囁いた。

 

 「公爵、今日という日がどんなに重要か分かっているのか? シルバーヴェルの軍事力は無視できない。なんとしてもローズ皇妃より先に、『顔だけ令嬢』を魅了しろ」

 

 「今回は……気が進みませんね」


 たびたび社交界で浮名を流しているが、全てアレクシスからの任務だ。


 ロシュディにとって恋愛は、あくまでも政争の道具に過ぎなかった。


 しかし、デビュタントを迎えたばかりの令嬢相手は少し良心が痛んだ。

 

 「なっ、めっちゃくちゃ美人なんだぞ! ほらっ、見てみろよ!」

 

 「ハァ、そういう意味でありませんよ、殿下。それに、野郎どもの後頭部しか見えませんが?」

 

 「はぁっ!? あいつら獣かっ」

 

 オレリーは、殺到する令息たちに囲まれ、すでにウンザリしていた。

 

 ◇


 「お兄様、オレリー様ってすごく美しいわ! ほ・ん・と・う・にっ! わたしのお姉様になって欲しい!」

 

 タハールの妹アリーヌは、兄の背中をバンバン叩きながら興奮気味に叫んだ。

 

 「アリーヌ! お姉様って……意味を分かっているのか!?」

 

 「何を言っているのお兄様、当たり前じゃない! 早く、あのデリカシーの無い令息たちを蹴散らして、ダンスを誘ってきてよ!」

 

 「アリーヌ、あの人だかりの中、令嬢が見えるのか?」

 

 「ええ、殿下は頭が固いですわね。上がダメなら下ですわ、令息たちの足の隙間から覗きましたの」

 

 (伯爵家の令嬢が!? やりたい放題だな。ほんと楽しませてくれるよ)

 

 楽しそうなアレクシスを尻目に、ロシュディはワインを一気に飲み干した。

 

 ◇

 

 「ねぇ、サミ、サラ、私ならもう大丈夫よ。あなたたちも舞踏会を楽しまなきゃ」


 オレリーは、『お花を摘みに』と令息たちをかわし、やっと一息ついたのだった。


 「お側を離れるわけにはいきませんよ! お嬢をお守りするように、ジャメル様から……」

 

 「サミ……さっき令息たちに押しのけられて、端の方まで流されてたじゃない。私、ちょっと探しちゃったわ」

 

 サミはバツが悪そうに頭を掻いた。

 

 「あら、お父様とお母様は陛下と話し込んでいるわ。今なら、少し離れても分からないわよ」

 

 「お嬢様、そういうことではありません! サミもしっかりしなさいよ」

 

 「サラ~、お兄様もダンスを楽しんでるし、私も自由を楽しみたいの。ほんの少しの時間でいいから、ねっ! お願い!」

 

 (今日はお嬢様にとって初めての舞踏会……お気持ちもわかるわ。それに、今後はお一人で社交界と渡り合わないと……)

 

 「もうっ、少しの間だけですよ」

 

 「サラ、ありがとう!」


 少し離れた所から、ロシュディは狙いすました獲物を見るように、まっすぐオレリーを見つめていた。

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