18.離婚の決断
安堵して寝入っているロシュディを起さないように、オレリーはそっと寝室を抜け出した。
「サラ」
「ん……オレリー様? どうなさいましたか?」
「静かに聞いてサラ。 私は、今からこの屋敷を去るわ……私は強くならないといけないの。守られるだけじゃ駄目なのよ!」
「オレリー様、まだお休みになっていないと……それに仰っている意味が……」
「今回の事で身をもって分かったの。ロシューの役に立つどころか足を引っ張って、それに……この子まで失いそうになったのよ。このままの弱い私では、いつか全てを奪われてしまうの」
「オレリー様は公爵夫人なのですから、公爵様が守るのは当然のことですわ! お気になさる事では……」
(ごめんなさい、加護を授かったことは明かせないの。噂が広まれば、邪な心から私を得ようとする人も出てくるわ。それに二つの『精霊の加護』の血が流れるこの子を……ロシューとこの子を守るために私は)
夜中に突然起こされたサラは、ポカーンとして聞いていたが、オレリーのただならぬ様子にだんだん頭が冴えてきた。
(とにかく今は、全力でオレリー様のお力になるのよ!)
すぐさまオレリーと自分の身支度を済ますと、双子の間で決めている合図でサミを部屋に呼んだ。
状況を把握したサミは、静かに馬小屋から馬を2頭用意し、すぐに屋敷を出られるように準備した。
「これからルシアン様の一行と合流する予定です。オレリー様は俺と馬に乗りましょう」
「サミ! オレリー様は今、お体が……」
オレリーは、注意しようとするサラを遮り、首を横に振った。
全力で馬を走らせている小さな二つの影が、みるみるうちにルシアンの目の前に近付いた来た。
「オレリー!」
「お兄様!」
二人は、そう言うと抱き合って無事に会えた喜びを分かち合った。
「大変な目に遭ったな……もう大丈夫だ。今は時間がない、急ごう」
オレリーとサラを辺境伯家の馬車に乗せると、すぐさま領地へ出発した。
◇
「オレリー?」
ロシュディが目を覚ますと、隣にはオレリーの姿はなく、温もりも感じられなかった。
「オレリー!」
必死でオレリーの姿を探すロシュディは、テーブルの上に見慣れない小さな箱があることに気付いた。
急いで中を開けると、小さなエメラルドが嵌められたブレスレットと手紙が入っていた。
『ロシュー、こんな形であなたの元を去ることをどうか許して下さい。全てを失う前に力をつけて、自分で幸せを守れるようになりたいの』
両親を亡くした時以来、決して流したことのなかった涙が、とめどなくロシュディの頬を伝った。
「こうして離縁状を置いて、俺を一人にするのに。君の瞳の色と同じブレスレットを置いていくなんて……」
不穏な空気を察知して、ギョームがやって来た。
「ロシュディ様……今すぐ追いかけては……」
「追いかける? オレリーの気持ちを無視してか? それに、私はもうオレリーを失うことの方が恐ろしいんだよ。全ては不甲斐ない俺が招いた結果なんだ」
「しかし、このままでは……離れることで奥様をお守りできると? 奥様はさらに危険に晒されてしまします!」
「いや……私が取引に応じれば解決するだろう。ギョーム、離縁状を陛下に……」
(取引? ロシュディ様は何をなさるおつもりか? しかし、ロシュディ様が決めたことだ、これ以上の口出しは……)
ギョームは黙ってそれを受け取った。
「胸を引き裂かれるということは……こういうことなんだな。……知らなかったよ」
声をころして嗚咽するロシュディを残して、ギョームはそっと扉を閉めた。
◇
馬車に揺られ領地シルバーヴェルへ急ぐ道中、二人は過ぎてゆく風景をただ黙って眺めていた。
(あら? オレリー様、指輪を……)
ふと、オレリーの左薬指に『エーテルの指輪』が嵌められたままなのに気付いた。
「あの、オレリー様……その指輪はどうして置いて来られなかったのですか?」
サラは、我慢できず思い切って訊ねた。
それは昔から仕えている自分の主人が、たとえ命の危険に晒されたとしても、簡単に愛する人を捨てるとは信じられなかったからだ。
オレリーは、しばらく指輪に触れながら何かを堪えている様子だったが、「ふーっ」と一息吐くと思いを話し始めた。
「今は全てを話すことは出来ないの、ごめんなさい。……ロシューを心から愛しているわ、この子も。だけど、愛する人たちを守るためには、強くならなければいけないの、絶対に」
サラは、ずっと近くでオレリーがロシュディへの想い育んでいたのを見ていた。
(本当にどうにもならないのかしら……棘の道を選ばれたのは、公爵様やお子様を深く愛していらっしゃるのね)
「オレリー様、どーんと来いです! どこまでもご一緒しますから!」
二人で手を取り合い、泣きながら笑い合った。
シルバーヴェル家に馬車が着くと、父と母が一目散に駆け寄って来るのが見えた。
「オレリー!」
「お父様! お母様!」
しばらく言葉も無いまま、三人で抱き合って親子の再会の喜んだ。
◇
「懐かしいわ、アルバンの淹れる紅茶……相変わらず美味しい……」
「これからは、毎日飲めるぞ」
父ジャメルは、オレリーの前にこれでもかとスイーツを並べさせた。
「ああ、もうっ、もどかしいわね」
母セシルが、皆が遠慮していた空気を一刀両断した。
「そ、そうだな。セシルの言う通りだ。オレリー、やっぱり公爵が軟弱すぎて嫌気が差したんだろ? そりゃそうだな、大口叩いておきながら守れなかった上に、あんな令嬢まで屋敷に引き入れて……」
言い終わらないうちに、セシルから脇腹にパンチを食らったジャメルは「うっ」と痛みを堪えると、その後の言葉を飲み込んだ。
「あなた、余計なことは言わないの。オレリー、授かった命を一番に考えましょう」
セシルがサラッと言った言葉に、その場にいる全員が凍り付いた。
「えっ?」
ジャメル、ルシアン、サミ、アルバン……狼狽える男どもを制して、セシルは続けた。
「母親だから分かることもあるのよ。ゆっくりでいいから、オレリー、あなたの考えを聞かせてちょうだい」
「お母様……ありがとう」
オレリーは、真っ直ぐ前を向いてお腹の子への想い、そして自立した母になる決意を話した。
「……オレリー、お前の気持ちはよく分かった。お前たち、悪いが席を外してくれ」
ジャメルはそう言うと、家族だけを部屋に残した。
「ルシアンから聞いたよ……ローズ皇妃殿下、エリカ嬢、そして恐ろしい呪いの脅威をな。……しかし、子が授かったとは」
「いや、俺も気付かなかったよ! 責めているわけじゃないんだ……だけど、お前が不憫に思えて」
「お父様、お兄様も不憫だなんて思わないで。この子を授かって、私はとても幸せなの」
「……そうだな。しかし、父としてできる限りのことをしたいんだ。私たちは家族なんだから、もっと頼ってくれ」
「そうよ、気持ちは分かるけど、一人で頑張らなくていいのよ」
「兄もいるぞ! 協力して助け合うことも大事だぞ」
オレリーは、父や母、兄の優しさが身に染みて、自分が家族から愛されていることへの感謝が温かく心に広がった。
まだまだストーリーは続きますが、物語のどこかで心に残る場面がありましたら、ひと言だけでも感想やリアクションをいただけますと、とても励みになります。
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