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11.エリカの企み

 うんざりした表情でサラがオレリーの自室にやって来た。

 

 「オレリー様、またエリカ様がお越しになりましたが、追い返しましょうか?」

 

 「サラ、追い返すだなんて……ふふっ、大丈夫よ。応接間にお通ししてね」

 

 「エリカ様、こんにちは」

 

 「こんにちは、オレリー様。もうお作りされているかもしれませんが……一緒に刺繍でもと思いまして、参りましたの」

 

 (ほんっと、男受けしそうな顔ね。公爵様の回りを蠅のようにブンブン飛び回って、目障りったらありゃしないわ。騎士たちも鼻の下伸ばしちゃって。まぁ、オレリー様のお美しさには敵いませんけどねっ)

 

 そう思いながらサラは、今日はエリカがどんな嫌がらせをしてくるのかと、イライラしながら様子を窺っていた。

 

 「刺繍?」

 

 「まぁ! ご存じないのですか? 三日後に開かれる皇室主催の狩猟大会ですわ。確か、ロシュディ様も参加するはずですが……」

 

 エリカは意地悪く歪めた口元に手をやり、大げさに憐れむよう表情で答えた。

 

 「えっ? ロシューが……」

 

 エリカは、オレリーが『ロシュー』と呼んだのを聞き逃さなかった。

 

 「オレリー様は、ロシュディ様のことを『ロシュー』とお呼びになって? その呼び名、今ではご両親以外に呼ばれるのを酷く嫌っていたはずですわ」

 

 キッと睨むような目つきでオレリーに言い放った。

 

 「えっ、それはロシューが、いえ、夫が許してくれました」

 

 オレリーが無邪気に答えると、エリカの目は三角にますます吊り上がって行くのだった。

 

 (プッ、オレリー様にマウントを取るつもりが、返り討ちにあっているじゃない)


 「き、急に気分が……失礼しますわ!」

 

 そう言うとエリカは、不愉快そうに帰って行った。

 

 入れ替わりにサミが応接間に入って来た。

 

 「今、エリカ嬢、すんごい鬼みたいな形相してましたけど」

 

 「あら、サミ! 急にエリカ様のご気分が悪くなられたのよ、心配だわ」

 

 サミは、オレリーの本当に心配そうな表情とサラの涼しげな表情を見て、状況をすぐに理解した。

 

 「ところで、サミ、あなた何しに来たのよ? 公爵様にオレリー様の専属護衛は外されたはずでしょ」

 

 「なんだよ、用事がなけりゃお嬢に会いに来ちゃいけないのかよ」


 「また、お嬢って……オレリー様でしょ」

 

 「ふふっ、サミ、なんだか久しぶりね。公爵家の騎士様たちとちゃんと仲良くできてるの?」

 

 「お嬢に子供扱いされたくないですよー!」

 

 久しぶりに三人が幼馴染に戻ったようだった。

 

 「コホンッ、えー、オレリー様に三日後の狩猟大会の護衛についてお伝えに参りました」

 

 「三日後の予定を今いうの? 公爵家の方々は、どういうおつもりかしら」

 

 サラが不満そうに眉をひそめた。

 

 「きっと皆さん準備でお忙しいのよ。それよりハンカチに刺繍を大急ぎでしなきゃ!」

 

 「いや、オレリー様、護衛の話……って、ちょっと聞いてます!? それに刺繍……できないでしょ!」

 

 ◇

 

 「ロシュディ様、奥様の護衛はサミに任せて宜しいですか?」


 「ああ……フンッ、やつは幼馴染だ、命を懸けてオレリーを守るだろう。それより、狩猟大会は皇太子殿下の命を狙う絶好の機会だ。俺は全力で殿下の護衛にまわる」

 

 (もちろん皇太子殿下の護衛が優先なのは理解できますが、まだ不慣れな奥様をもう少し気にかけた方が……。とは言え、ロシュディ様のお立場では無理もないか)

 

 ギョームはグッと言葉を飲み込んだ。


 その日の夜、ロシュディはオレリーと久々に夕食を共にしていた。

 

 「オレリー、聞いたと思うが、護衛はサミに任せている。狩猟大会は安全な所で楽しんでくれ」

 

 「はい! ありがとうございます。ロシューも怪我をなさならないで下さいね」

 

 「危険はないさ。使用は禁じられているが、精霊の加護を持つ者はオーラも使えるからね」

 

 「ロシュディ様、今年の優勝賞品は珍鳥『カカポ』の雛でございますよ」

 

 ギョームがワインを注ぎながら答えた。

 

 「……カカポ?」

 

 「ああ、オレリーは知らないのか。帝都では有名な珍鳥だよ」

 

 「さようでございます、奥様。『カカポ』は、淡い緑色の羽毛を持ち、その羽は光を反射して輝くように見えるので、神々しい姿から光の精霊の使いとも呼ばれております」

 

 「そうなのね、とっても興味深いお話ですわ」

 

 オレリーは、目をキラキラさせて『カカポ』に興味津々だ。

 

 「フフフ、奥様のために是が非でも優勝しなければいけませんね、ロシュディ様」

 

 「そうだな」

 

 「ロシュー、私、一生懸命応援いたしますわ!」

 

 (わが妻は、本当に俺のことを何も知らなかったのか……)

 

 他国との戦にも出征し、帝国の守護とも称えられるロシュディは、皇太子殿下の身に何も起こらなければ自分が優勝することを確信していた。


 ◇


 皇室主催の狩猟大会の開会が、華々しく皇帝より宣言された。

 

 眩しいほどの晴天に映えるロシュディの騎士姿は、見物に訪れた令嬢たちの視線を集めたが、オレリーも負けず劣らず注目の的であった。

 

 「麗しの公爵夫人は、どこでも目立つな。ロシュディも気が気じゃないだろ」

 

 「ハッ、殿下。そんな悠長なこと言っている場合ではないでしょう。いつ狙われるか分からないのに」

 

 アレクシスは、小さく口を窄めながら「分かってるって」と呟いた。


 とそこへ、エリカが躊躇いながらやって来た。

 

 「帝国の小さな黄金の太陽……」

 

 「挨拶はよい、公爵に用があるのだろう。行くぞ、タハール」

 

 チラッとロシュディを見やって、ご愁傷様と言わんばかりの笑みを浮かべて二人は立ち去った。


 「ハァー、どうしたんだ?」

 

 任務に集中したいロシュディは面倒くさそうに答えた。


 エリカは泣き出したい気持ちを抑え、おずおずと刺繍を施したハンカチを取り出した。

 

 「狩猟大会の無事を祈って、ロシュー様にどうしてもこのハンカチをお渡ししたくて……」

 

 『ロシュー』とエリカが口にした瞬間、みるみるうちにロシュディの顔に怒りの表情が浮かんだ。


 ロシュディにとってその名は、両親との思い出がつまった特別な名であり、誰にも穢されたくない――両親が遺してくれた宝物という思いがあった。

 

 「その呼び名を許した覚えはない」

 

 冷やかな言葉は、エリカの心臓をグサリと突き刺した。

 

 「ご、ごめんなさい! 公爵夫人がそう呼んでいらっしゃったから、つい」

 

 「つい、なんだ? 身の程をわきまえろ」

 

 ロシュディが立ち去ろうとすると、エリカは悲痛な声で叫んだ。

 

 「これ! 私が、一生懸命作りましたの。どうか、これだけでも受け取って下さい」

 

 こういった場で令嬢が渡す、刺しゅう入りのハンカチの意味は分かっていた。

 

 しかし、そこがこの男の拙いところ、涙をうっすら浮かべ懸命に縋るエリカを突き放すこともできず、安易に考えて受け取ってしまった。

 

 この場にギョームがいれば、「新妻のいる男が、易々と他の女の好意を受け入れてどうするんですか!」と叱られていただろう。

 

 そのやり取りを木陰からオレリーとサミが見ていた。

 

 遠くから見るロシュディとエリカは、まるで逢引きをしているような、切ないやり取りをしているように見えた。

 

 サミは、オレリーを心配そうに見た。

 

 「オレリー様……あれは、ほら、お二人は小さい時からの付き合いでしょうし。俺たちみたいな……」

 

 「ええ、分かっているわ」

 

 そう言ったオレリーの手には、夜遅くまで一生懸命に刺繍を施したハンカチが握られていた。

 

 (クソっ、公爵め! ふざけたマネしやがって)

 

 サミの怒りは、ますます強いものになっていった。

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