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1.噂の『顔だけ令嬢』

 その年の17歳のデビュタントボールは、前代未聞とも言うべき異様な熱気に包まれていた。

 

 

 「ようやく、噂のご令嬢とお会いできますね」


 「今宵の主役は、間違いなくシルバーヴェル辺境伯家のオレリー嬢でしょう」

 

 「ええ、そうですわ。どなたもお見かけしたことがない『顔だけ令嬢』ですもの」


 

 貴族たちは思い思いに噂話をしながら、『顔だけ令嬢』の入場を心待ちにしていた。

 

 それもそのはず、シルバーヴェル辺境伯領を訪れた帝都の商人は、口を揃えて必ずこう言うのだ。

 

 

 『あんなに美しいご令嬢は見たことがない!』

 

 『帝国を飛び回る俺達が言うんだ。間違いないさ』

 

 

 広まる噂に興味の熱は高まるばかり。

 

 しかし、ジャメル・シルバーヴェル辺境伯は、娘オレリーを領地から一歩も出さず、訪れる数少ない貴族の前にも出さなかった。

 

 帝国の北の果て。


 いつしかその謎めいた存在は、貴族たちから皮肉交じりに『顔だけ令嬢』と呼ばれるようになってしまった。


 ◇

 

 ――遡ること三ヶ月前。

 

 シエロ帝国の北方、シルバーヴェル領では、お祝いムードが高まりを見せていた。

 

 辺境伯の屋敷内では、使用人たちが忙しなく動き、三ヶ月後に控えたデビュタントの準備に大わらわだった。


 「父上、少し落ち着かれてはいかがですか?」

 

 ルシアンは少しうんざりした様子で、父ジャメルに話しかけた。

 

 父親似の濃いピンク色の髪、深みのあるアンバーアイが魅惑的な美男子――オレリーの兄である。

 

 父子は国境地帯の視察を終え、久々に庭園で一家団欒のティータイムを楽しんでいた。

 

 「あなた、本当にルシアンの言う通りですよ。そうウロウロされると、せっかくのティータイムが楽しめませんわ」

 

 「そうは言うが……セシル、大事な娘のデビュタントを前に、心穏やかに過ごせる父親なんているのか?」

 

 「大袈裟な、あなたが必要以上にオレリーを隠すからでしょ。『顔だけ令嬢』なんて、変なあだ名まで付けられてしまって。一番の被害者はオレリーですよ」

 

 「……いや、それはそうかもしれんが……身の程を知らない若造が、まだ幼いオレリーに惚れたらどうする?」


 ここまで親バカが過ぎると屋敷中の誰もが呆れたが、それほどオレリーの美しさは際立つものがあった。


 「確かに、お嬢が“じゃじゃ馬”だと知らない人は、ひと目で虜になるでしょうね」

 

 オレリーの護衛騎士サミはそう言うと、軽くウィンクした。

 

 「言ったわねー、サミ!  私、“じゃじゃ馬”じゃないわよ!」

 

 「そうよサミ、お嬢様を“じゃじゃ馬”だなんて、“お転婆”と言いなさいよ!」

 

 「……サラ、それ、ほぼ同じ意味だろ!?」

 

 オレリーの後ろで、軽快に息の合った掛け合いを見せる、双子のサミとサラ。

 

 双子はオレリーより3つ年上の男爵家出身。


 シルバーヴェル家兄妹の幼馴染であり、今ではオレリーの専属護衛と侍女を務めている。

 

 「オレリー、デビュタントで着るドレスは気に入ったの? あなたの柔らかい雰囲気に似合うようデザインしたって聞いたけど。純白と決まっているから、つまらないわ」

 

 「ふふふ、お母様ったら……とっても素敵なのよ。後でジュエリーを一緒に選んでね」

 

 オレリーは淡いピンク色の髪を風に揺らし、澄んだエメラルドグリーンの瞳を輝かせて微笑んだ。

 

 「本当に美しいな……」

 

 サミが囁くようにポツリと呟いた。


 ◇


 「ねぇ、サラ、サミ、私って帝都の社交界で『顔だけ令嬢』って呼ばれてるのよね」

 

 オレリーは、ティータイムに用意されたマカロンを頬張りながら、ゆっくり双子に話しかけた。

 

 「あっ、お嬢様、マカロンを一口で! ……『顔だけ令嬢』と噂するなんて愚か者ですわ。お嬢様は完璧ですもの!」

 

 オレリーは紅茶を一口飲むと再びゆっくり口を開いた。

 

 「ティータイムのスイーツのことばかり考えて……先生の授業もサボって、宝石にばかり夢中なのに? 紅茶も満足に淹れられないわ」

 

 サミは我慢できずに吹き出した。

 

 「プッ、おまけに刺繍やピアノもできないですもんね。お嬢、もしかして本当に正真正銘の『顔だけ令嬢』なのでは!?」

 

 「サミ! あなたねぇ、お嬢様が優しいからって調子に乗って」

 

 「いいわよ~、サラ、本当の事だもの。それに噂も全然気にしてないわ」

 

 「確かに、毎日のスイーツには目がないですし、授業も抜け出されるし、刺繍にピアノも正直下手です」

 

 「耳が痛いわ、サラ」

 

 「ですが、デビュタントのための厳しいレッスンは時々サボり……いえ、励んでおられるじゃないですか!」


 (だって……『変なあだ名を見返すんだ』って、お母様がデビュタントのレッスンだけは見逃して下さらないんだもの)

 

 「でも、お嬢様の美しさが毒になることもありますから、お顔以外は魅力がないくらいで丁度良いかもしれません」

 

 「えっ、毒?」

 

 「お嬢様の美しさが誰かの激しい嫉妬や執着を引き起こす……かもしれない、ということです」

 

 「サラの言う通り、顔以外はガサツと思われて丁度良いんです。ジャメル様がお嬢を隠すのは、そういう厄介ごとから守るためですよ」

 

 「ガサツは嫌よ! 私だって他のご令嬢のように、華やかな帝都で素敵な方と出会ってみたいもの!」


 「お嬢、それは恋愛小説の読み過ぎです。帝都の男は、そんな素敵な王子様ばかりじゃありません。現実は、中身空っぽの男たちが蟻のように群がって……」

 

 「サミ、想像したら……気持ちが悪いわ」

 

 (お嬢の美しさは『顔だけ』じゃないさ。それを知っている男は俺だけでいいんだよ)

 

 「ちょっと、サミ! 品がないわよ」

 

 サラはサミを軽く睨みつけたが、サミの想いを知ってか、少し呆れた様子で『フウッ』とため息をついた。


 「お嬢様、くれぐれもデビュタントでは貴族……特に殿方にはお気を付け下さいませ。くどいようですが、外の世界は甘くないのです」

 

 まだ本当の意味で外の世界を知らないオレリーは、キョトンとした表情でサラを見つめている。

 

 (デビュタントボールで何も起こらなければいいけど……)

 

 サラとサミは漠然とした不安を感じた。

長いストーリーが始まりますが、物語のどこかで心に残る場面がありましたら、ひと言だけでも感想やリアクションをいただけますと、とても励みになります。

感想へのお返事は控えさせて頂きますが、大切に読ませていただきます。

よろしくお願いします。

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