猫の手
「ああもう、忙しい忙しい」
誰ともなくそう口にする。
繁忙期に入り、社員全員が落ち着きなくせかせかと動き回っているある小さな会社での出来事だ。
そんな慌ただしい空気の中で、一匹の猫が大きくアクビをした。
いつの間にか会社に居着いていた猫で、社員みんなに可愛がられている艷やかな毛並みの黒猫だった。
「ああもう、クロスケ、お前も働いてくれよ。猫の手も借りたいんだ」
ほんの少しできた空き時間に社員の誰かがそんなことを言う。すると黒猫はにゃおと一言返事をした。
「手伝ってくれるってよ」
そんなやりとりを聞いていた社員のみんなは軽く笑うと、また自分たちの仕事に戻っていった。
その日の夜、社員が全員帰ったあとの社内を黒猫が歩き回る。そして普段は隠している二又の尻尾を器用に操ると、パソコンのキーボードをカタカタと叩き始めた。
翌日になり出勤した社員たちは、昨日より少しだけ仕事が進んでいるような、と首を傾げながらも、きっと忙しさで勘違いしただけだろうと判断して自分たちの仕事に戻っていった。
そんな社員たちの様子を気にも留めずに黒猫は今日も窓際でアクビをしている。
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