崩壊する日常
『え~大丈夫でしたかエミさん?』
〈ケガはしてない?〉
【今なんともなくても後でどっか痛かったりしたら
すぐに言うんだよ】
作戦会議で今日の転倒を報告したエミに、全員が心
配の声を寄せた
エミとしては転倒した事による物理ダメージより、
心理的なダメージが大きいのだが、、、
「ありがとう、でも本当に何ともないから、た
だ…」
〈ただ、どうしたの?〉
晴子に尋ねられ、水木に言われた事を告げた、もし
後続に車がいたら、もしプロテクターを付けていな
かったら、と…
『うわぁ、ホントですね、さすが水木教官…』
〈ホントにね、やっぱりバイクに乗る時はしっかり
集中していかないとね〉
”集中…” その言葉がエミに重くのしかかった
【ただね~、公道走ってるとどうしても避けられな
い事故ってのはあるから、さ、その時に如何にダ
メージを小さく出来るかは備えと心構えだね】
「心構え??」
〈備えはなんとなく分かるけど??〉
【やっぱ事故に備えて「かもしれない」運転してる
とさ、咄嗟の時に動きが変わってくるから】
「どういう感じですか?」
『ちょっとよく分からないです…』
エミとミキの問いに須賀は
【例えば歩道を小さい子供とかご老人の乗る自転車
が走ってるとしよう】
『フムフム…』
【その自転車が突然転んで車道に人間が転がってく
るかもしれない、なんて想定しておくと、咄嗟の
時にやっぱ避ける動作がすぐ出来るじゃない】
〈確かにそうですね、最初に想定しておくと咄嗟
の時に動きが変わってきそう〉
【でしょ、常に怪しい動きをしそうな要因は目を光
らせておくに限るよ】
須賀の言葉には感心しきりだった、だが須賀は意外
な事を口にした
【これはね~オレもバイクじゃなくって車乗るよう
になって意識し出したんだよ、ホラ、車って、た
とえ歩行者が信号無視してきても加害者扱いじゃ
ない】
『そうですよねぇ~(汗)』
〈車ってだけで加害者ですもんね…〉
【それはバイクでも同じなんだけどね、ただ車に乗
るようになってよりそれを強く感じたって事】
須賀の言葉には何か言いようのない説得力のような
物が感じられた
〈須賀さんももしかして事故起こしたりしました?
?〉
晴子も同じ事を感じたのだろう、やや不躾な質問を
須賀に浴びせている
【オレは事故起こした事は無いかな、ただ、連れが
昔、ちょっと、ね、、】
ツラそうに言いよどむ須賀に
〈スミマセン、イヤな事聞いちゃって…〉
すかさず謝る晴子だったが、当の須賀は
【いいよいいよ、それより皆がそれを知って安全運
転してくれると嬉しいな】
どこまでもイケおぢな須賀であった…
その日の"作戦会議"は、終始バイク談義に花を咲か
せ、メイクの話題は一切出てこなかった
エミとしては当面の問題から目をそらすべく、常に
メイクの事を考えがちになっていた
それは逃げだと言う事を何とはなしに自覚しながら
翌朝、いつものようにいつものミニストップで晴子
と合流し、いつものように正門を通ると、またもや
ミキと川本が仲睦まじく会話を楽しんでいた
エミは極力気にしないように努めたが、むしろ晴子
の方がその様子を気にしている様子だった
〈ミキちゃんやけに川本さんと親しげだよね?セロ
ーを売ってもらうにしろ、なんだかちょっと…〉
そう言葉にして”ハッ”とした様子で口をつぐむ
「大丈夫、気にしてないよ…」
言葉とは裏腹にエミの心の中ではミキと川本の関係
への疑念が渦巻いていた
その日の15時の休憩、話は些細な事だった
〈ミキちゃんは免許取ったら通勤はセローに変える
んだよね、やっぱ?〉
晴子の問いにミキは
『もちろんそうですね、原付も便利だし、好きだけ
ど、やっぱりセローを手に入れたらそちらに変え
ると思います』
「燃費とかどうなんだろうね??」
『40㎞/ℓくらいだって”Kさん”が言ってました』
(そんな話までしてるんだ、、、)エミの心がチク
リと痛んだ
〈ま、まぁ売ってもらったバイクを大切に乗ってあ
げるのは当然の事だよね〉
エミの表情がよほどヒドったのだろう、晴子が上ず
った声で助け舟を出した
当のミキは何食わぬ顔で話を続けていたが、エミの
頭には全然内容が入ってこないのであった
「おつかれさまでした~」
同室の同僚たちに終業の挨拶を済ませ、駅に向かう
前に、用を済ませておこうとトイレに寄ったのが間
違いだった
用を済ませ、トイレの先の角を曲がる際にミキの声
が聞こえてきた
『だ~から、大丈夫ですって…』
〖本当に!?大丈夫かな??最近なんかよそよそし
くない…〗
『そんな事ないですって、考えすぎですよ!』
会話の相手はまたしても川本のようだ
『何かあったらLINEしますから、ホラ、行って行っ
て』
川本はぞんざいにミキにあしらわれ、渋々その場を
後にして行く
何もやましい事のないエミだったが、何故かその場
から足が進まないのだった
電車に揺られている間も気分は晴れず、気づけばミ
キと川本の関係ばかりを気にしていた
(ミキちゃんと川本さんって付き合ってるのかな?)
ありもしないであろう事を妄想しては1人で落ち込
んでいた、それならばミキに直接問いただせば済む
話なのだが、どうしてもそれは躊躇われた
悪い考えが頭を巡っては振り払い、それを繰り返し
ているうちに、気づけば受付で発券しているのだっ
た、教習前にプロテクターを装着している間も、上
の空で、レガースの肩パッドに腕を通すのを忘れて
教官に指摘されてしまった
(いけない!集中しなきゃ!!)
自らを奮い立たせようと努力するエミだったが、今
日は集中するのが困難だった、というのも、今日の
実技教習はミキと一緒なのだ、、
なんとも間が悪い…今はミキとは極力距離を置きた
いと思っているのだが、同時入校だけあって、教習
の進み具合も自然と似通ってくる
『今日は水木教官だから安心ですね♪』
エミの気持ちを知ってか知らずか、ミキはいつもの
調子で軽口を叩いている
二人とも第二段階の5回目の教習、シミュレーター
前の実質大詰めの教習だった
急制動もアリの総合走行実習で、見極めのコースで
ない事を除けばこれが最後とも言える重要な実走教
習、集中していかねば評価も厳しくなるところであ
ろう
エミは自らの両頬をパンパンと両手で叩くとスック
と立ち上がった
≪ 19時からの実技教習の方~ ≫
水木に呼ばれ、ミキと以前の教習で一緒になった平
岡と共にコースに向かった
≪ 今日は2段階の5回目、シミュレーターの前の最
期の教習ですね、ここでは坂道発進、スラロー
ム、一本橋、急制動、と今までの教習で練習し
てきた全ての要素が試されます、心してかかっ
て下さい ≫
『「ハイ!」』
エミもミキもここまでの教習で十分に練習に励んで
きた、特に不安要素は抱えていない、苦手だった一
本橋も川本のおかげで得意種目へと変貌を遂げた、
そう、、、川本のおかげで
(忘れよう、今は集中集中!)
イヤな考えを振り切るように教習に集中する事に決
めた、が、それは起こってしまった
コースを一通り走行し終えて、水木から離れ、急制
動の練習をしている時、コースに出て行くミキの姿
を注視してしまった、それがいけなかった
気づいた時には停止線が迫っており、あせって制動
をかけたエミの教習車は、前輪をロックさせ、転倒
してしまった
(やってしまった…)
焦って車体を起こそうとハンドルを握るエミに
≪ エンジンを切って!! ≫
水木の怒号が聞こえてきた
見れば、コースに出て行ったはずのミキも心配そう
にこちらに駆け寄ってくるところだった
『エミさん!!大丈夫ですか?怪我は??』
「大丈夫、、痛いところは今のところどこも…」
≪ エンジンを切らないでハンドルを持って車体を
起こすと、突然走り出す事があります、必ずエ
ンジンを切ってから車体を起こすように ≫
「ハイ、すみません、以後気を付けます…」
転倒による痛みはどこにもなかった、改めてプロテ
クターとは有り難い物だと思い知った、だが、それ
よりも、自分で思っているよりミキと川本の関係を
気にしてしまっている自分自身に驚いていた
『エミさん、本当に大丈夫ですか?何かあったらす
ぐ言ってくださいね』
「大丈夫、、」
『で、でも…』
「大丈夫だからっ!!!」
つい大きな声が出てしまった、ミキは驚いた様子だ
ったが、悲しそうな表情で
『す、すみません、心配だったから…』
と蚊の鳴くような声で一言もらすと、おずおずと水
木の元へ去って行った
エミの心には後悔と自責の念が渦巻いていた
(ミキちゃんは本気で心配してくれたのにアタシは)
その後はボロボロでコース走行も各種項目も酷い出
来だった、当然水木の判断としてもハンコを押せる
はずもなく、エミは初めて教習でハンコをもらい損
ねたのだった、ミキもそれは同じようでハンコは押
してもらえなかったようだ
トボトボと2人、肩を落として駐輪所に向かい、自
転車の鍵を解除しながら
「ミキちゃん…」
『ハイ??』
「話があるの…」
エミは覚悟を決めた




