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【1位感謝SS追加】私を婚約破棄した国王が処刑されたら、新しい国王の妃になれですって? 喜んで…と言うとでも?

 王都の外れの農業地帯(通称・村)のそのまた外れの、後ろは森に続く古く小さな家に、私は一人で住んでいる。


 朝日がさす大きな窓の下で刺繍をしていると、遠くから馬の(ひづめ)の音が聞こえてきたので出迎えに向かう。

 ドアを開けると間もなく馬に乗ったジェイクが庭に走り込んで来た。私より二歳年上の大柄な男が馬から降りる。黒髪が風で乱れている。

「よお、アイリス。ご希望の物を買ってきたぜ」

「ありがとう、ジェイク! 助かるわ」

 馬に積んである小麦粉や卵や砂糖を受け取る。市場でする買い物も楽しいのだが、重い物は家に運ぶまでに腕がもげそうになるので、時々ジェイクに買い物をお願いしている。

「新しいクッキーが成功したら持って行くわね。マーサおばさんと試食してみて」

 品物代に足代を足した金額をジェイクに渡す。

「新しいクッキーか。アイリスはすごいな」

「すごく無いわよ。本を見て作るんだもの」

 ジェイクが荷物運びを手伝ってくれる。

「うちの母親なんて本なんて見ないで適当に作ってるよ」

「見ないで作れる方がすごいのよ」

 テーブルの上に荷物を置くと、ジェイクは私のやりかけの刺繍に目を留めた。

「相変わらず細かい刺繍だな。よく出来るもんだ」

「ふふっ、そう見えるけど実際は同じモチーフを組み合わせてるだけなのよ」

 

 私は没落貴族の娘アイリス、23歳。五年前からここに住み、刺繍で生活している。

 刺繍と言っても、貴族用の繊細な物では無く、平民の服の布の補強のためのもの。子供服や作業着を丈夫に、華やかにしている。

 デザインは他国の民族衣装を参考にした。複雑なモチーフを組み合わせるデザインで、組み合わせ次第で小さな子供服でも大人の作業用チュニックでも合わせる事ができる。モチーフには複数の色の糸を使うので、服の色やデザインに合わせて糸を選べば、出来上がる種類は無限大なのが受けている。

 最近は、農業の片手間に刺繍をしたいという女性たちに教えてもいる。まだ商品にできるレベルでは無いが、家族は喜んで着ているそうだ。


 そんな時、遠くからガラガラという音が聞こえた。

「馬車が近付いてくる音がするぞ?」

 二人で外に出ると、朝日にキラキラ輝く馬車が家に向かって走って来るのが見える。

「……あの派手な馬車は…」

 近くになると紋章が外されているのが見えるが、キラキラするあの螺鈿細工(らでんざいく)は王家の馬車だ。

 うちの先には家は無い。目指すはここだろう。


 案の定、うちの前に馬車が止まり、中から騎士服を着た男性が身軽に降りた。

 こちらに近付いて来ると、それは私より一、二歳年下の、明るい栗色の髪に綺麗な青い瞳の、人懐こそうな笑顔の青年だと分かった。

 彼は私の前に来ると一礼する。

「突然失礼します。アイリス嬢ですね?」

 瞳が朝日に反射して金色に光った。

「どうぞアイリスとお呼びください。私は今は平民ですので」

「それではアイリスさん。私の事はカールとお呼びください」

「お心遣いありがとうございます。ですが、私には過ぎたお申し出ですので遠慮させていただきます」

 苗字を言えよ! 貴族に名前呼びなんか出来るか!


「アイリスさん、王城に呼び出しです」

と、羊皮紙をわたす。開けてみると、確かに私宛で、王城に参内(さんだい)するよう書かれている。しかも今日。


「急ですわね。私は王に謁見できるようなドレスを持っておりませんわ」

「もう王城に王はいませんよ。いるのはベータムの役人だけです」

 そうだった。

 昨年即位したアルファス王国の若き王は、今年隣国ベータム王国に戦争を仕掛け、あっさり敗北した。王族は皆処刑されたらしい。


 ベータムの役人が私に何の用なのか。

 何にせよ「行かない」と言う選択肢は無い。城まで片道2.3時間なので、一日潰れるなぁ。

 私は、念のため一着だけ持っていた飾りの無いシンプルな紺色のドレスに着替えて、長い金色の髪をハーフアップにする。

 心配するジェイクに安心するように言って、馬車に乗り込んだ。



 

 畑の中の道を馬車は進む。馬車の乗り心地はいいのだが、すれ違う人が皆派手な馬車にびっくりするのでいたたまれない。窓のカーテンに隠れる。

「目立つ馬車ですみません。何人もの護衛でがちがちに固めるより、これで行った方がいいかと思って」

「分かっております」

 (ぜい)を凝らした馬車を作るのは、財力を見せびらかすためではない。“いかにも高貴な人が乗っている馬車”にすることによって、大抵の人がその馬車に近づこうとしなくなる。それでも近づこうとする人だけを警戒すればいいのだ。馬車一つで警備の手間がずっと少なくなる。

「でも、私などに護衛など必要ありませんのに」

「そんなことありません。アイリスさんを安全に城まで届けるよう言いつかっております」

「騎士様は仕事熱心ですのね」

「安全と言えば、アイリスさんはあの家にお一人で住んでらして不用心では無いのですか?」

「ええ、村は行き止まりなので“通過する人”がいないのです。見覚えの無い人がいたら、あっという間に村中に広まりますわ。今頃、村では寝たきりのソーラばあさんだってこの馬車のことを知ってますわよ」

「でも、以前は貴族だったので、ご不自由でしょう」

「もう慣れましたわ」

 最初は大変だった。お茶を飲むのに、水汲みをして薪を割ってお湯をわかさないといけないなんて。お風呂に入ろうとしたら、半日かけて割った薪が無くなってしまうなんて。なるほど、屋敷に使用人が何人も必要なわけだ、と納得した。

 でも、今は自分の世話くらい自分でできるようになった。手抜きも覚えた。家も料理も完璧にしようなんて思わなければやっていけるものだ。


 

 王都の繁華街に入る。街は賑わい、戦争の爪痕など無いようだ。短期間で戦争が終わって良かった。

 馬車は誰に襲われる事もなく王城に着いた。

 馬車から降りると、騎士様は薄い色のレンズの眼鏡をかけて、降りる私に手を差し出す。眼鏡の騎士様は、ちょっと大人に見える。


 騎士様に案内されるままに城を進む。

 着いたのは、普通の公務室の一つだった。大きな机に向かっていた貫禄のある年配の男性が出迎えてくれる。見覚えの無い人なので、多分ベータムの役人だろう。小さな机に向かって仕事をしている十人程の文官はアルファス人のようだ。


 年配の男性に、部屋の片隅にある応接コーナーに案内される。ソファに座ると、騎士様は私の後ろに立った。もう護衛は要らないのに。

 年配の男性は、ソルドレイルと名乗った。

「さて、アイリス・コンウォール侯爵令嬢、でいいですかな?」

「いいえ、コンウォール家からは籍を抜きました。今は平民のアイリスですわ」

「それはアズール国王陛下との婚約破棄のせいで?」

「はい。当時は彼はまだ王太子でしたが…。もう五年も前です」

「いやいや、私の歳になると五年なんて“ちょっと前”でしてね。申し訳ないが、何があったか詳しく教えてもらえませんか?」


「よくある話かと思いますが…」

 私は、幼い頃から四歳年上のこの国の王太子・アズールの婚約者だった。二人は仲の良いまま成長し、このまま結婚するのだろうと、私も周囲も思っていた。

 だが五年前に、アズールがパトリシア・シモンズ伯爵令嬢と恋に落ちた。

「私はショックでしたが、人の心はどうしようもありません。シモンズ家は家格も問題ないし、パトリシア様も優秀な方でしたので、婚約者のすげ替えになっても誰も異を唱えないお相手でした。でも、それはスムーズに行かなかったのです」

 アズール様は恋に狂った。あらゆるものが自分とパトリシアを引き裂こうとしていると思い込んだ。

「私がパトリシア様と話すと彼女を(おとし)めたと言い、話さないと(ないがし)ろにしたと言う。その態度に周りの貴族が反感を持つと、私が扇動してると言う。それを注意する臣下を遠ざける。何もかも悪く受け取られ、もう、面倒くさくなってしまって…」

 私がパトリシア様を謀殺しようとしたとの冤罪をかけて婚約破棄を言い渡した時には、これで解放されると喜んでしまったくらいだ。

 証拠も無いお粗末な冤罪だが罪は罪、私は国外追放か王都追放かどこか遠い修道院か、と思ったのだが、目の届かない所に行かれても心配のようで、私は没落貴族の娘という事にして王都のはずれの村に住むことになった。


「その後は平民になったので貴族社会はよくわかりませんが、アズール様とパトリシア様は結婚しました。でも、貴族たちは長年婚約していた私への処遇を見て忠誠心を失った者も多く、王家は求心力を失いました。そして、王位に就いたアズール様はベータム王国に宣戦布告をしたのです。それは多分、戦によって貴族を一枚岩にしようとしたのと、勝利して“強い王”とアピールしたかったのだというのが、父・コンウォール侯爵の推察です」

 あ、父ももう平民になったんだっけ。

 アズール様が宣戦布告した時、もうついていけないと爵位と領地の返上を申し出て、私財を戦費に提供する代わりに領民の徴兵を無くしてもらったと、別れの挨拶に来た。今、家族はベータムと反対側のレガンマ国に移住している。まあ、「国が落ち着いたら、平民として遊びに来るから」と言ってたから、そのうちやって来そうだけど。


 そして、戦争は全然アズール様の思い通りには行かず、敗戦となった。


「これ以上のことは分かりません」

 なんせ村で刺繍しかしてませんから。

「では、あなたは王妃となる教育を受けているのですな」

「は? はい…」

「実は、いずれこのアルファスはベータム王国の属国アルファス王国となって、ベータムの王族が治めることになるのですが、それにはアルファス人の妻がいる方がスムーズにいくのではと考えまして」

 嫌な予感。

「あなたは王族の血も引いているとか」

「曾祖母が王女でしたが…それくらいの血を引いた貴族なら他にも沢山いますわ」

「私どもは是非あなたに王子と結婚していただきたい」

「私は平民ですわ。畏れ多いので遠慮いたします」

「ゆっくり考えてください」

 考えても同じです…。仕事をしてるふりをしてる文官たちが動揺してますよ…。

 

 ソルドレイル様の部屋を辞して、騎士様の先導で王城の廊下を歩く。

「お腹空きませんか?」

 そう言えばもうお昼だ。

「城の職員用の食堂があるんですが、そこでお昼にしませんか? あ! 無理言って来てもらったんで奢りますから!」

 食堂の金額ならそう高くも無いだろう。

「じゃあ、遠慮なく奢っていただきますわ」

 緊張でお腹が空いてないけど、これからまた2.3時間馬車に揺られるなら食べておいた方がいい。


 騎士様に案内されて、広い食堂に踏み入れる。厨房を覗くと、アルファス人とベータム人両方が働いていた。ベータムの料理も提供できるようにだろうが、料理法で対立しないのだろうか、などど心配してしまう。

「なんだよルクレス、ここでまで仕事かよ!」

 食事をしながら書類を読んでいた男性を騎士様がからかった。

「カールこそ、貴族令嬢をこんなむさ苦しいところに連れてくるなよ」

『貴族ではありませんわ。平民のアイリスと申します』

『え? ベータム語が話せるんですか? あ、私はルクレス・ヒキンジェと言います』

 はい、王太子妃教育で、ベータム語とレガンマ語はみっちり教えこまれました。

『ヒキンジェ様。この地図、ワルスワ領の担当ですのね。あちらは山が多いので大変でしょう』

『分かってくれますか!』

 ヒキンジェさんは自分のテーブルに私たちを座るように勧めると、書類を広げる。

『どう見ても平地だけじゃ無理な収穫量なのに、どの山のどこに畑があるのかの資料が無いんですよ~! もう、調査にどれだけの山に登ればいいんだか……』

 ワルスワ、ワルスワ……王太子の婚約者時代に、視察に行った所だ。確かあそこには領主より詳しい人が……。

『あ! リズロット家! 平民でも苗字をもらっている旧家なんですが、名主(なぬし)として領民をまとめているんです。そちらなら、どこに誰がどんな畑を作っているか全部把握してますわ』

『平民かー! 道理で見つからないわけだ。早速行ってみます!』

『あの…、行ってもベータムの方に簡単には教えないと思いますわよ』

『覚悟の上です! アイリス様のお名前を出してもよろしいですか?』

『かまいませんけど、私の事など覚えていらっしゃるか…』

 当時の私は“王家のオマケ”だ。

『絶対に覚えていますよ!』

『ふふっ。もしそうだったら、体のために煙草は控えるよう伝えてくださいね』

 何度もお礼を言って去っていくヒキンジュさん。

「やっと食事ができる」

 不機嫌な騎士様の声に吹き出してしまった。


  


 やっと村に帰って来た時はもう夕暮れだった。

 村の伝達網の早さで、馬車が家に着く頃にはジェイクの馬も着いていた。

「アイリス! 無事だったか!」

「大丈夫よ、私はただの没落貴族って分かってもらったから」

「あの~、せっかくの再会の場面にすみませんが…」

「はい?」

「今晩、私と御者をここの庭に泊めてもらえませんか?」

「何だと!?」

 ジェイクが怒りの声をあげる。

「これからまた帰るとしたら、途中で真っ暗になるんで危ないんですよ。それに、馬も夜明けから働いているんで休ませてあげたくて…」

「ふざけるな、女性の一人暮らしの家に男を入れられるか!」

「家には入りません! 庭でいいですから!」

 確かにここら辺の道は細くて足元が悪いので、暗くなってから走るのは危険だ。

「お食事はどうするのですか? 近くに食事をできるお店はありませんわ」

「携帯食があります」

 いや、庭で携帯食食べてる人がいるのに自分だけ料理できないでしょう。

「……ふう。食事は提供しますが、ベッドは無いので寝るのは馬車にしてくださいね。馬への水は、裏庭の井戸からどうぞ。飼い葉は無いので、森の草を与えてください」

「ありがとうございます!」

 早速、騎士様と御者が馬車から馬を外し始める。


 納得してない顔のジェイク。

「……アイリス」

「分かってる。食事だけだから」

「気を付けろよ」

「大丈夫。ところで、今夜と明日の分のパンを買って来てくれない? 一人分しか無いのよ。あと、余ってる食器も貸して?」

と、パン代をジェイクに渡すと

「お金を取るのか!」

後ろから騎士様の責めるような声がした。

 あー。『女性にお金を払わせない』は貴族だけの常識だと知らないんだ。平民はおかみさんが財布のひもを握ってるから女性がお金を払うんですよー。

 なんて喧嘩を売るわけにいかないので

「騎士様は、私がこの男から施しを受けろとおっしゃるので…?」

と、思いっきり冷たい声で言ってやった。

「ん、そうだな。施されるわけには…」

 うんうんと納得して馬を引いて裏庭に行く騎士様たち。

「じゃあ、私は料理に取り掛かるからパンと食器をお願いね」

「本当にあんなのを泊めるのか」

「泊めるって、庭よ。他に手は無いし」

 ジェイクはパンと食器を渡す時まで「気を付けろ」と言っていた。


 準備が終わったころにはすっかり暗くなっていた。馬車の中で休んでいる騎士様と御者様を家に招く。

 二人は、皺にならないよう部屋のあちこちに掛けてある刺繍された服に驚いたようだ。

「これは、ベータムの山岳民族の…」

「はい、そちらをヒントにしています」

「手間が掛かり過ぎると、もうベータムでも作る人がいないのに」

「実はかなり簡略化してるんですよ。他に、モチーフの繋ぎ目を、こっちは凹、こっちは凸にして、デザインのようにしたり」

「すごいな…」

「他にも刺繍を覚えたい人がいますから、そのうちアルファス産の服がベータムで売られるかもしれませんよ。それよりお食事にしましょう」

 食器もカトラリーもバラバラな質素な食事だけど、携帯食よりはマシだろう。


 それなりに話もはずんで食事をしていると、カラカラカラ…と、木片がぶつかり合う音がした。まさか、獣除けの罠に引っかかってくれるとは。

 固まった二人に、

「お待ちかねのお客様がいらっしゃいましたよ」

と声をかける。

「お庭でお迎えしてください。絶対に家の中に入れないでくださいね」

 最後まで聞かずに、剣を取って御者が外に飛び出す。何か言いたそうな騎士様も後を追い、私はドアの鍵を閉めた。

 外から男の怒号と剣のぶつかる音が聞こえてくる。


 こっそり裏口から出て庭を覗くと、庭には黒装束の人が五人もいた。五人という事は、私たち三人全員を殺すつもりで来たのだろう。

 私は用意しておいた松明(たいまつ)に次々と火を付けて、庭のあちこちに突き刺す。火で明るくなった庭では黒装束も意味が無い。隠し持ったナイフもバレバレだ。

 私に気付いた男が私に剣を向けるが、ひょいひょいと(かわ)して松明で押し返す。

 そこに、森から騎士様と同じ騎士服を着た男たちがなだれ込んで来た。その隙に裏口から家に入って鍵をかけた。

 王太子妃教育で、騎士団長に「防御のために、剣筋を見切って剣尖(けんせん)を躱せ」という授業をやらされた時は「無理無理、絶対無理〜!」だったけど、今回は素人に毛が生えたレベルの、剣を大きく振り回すタイプの相手だったので私にも切っ先を見切れた。

 勉強というのは何でも無駄にはならないものなのね~、と思いつつ家中のドアや窓の鍵をしっかり確認して、家の中に引き篭もる。


 やがて外が静かになったので、ドアの鍵を開けてそっと外を覗くと、捕縛された黒装束の男たちが馬車に詰め込まれる所だった。

 騎士様が私に気付く。

「アイリスさん、ご無事ですか」

「はい、皆様もご無事でしたか」

「おかげさまで、無事に全員捕らえる事ができました」

「それは良かったです」

 騎士様の前に一歩踏み出して、深くカーテシーをする。

「カーライル王弟殿下におかれましては、此度(こたび)懸案(けんあん)の完遂、神以(しんもっ)重畳(ちょうじょう)豊寿(とよほ)く申し上げます。残りうる憂惧(ゆうぐ)の晴れん事を祈念いたします。それでは、御前失礼いたします」

 目を見開いてる騎士様に背を向けて、最後に注意する。

「早く行かないと、シモンズ伯爵が計画失敗に気付いて逃げ出しますわよ」

 騎士達の目が私に集中するが、私はさっさと家に入る。その時、

「ケリー! 後は任せた!」

と言って、騎士様、いえカーライル殿下がドアから滑り込んできた。

 ドアの外で、馬車や馬が走り出す音が聞こえる。それらが遠ざかっても馬のいななきが聞こえるので、一頭残して行ったのだろう。


 ドアの前で立っていても仕方ないので、元いた椅子に座ってもらう。私たちは、冷めた夕食を挟んで見つめ合った。


「……いつから気付いてた……?」

「最初にお会いした時、眼鏡をかけていらっしゃいませんでしたわね。その金色に光るサファイアの瞳は、ベータムの王族に現れると聞きました。年齢から、ベータム国王の末の弟のカーライル殿下だと」

「そう…だったのか」

「なので、最初、あの派手な馬車はあなたの警護のためなのだと思いましたわ。でも、王城の皆はあなたの正体を知らないご様子。ただの騎士を警護する必要はありませんわね。じゃあ、何のためにわざわざ派手な馬車を用意したのでしょう?」

「……」

「私を守るため? いえ、平民を護衛する必要など無い。なら考えられるのは、わざわざアルファス王家の馬車で迎えに行った女性だと、私を目立たせるため。案の定、城に着いたら応接室では無く執務室に案内され、皆の前で私がアズール様の婚約者だったとか、王家の血を引いてるとか、ベータムの王族と結婚しろとか言われて、ああ、これは部屋にいる誰かに聞かせようとしているんだと確信いたしましたの」

「いや……」

「あなた方が直接話せない人と言えば、終戦後逃走しているシモンズ伯爵でしょう。アズール様を洗脳して思い通りにしてこの戦争を引き起こしたのに、真っ先に姿を消して処刑から(まぬが)れた男」

「洗脳だと気付いてたのか…」

「分かってはいても、渦中にいると何も出来ませんでしたわ。ただ、婚約破棄されてから、『何故アズール様はもっと早く婚約破棄しなかったのだろう』と疑問に思ったのです。その答えは、『シモンズ伯爵が、私を敵に設定して、アズール様をどれだけ操れるか試していた。つまり、シモンズ伯爵は、パトリシア様をアズール様と結婚させる事が最終目的では無い』……」

「そこまで分かっていたのか」

「私が思いつくのですから、他にも気付いた方はいらっしゃるでしょう。シモンズ伯爵はアズール様が王位に就いたら何かするだろう、と。父はこの国を出る準備を始めましたし、宣戦布告後、ベータムに寝返った貴族も多かったのでしょうね」

 だから、戦争はあっという間に敗戦になって被害が少なくてすんだ。

「それはちょっと言えないな」

「ええ、平民が知らなくてもいい事ですね。とにかく、どこかに隠れて反撃を狙っているシモンズ伯爵が、アズール様の婚約者の座から蹴落としたはずの私が王妃になると知ったら手を下さずにいられないだろうという計画だと推察しました。だから、食堂ではベータムのヒキンジェさんに取り入っているように振る舞いましたわ。きっとシモンズ伯爵に報告が行くと思って」

「そ…、そんなつもりで誘ったんじゃなかった…」

 そんなつもりが無いというのも、詰めが甘いと言うか…。


「ここに泊まるというのも、私が狙われると知っての事でございましょう? ならば、絶対に捕まえていただこうと私も色々と準備をいたしましたの」

「何も伝えなかったのに、全てお見通しだったのか…。怖がらせないよう気を遣ったつもりが、逆に手を貸してもらっていたなんて…。アイリスさんは素晴らしい方だ」

「お褒めにあずかり光栄ですわ」


「あ…あの、今回のアルファスとの戦はベータムには本当に想定外で、まさかアルファスが手に入るなんて誰も考えていなくて」

「そうでしょうね…」

「だから、兄たちは今すぐには国を離れられなくって、私にアルファスを治めるようにって言うんだ」

「まあ、殿下が国王になるのですか」

「な、なので、アイリスさんに、王妃になって私を支えて欲しい…って思うんだ」

「……申し訳ありませんが、お断りいたします。私は平民ですわ」

「アルファスの身分など、どうにでも出来る」

 そうでしたー。

「婚約破棄されたキズモノですわ」

「そんなことを言う奴がいたら破滅させてやる」

 怖い、怖いですわー。

「す、好きな人がいます」

「どうせ農民だろう」



 ブッチーーーーーーーーン

 

 

「ジェイクは、私を(おとり)にしたりしねーよ!!」

 お嬢様アイリス、終了です!



「囮だなんて、そんなつもりは」

「じゃあエサ? シモンズ伯爵に食い付かせるための犠牲でしょう?」

「違う! あなたの安全は必ず守るはずだった」

「“はず”ね? 失敗したら『残念な事をした』とか言って終わりでしょう?」

「いや、そんな」

「とにかく、私はもう平民なの! 貴族なら、国のために囮にならなくちゃいけない事もあるでしょう。好きでも無い王子からプロポーズされたら『光栄です』って受けないといけないでしょう。でも平民だからお断りなの!」


 ソルドレイル様は「五年なんてちょっと前」と言っていたが、私には、やはり五年は大きい。

 私は五年で感情を取り戻した。

 もう、悔しかったら怒れる。悲しかったら泣ける。嬉しかったら笑える。

 “王太子の婚約者”だった時代に失った物を取り戻したのだ。揚げ足取りや言葉尻を気にせず、言いたい事を言ってやる。

 

「私は自分が殺されないために計画が上手く行くよう動いたの! 王妃になるためじゃ無い!!」





 早朝、ドアを叩く音と私の名を呼ぶジェイクの声に起こされた。

「アイリス! アイリス!」

 いつまでもドンドンとドアを叩き続ける。しつこいなぁ、と思ってから、昨日庭で大騒ぎがあった事を思い出した。騎士様たちが泊まるのを心配して様子を見に来たジェイクが、庭を見て驚いたのだろう。

 慌てて飛び起き、玄関に向かう。


 ドアから顔を出した私に、ジェイクがホッとしたのと反対に、ジェイクの後ろに見える庭の惨状に私は凍りつく。

 踏み荒らされ、ブーツや剣で土が削られ、咲いていた花は踏みにじられ、柵が傾いて、燃え尽きた松明が点々と倒れて、風に揺れているのは血の付いた服の切れ端だ。水桶があちらに、柄杓(ひしゃく)がそっちに、草刈り鎌は向こうに飛んで行ってる。


「あいつら、人の家だと思って何て事しやがるー! 場所を(わきま)えろ! ってか二度と来んなー!!」

 プンスコな私をジェイクが楽しそうに見てる。

「何よ!」

「いや、元のアイリスに戻ったなって」

「…あんな私は二度とやらないわ。もうウンザリ!」

 心底嫌そうな私にジェイクは笑う。



 昨夜、王妃にならないと私がブチ切れて、「令嬢が王妃になりたくないわけがない」と思い込んでいたカーライル殿下はショックを受けていたようだ。

 農民に負けたとしょんぼりして帰ろうとしたら、部下がカンテラを置いて行くのを忘れたようで

「松明を一つ借りていい?」

と言うので

「差し上げます」

と答え、村の真っ暗な道を蹄の音と松明の灯りが遠ざかって行くのを見送った。結婚はしたくないが、憎めない人だ。

 その後私はベッドにダイブして、一瞬で眠ってしまったらしい。

 カーライル殿下たちは、今頃シモンズ伯爵の居場所を突き止めているのだろうか。

 



「あーあ、庭を片付けなくちゃ」

 本当、面倒くさい。

「こんな事があって、大丈夫なのか? 今日も来るんじゃないか?」

 確かに、シモンズ伯爵の残党が来ないとも限らない…。

「アイリス、俺の家に来ないか」

「そうね。二、三日お世話になろうかな」


 私はもう、悔しかったら怒れる。悲しかったら泣ける。


「いや…、結婚しないか?」


 嬉しかったら…


「するっ!!」


 嬉しかったら、抱きつくのだ。







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「ようこそクラリッサ嬢。私はカーライル、ここではカールと名乗っています。ベータムの国王の三番目の弟です。五人兄弟の末っ子なので自由にしていいと言われてきたので、婚約者はいなかったのですが、今回の終戦を機にアルファスの方と縁を結ぼうと考えました」

 私は今、王宮の小さな客間でクラリッサ・アルノー伯爵令嬢と顔合わせをしている。俗に言う「お見合い」だ。


「このような場所ですみません。あまり人目を引かない方があなたの名誉を守れると思っての事です」

 私も目立たぬよう、王族の服ではなく、いつもの騎士服に眼鏡だ。

「私のため…ですか?」

「あなたの婚約者は先の戦で亡くなったと聞きました。その原因のベータムの王族との縁談など、あなたの名誉を傷つけるかもしれません。この縁談を断っても、あなたの家に(とが)はありませんので」

「よろしいのですか?」

「ええ」

 貴族なら、好きでもない王子からの縁談でも「光栄です」って言うものだと教えられたからなぁ…。




 シモンズ伯爵を捕らえ、アイリスの家に報告に行ったのは、あの騒ぎの二日後だった。

 護衛騎士二人と三人で馬でアイリスの家に行くと、庭の惨状と人気の無い家に、最悪の状態を想像して血の気が引いた。近くの家々にアイリスの事を聞いても、皆言葉を濁す。絶望に包まれた時

「あれっ? カーラっ、カール様!」

と、アイリスの声が聞こえた。村の人たちに「この人たちは大丈夫」と話しているのを見ると、私たちは怪しまれてアイリスの居場所を教えてもらえなかったのか。その中の一人がアイリスに連絡に走ったようだ。


「もうっ! 皆さんのせいで庭がグチャグチャですからね!」

と、家に連れて行かれて、スコップや箒などの道具を渡され、庭の後片付けをさせられた。


 あらかた片付いた頃、アイリスがお茶とクッキーを振る舞ってくれた。やたらと固いクッキーがこの国の流行なのかと思ったら

「いえ、それ失敗作です。ジェイクには食べさせられないから」

「女性は皆菓子作りが得意なのだと思っていたのだが、こういう犠牲があってのことだったのだな…」

と言うと、傍の騎士たちは吹き出し、アイリスは「言い方!」と怒った。あの男(ジェイク)なら失敗作でも私には食べさせたくないだろうと思ったが、それは言わない。


 ちょっとだけジェイクに優越感を感じていたが、アイリスの

「あ、私とジェイク、結婚しました」

という報告に撃沈した。

「結婚!? あれからまだ二日しか!」

「平民には国王の許可も要らないし、結婚準備が無いから婚約期間も要らないんですよ。二人で教会に行くだけです。それで来週結婚パーティをするので、今回の迷惑料代わりにごちそうを届けてくださいね!」

 落ち込んだが、「おめでとう」と言った自分を褒めたい。


「ごちそうの代わりに、私の結婚相手を紹介しろ」

「どういう理屈ですか!」

「王妃にと望んだ女性が他の男と結婚したんだ、責任もって次を紹介しろ!」

「何の責任ですか~!」





 アイリスが推薦したのが、今、目の前にいるクラリッサ・アルノー伯爵令嬢だった。

「もう五年も会っていないので、独身かどうか分かりませんが」

と言うので調べたら、婚約者が先の戦で戦死して未だ独身だった。これは運がいいのか悪いのか。


「私の婚約者が亡くなったのは、ベータムのせいではありません」

「え?」

「婚約者の心と命はシモンズ伯爵のものでした。私や彼の両親や友人たちが何を言っても、シモンズ伯爵の言葉を覆す事はできず……婚約者は志願兵として前線に行きました。剣の腕も体力も無いのに……。私たちの心は、亡くなる前から離れていたのです。私がベータムに縁付いても、不名誉な事はありません」

 見た目のたおやかさとは違って芯がある令嬢のようだ。

「アイリスさんと同じ思いをされたのですね」

「アイリス? アイリス・コンウォール様ですか!? ご無事だったのですね! 五年前の処遇が非公開だったのでずっと心配していたんです。ベータムに匿われていたのですね」

 よほどアイリスが好きだったようで、なんだか私の評価が爆上がりだ。でも、匿われるどころか王都で自活してましたよ…。


 この女性は、今の、口が悪く、使用人がいないので自分で動き回って、ドレスも化粧もしない平民の生活のアイリスを見たらどう思うだろう。

「きっと、『幸せそう』って言うんだろうな」

「はい?」

 彼女なら、アイリスが農民と結婚したと知っても「農民なんかと」とは言わない。そんな気がする。


「アイリスさんは王都にいます。もしよければ、次に二人で会う時はアイリスさんに会いにいきませんか?」

 人をダシにするなー! うちをデートスポットにするなー!、とアイリスが怒鳴るのが目に浮かぶ。が、彼女を逃したく無いのだ。

「よ、喜んで!」

「良かった。あなたとなら、アルファスを良い国に治められる気がします」

「は? 治める? …あの、三番目で末っ子では……?」



 あれ? もしかして私、一番重要な事を言って無かった……?


此度(こたび)懸案(けんあん)の完遂、神以(しんもっ)重畳(ちょうじょう)豊寿(とよほ)く申し上げます。残りうる憂惧(ゆうぐ)の晴れん事を祈念いたします。それでは、御前失礼いたします


訳「今日の計画が上手く行って本当に良かったね! おめでとう!

残ったシモンズ伯爵が捕まるといいですねってお祈りしてるよ! じゃあバイバイ!」




2024年4月25日 日間総合ランキング7位

ありがとうございます!


4月26日 2位になってる…!


夜になったら、1位?!

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