ワカサギには連戦連敗
アユ・ハゼに並ぶ年魚の代表格としてワカサギを挙げさせていただきましたが、この数釣りが楽しいとされている魚、拙には「いやいや、ナメたらイカンぜよ!」という印象のターゲットだったりします。
釣りニュースには「〇〇湖のワカサギ始まる。慣れた人なら二束は堅く、初心者でも20から50。餌はサシ」とか書いてあったりするんですけど。
ちなみに、100匹釣ることを釣り用語で「束釣り」と言います。二束だったら200匹ですね。
それとサシというのはハエの蛆虫のことです。筆者、野良のハエやウジは大嫌いですが、培養のサシは可愛くて好きなんです。鯖缶にするサバの頭(缶詰にしない部分)を餌に育てるので、サシという愛称の他、サバ虫と呼ばれたりします。
で、肝心のワカサギ釣りです。
氷に穴を開けて釣る「氷上の穴釣り」が冬の風物詩とされていたりするのですが――
◆第一次攻勢
つくば学園都市に住んでいた頃のこと。
休日になると拙は原チャリで霞ケ浦や桜川、牛久沼や東谷田川や西谷田川、北条の大池なぞに通い、いそいそとバス釣りに勤しんでいたのですが、同僚のNという男が
「おい、バス釣りなんかより、時代はワカサギだあ! 雪山は良いぞお」
などと言い出したんですな。
まだ東日本大震災が起きる前のこと。
このNという男、拙と同じく雪の降らない地方の出身。
北関東に来て、スキーにスノボ、いきなりウインタースポーツに傾倒してしまったのです。
それなら拙など巻き込まず、大人しくゲレンデ通いをしていてくれればいいんですけど……。
結局、Nから動員された雪山未経験者ばかり4人で、赤城大沼まで出かける事となりました。
車のハンドルを握るのは、当然『自称 雪山に強い男』のNです。
未明につくばを出発し、地獄のようなドライブを経て、赤城大沼に到着したのは昼近くになってからでした。
湖畔のショップで餌のサシとワカサギサビキ仕掛け、それと一番安いプラスチック製ワカサギ用手ばね竿を購入します。
手ばね竿とはリール無しの竿の事。湖底でワカサギが鈎がかりしたら、両手で道糸を手繰り上げるのです。
あと忘れてならないアイテムが「氷すくい」。ステンレス製の茶漉しのような道具です。(そのものなのかも)
氷に開けた穴は氷温ですから、直ぐに再氷結し始めます。これを氷すくいで絶えず除去し続けなければならないんですよ。
氷上の穴釣りって静かな釣りに見えますが、想像以上にアグレッシブさが求められるんですねぇ。
そして近頃釣れているポイントを教えてもらってから、氷の穴開け道具をレンタルすることとなりました。
穴開け道具は二種類。
バールのような刺突式の穴開け棒と、手回しドリルです。
両者、凶悪さでは共に譲らない外観ですが、当然、駆動部のあるドリルの方がレンタル料は高い。
お店の方は「ドリルだったら簡単に開けられますよ」と親切にアドバイスしてくれたんですが、自称雪山に強い男のNが
「屈強な男が揃っておるのだ! ここは小賢しくドリルなど選ばず、腕力で勝負だ」
とバールのようなモノをチョイスしてしまいました。
この選択が、その後に悲劇を呼ぶこととなってしまうのです……。
凍結した赤城大沼には、当然多くの釣り客が押し寄せているだろう、と考えていたのですがこの日は何故か皆無。
貸し切り状態。
ただ、来ているのが自分たちだけということになると、「やったぜ!」というヨロコビよりも、「なぜ誰もいないんだ?」という不安の方を大きく感じます。未知の経験を積むとき特有のネガティブ思考ですね。
しかし超ポジティブな雪山に強い男は違いました。
「大沼のワカサギを独り占めだぁ!」
そして「諸君! 4000年の歴史が君達を見下ろしているのだ!」と兵士を激励したエジプト遠征中のナポレオンのように、氷の上に踏み出したのでした。
拙たちもNに引きずられるように後に続き、ロシア遠征から敗走するナポレオン軍兵士のようにトボトボと氷上を彷徨い、然るべき(と思われる)場所で「ここにするか」という事になりました。
四人がそれぞれ”バールのようなモノ”を手に散り、思い思いの場所に振り下ろしました。
しかし――
ガキーン!
簡単に弾き返されてしまいます。
「クソッ! 次弾装填、弾種徹甲。目標そのまま」
即座に第二撃を放ちますが……
「キャップ。マルスでは歯が立ちません」
「連邦のモビルスーツはバケモノか……」
わずかに氷片を飛び散らせるのみ。
そして「実はこの鉄棒は、策も無しに氷に突き立てるモノではなく、バーナーかなにかで真っ赤になるまで加熱してから差し込む物ではないのか?」などと、群盲象を撫でる風に怪しいアイデアを出し合うハメに陥ってしまったのです。
更にマズイことに、天候が急変してきました。
山の天気は変わりやすい。雪が降りつけてきたのです。
その日、大沼に他の釣り客が押し寄せていなかったのは、悪天候になるのを予想していたのでしょう。
(後で知る事になるのですが、慣れたワカサギ師にしてみれば大した悪天候ではなかったようです。ワカサギ釣り用のカタツムリみたいな氷上テントを張ってしまえば、中はヌクヌクなのだとか。昔はワカサギ釣りの湖には、橇を履いた木造のワカサギ小屋のレンタルサービスが存在していたようですね。今のキャンプブームまで残してあったら、レトロ感が逆にオシャレかも)
自称雪山に強い男は、撤収の決断も早かった。
「逃げるぞ! 真の山男とは、山頂が目の前に見えていても、危険を察知するや引き返せる男のことだ」
これだけは――たとえNの言ったことであろうと――正しい。
速攻で全員が撤退に同意しました。
氷上に散らばった荷物をまとめると、更に敗走感を増した足取りで湖畔へと潰走したのでありました。
◆第二次攻勢
第一次攻勢では竿を出す事すら出来なかったワカサギ釣りですが、自称雪山に強いNは意気軒昂。
すぐさま第二次攻勢を企画しました。
「赤城大沼は良い湖だったが、今度は榛名湖を攻めたいと思う」
一度も使わなかった竿や仕掛けがあるのですから――第二次攻勢は望むところではあるのですが――なぜ榛名湖?
わずかなりとも土地勘がある大沼が良いのでは? 湖畔のお店の人も親切・丁寧だったし……。
どうもコレには、新しく参加するメンバーの意向が影響していたようで。
スキーつながりなのでしょうか。Nは「今度は女の子も参加するぞぉ!」と宣言しました。
そして助手席に女の子を乗せているせいでしょうか。
今回のNの運転は、とてもジェントルなものでした。
しかし後部座席はムサい男が三人ギュウ詰めに成らざるを得ず、快適とは言い難い。
しかも知らないレディが一緒なわけですから、ウルトラ怪獣の中で最強を挙げるとしたら、といった馬鹿話もし難いわけです。
いきおい「細胞融合技術の今後」であるとか「現在の国際情勢をどう見るか」といった気取った話題を持ち出すことになってしまいます。
いや、そういった話題でも、男ばっかりとか女性でも気心の知れた間柄とかで飲み屋でクダを巻いているような場合であれば、充分に裾野が広がって行く楽しい題材ではあるのですが、なにせ紅一点が謎の美女。
次第に後席は沈黙が支配することに。
榛名富士の眺望が素晴らしい榛名湖畔に到着するころには、後席には狸寝入りをする三人の姿があったのです。
この日は快晴で、湖上にはたくさんの釣り人の姿がありました。
湖畔のショップで餌を買い、穴開け道具をレンタルします。
今回は前回の失敗を活かし、ドリル式をチョイス。
早速、湖上に踏み出しました。
第一次攻勢の時とは異なり、今回はベンチマークに出来る先行者がいます。
我ら第二次遠征隊は抜かりなく「釣れますか~?」の、挨拶兼情報取集を行ないながら前進しました。
釣り場では、トラブル回避のためにも先行者がいれば挨拶をするのがマナー。
しかも親切・教え好きのベテランさんに当たれば、初心者には手取り足取りノウハウを伝授してくれることも。決して損はないのです。(たまに迷惑がられることも有りますけどね)
この日は幸いにも親切系のベテランさんがヒットし
「この辺、釣れてるよ。今日は少なくても200は行くかな」
と嬉しい情報を入手。
しかも「アンタがたも、近くに穴を掘りなさい」と有難い御言葉までゲット。
幸先の良いスタートです。
しかもバールのようなモノとは違い、手回しドリルは簡単に穴を穿ちます。
一本のドリルで瞬く間に五つの釣り穴が掘り終わりました。
そして糸を垂れると、たちまちの内に7匹のワカサギが!
(いや、五人で7匹だから、一人1匹強の計算ですが)
ところが思わぬ事態が勃発しました。
謎の美女の具合が悪くなってきたのです。
Nが再び撤収を提案しました。
アウトドアでは安全第一、これは疑いようのない真理です。
加えて、アウトドアではレディ・ファースト。
これも動かしようのない行動原則。
文句を口にする者はおらず、即座に撤退を開始しました。
帰り際に親切なベテランさんに再度挨拶すると、ベテランさんも
「慣れない寒さで具合が悪くなる事って有るからなぁ。無理はさしたらいかんよ」
と賛同してくれたのでした。
なお謎の美女の具合が悪くなったのは、寒い中でトイレを我慢し過ぎたからだ、と後に判明しました。
ガマンせずに気軽に言ってくれていたらとも思いますが、知らない男どもの居る場所では口に出し難かったのだということも容易に理解できます。
ただ釣りにしろハイキングにしろ、アウトドア活動をするときにはトイレ問題って必ず付いて回るものですから、別に恥ずかしがることはありません。
「トイレ行きたい」は、朝に「おはよう!」と同じくらい自然な発言なのです。慣れて来れば慣れるほどに。
ですから、これから始めてみようという方は、どうぞお気楽に。
かくして対ワカサギ第二次攻勢も、五人で7匹という敗北に終わったのでした。
第三次攻勢へと続く