後輩男子があざとかわいすぎて困る!吹奏楽部長は自覚薄めな恋愛下手
現代ものの、あざと可愛い企み男子(年下)に翻弄される、しっかり者女子(年上)のお話です!
ヒロインと一緒に、年下男子に翻弄されてください(*´艸`*)♡
「ねぇねぇ知ってる!? 凪音くんのケータイの壁紙」
「なになに? 知らないよ。どうしたの」
「オンナノコの写真らしいよ!」
うっそぉ――――!
今は放課後。吹奏楽部が、活動場所としている音楽室。そこでは、文化部なのにもかかわらず吹奏楽部員たちが活動前のトレーニングとして腹筋、背筋、腕立てを行っている。走る文化部としても知られる吹奏楽部の通常メニューとしては、これに学校外縁のランニングも加わるのだけれど、雨の日の今日はそれが免除となっている。
だから、いつもよりも軽めのトレーニングメニューに、自然と部員たちの気持ちも緩んでおしゃべりも弾む。
音楽室の扉の前に立ち止まって中の会話にピタリと動きを止めたわたしは、みんなから一足遅れてやって来たていた。職員室の顧問の元へ立ち寄り、出来上がったばかりの総譜と、各パート別の楽譜の束を受け取って来たからだ。そんな訳で、扉の前に立ったわたしの耳は、顧問&部長不在の中、ワイワイと盛り上がる木管女子たちのウワサ話に釘付けとなった。
「え? 誰? まさかカノジョ?」
「ダメでしょ! 凪ちゃんは私らの不可侵条約で守られるべき国宝級イケメンよ」
「そーそー、そんな抜け駆けするような奴はシメとかなきゃ! で、誰!?」
うん、誰!? 気になる……けどぉ
「奏穏部長、どうしました?」
その噂をささやかれている張本人、東城 凪音が、わたしの隣でコテリと小首を傾げる。ほんのり茶色い髪の良く似合う、黒目がちのパッチリとした二重。どこかのK-POPアイドル顔負けな美少年顔。容姿だけでも申し分ないこの後輩は、仕草までもが愛らしすぎる――!
心の中で喝采を叫びつつ、表面は落ち着いた風を装って、仕事をするべく息を吸い込む。
「ちょっと! クラリネット班、フルート班!! 今はトレーニング時間だよ。おしゃべりばっかしてないで、真面目に腹筋背筋! そんでシメるとか、言わない!!」
いつものように、腹式呼吸を効かせてピシャリと告げれば、木管女子たちのおしゃべりはピタリとやむ。
隣で凪音くんが「おぉ~、さすが奏穏部長。カッコいい~」なんて言うから、にやけるのを押さえるのに必死だ。
「はぁーい、ぶちょー」
「もぉ、奏穏。 じょーだんに決まってるでしょ! 部長のあんたを困らせるようなことはしませんって」
まぁ、しめるとかは冗談だとは分かってる。そんなことをすれば、わたしの隣にいるクラリネットパート唯一の男子(しかも超美少年)の凪音くんに迷惑がかかってしまう。彼を崇める吹奏楽部全女子は、そこんところはちゃんとわきまえて、言葉で過激なことを言っても、適切な距離感をもって、良識ある接し方を心掛けているのだ。それこそが推し活の真髄!
ちなみにわたしは男子比率が多めの金管楽器のうちでも、大きなトロンボーンを担当している。金管楽器の音色は華やかなのだが、担当する部員たちの賑やかさは女子揃いの木管楽器には及ばない。だから、推しを称えるおしゃべりをキャッキャと出来る彼女らが羨ましかったりする。わたしだって出来ることなら、彼女らと一緒に凪音くんの噂話を語り合いたい! ……けど、皆をまとめなきゃならない部長の肩書きがわたしの本能にストップをかける。
自分の欲望に忠実になれない、なんだかんだで真面目ぶってしまう不甲斐なさよ……。こんなことだから、わたしも気になってる凪音くんをただの後輩として扱うことしかできないでいる。融通が利かない性分だから、規則や決まりをきっちり守らないと不安で仕方がなくなってしまう。結果、真面目なわたしが出来上がって、部長なんて面倒でしかない役割に就いてる。
「もぉ、先輩たち、ちゃぁんと聞こえてましたよ? 僕は、部長に協力する優しい先輩たちが、ぴったりと綺麗に揃った演奏をする姿に本当に感動して入部してるんですから。そんな凄い先輩たちが、怖いコトを言うのを見るのは辛いなぁ」
先輩始め同パート女子たちのおぞましい会話が聞こえていたにも関わらず、フワッと柔らかい笑みを浮かべる凪音くん! 説教するだけのわたしと違い、さりげなく持ち上げてオブラートに包んで注意できるなんて、可愛いだけでなく男前だ。
そういえば彼は、わたしが職員室から出た時も、スマートに男前だった。大量の楽譜の束を持ったわたしに気付いた彼は、離れた場所からわざわざ駆け寄って来てくれたのだ。
「あ、奏穏部長! 顧問の先生に職員室に呼ばれてましたもんね。奇遇ですね。お手伝いします!」
なんて、さらりと言うが早いか、テキパキとわたしの手からスコアの束を持ち去ったのだ。行動まで男前で紳士だ。尊い……。
だからこそ、わたしもこの凪音くんが気になってしまうようになった。多分、好き・にとっても近い推しの感情。
けど、部長だし、年上だし、先輩だし、ライバルも多いし……
その上たった今仕入れた情報では、どうやら壁紙にして、いつも身近にしておきたいほどベタ惚れなカノジョまでいるみたいで―――
「はぁー」
「部長? どうしました? 何か心配事でも?」
「うひゃあっ!!」
無意識に、思い切り大きくこぼれた溜息を、まだ傍にいた凪音くんに聞きとがめられた。しかも思い切り心配そうに眉をひそめて、俯いたわたしの顔を覗き込んでくる。あかん! 自分のことを心配してくれるだけでも嬉しいのに、こんな至近距離で覗き込まれたらキュン死にしてしまう――――!
「んなぁっ……んでもないわ! 何にもないわよ、ホント助かったわぁ! 凪音くんってば、1年生とは思えないくらい頼りになるんだから。感心してただけよ・ホント」
しどろもどろに言い訳するわたしから、怪訝そうな視線を外そうとしない凪音くん。最後に「んあっ・ありがとね」と伝えると、ようやくホッとしたのか微笑を浮かべて「はい!」と明るい返事が返って来た。
そんな彼の思いやり深くて、素直なところも皆のハートを鷲掴みするポイントなんだろう。けど、それを間近で直に向けられてしまったわたしは、内心の止められないドキドキを悟られないよう、部長としての凛とした顔を崩さないことにばかり気を取られていた。だから、音楽室に居た彼女たちの反応に気付くことができなかった……。
わたし達2人の様子を見ていたクラリネット班と、フルート班の女子たちが、わたしに微笑みを向ける凪音くんにどこか険のある視線を向けていたのだ。
この時はそんなことには、全く気付いていなかったけど ―――。
そして部活動中、まさかの揉め事が起こってしまった。
吹奏楽部の練習は、合奏は音楽室で。パート練習は、それぞれの楽器ごとに音楽室周辺の異なる教室が割り当てられている。
「部長! 峯田先輩たちと東城くんが揉めてるんですっ!!」
わたしの居るトロンボーン班の練習教室に、クラリネット班の1年生が半泣きで飛び込んで来たのだ。
「は? 誰と誰がって!?」
最初、わたしは彼女の言う意味が分からず、随分と馬鹿げた質問を返してしまった。だって彼女ははっきりと言っていたのに。揉めているのは東城 凪音くんと、クラリネット班リーダーで、3年生の峯田 心菜をはじめとした複数人だと。ただ、普段の彼女たちの凪音くんへの心酔っぷりから、そんなことは有り得ないと、脳が理解を拒んだのだ。
「で……ですからっ、私たちもびっくりしてて、けど本当に、先輩たち凄く怒ってて……東城くんもムキになって引かなくて」
「なんで!?」
筆頭になって、凪音くんを称える言葉を言わない日はないクラリネット班リーダーの峯田が、その崇拝する彼に腹を立てるのも分からない。それ以上にいつも笑顔で、先輩に可愛く甘え、同級生には優しく接する博愛精神あふれるあの凪音くんが先輩を怒らせ、同級生を困らせるほど腹を立てるのも想像出来ない。
「原因は何なのよ―――」
混乱するわたしと同じく、一緒にその話を聞いていたトロンボーン男子たちは首を傾げている。ただ、わたし以外唯一のトロンボーン女子である幸原は「もしかして……」などと、何か思い当たる素振りを見せている。
「奏穏ぶちょぉ~」
ちょっとだけ、何に思い当たったのか聞いてみたくもあった。けれど半泣きの後輩を放っておくわけにもいかないし、なにより今起こっている緊急事態を治めるのが先だ。とにかく、わたしはクラリネットパート班たちの居る教室へと向かった。
教室の中からは、まだ揉めているのか、強い口調の声が漏れ聞こえていた。
「だから、私難しいこと言ってないよね? その子が何なのかなって言っただけじゃん」
「誰だって良いじゃないですか」
「名前を聞いてるワケじゃないんだよ? 凪音くんの何なのかな・って聞いただけじゃない! それをはぐらかすから、聞いてんじゃない」
「言う必要もないでしょう」
おぉー……バリバリに揉めてる。しかも、感情的な高い声で捲し立てる女子集団に、一歩も引かず穏やかに話す凪音くんの声が、なんだかいつもより低い。って言うか、静かに怒りを湛えてる声音って言うか……。確かにこれは、双方譲らない険悪な空気に包まれた辛い状態だ。
「ちょっと! あんた達なにやってるの!? パート練習の時間だよね。個人対個人の問題なら大勢で一人に言い合うのはおかしいし、パート内の問題なら先ずリーダーの峯田が落ち着いて話を聞くのが筋だよね」
「奏穏……」
峯田ら女子たちは、突然入室してきたわたしにバツの悪そうな表情をして口ごもり、凪音くんはぐっと唇を引き結んで、顔をカッと赤くする。わたしと目が合うと、フイッと顔を背けてしまった。
「何があったか話してくれないかな? ここまで揉めてるのは見過ごせないわ」
「それは……」
「…………」
声を掛けるけれど、双方ともに口をつぐんでしまう。
「ごめんなさい。ちょっと感情的になっただけで、奏穏の手を煩わせるようなことじゃないから」
峯田はそう言うと、彼女と一緒に凪音に詰め寄っていた2・3年生たちに顔を向けて「ね」と同意を求める。わたしの登場に、一様に気まずげだった彼女らは、その言葉が救いとばかりに「うんうん」と頷きを返したり、小さく同意の声を上げたりしている。
「けど、下級生が困っていたのもホントだから。そこまでの揉め事を簡単に何でもないなんて片付けられないよ」
未だ、何も言わずに俯いている凪音くんの反応も気になる。彼が、意味もなく先輩たちに食って掛かるなんてことは考えられないのだ。それでも、漏れ聞こえてきた声は、峯田ら女子が一方的に凪音くんをどこか責めている感じだった。何が――とはハッキリ言っていなかったけれど。
どちらかの肩を持つことなんて出来ない。
どっちも、意味もなく相手を傷つけたり、怒らせたりするような人間じゃなってことは解ってる。それは、一緒に音を合わせているわたし達だから、どこか通じているものがあるって確信を持っているから。
「一人づつ、話を聞かせてもらうね」
そう宣言すると、わたしは峯田と凪音くんの2人を、それぞれ順に音楽準備室へ呼び出すことにした。
峯田の言い分はこうだった。
「携帯の壁紙のオンナノコが誰だか――ううん、友達なのか、……彼女なのか、ただそれだけ聞いただけなのよ。それなのに凪音くん、絶対に言おうとしなくって。それで私らもちょっとムキになったんだ。そしたらあの子も、私らと同じにムキになってきちゃって……それで気付いたらあんな騒ぎになってただけよ。大したことじゃないでしょ。私がガキっぽいこと言っちゃって失敗しただけだよ」
確かに。それならあの時に聞こえた「関係ないでしょ」「誰だっていいでしょ」って凪音くんの主張には全面的に賛成だ。そんなことまで、ただの部活の先輩である峯田に話す必要はない。
「けど、さ。わたしは峯田を買ってるよ。リーダーとしての資質ってか、女子集団の気持ちを掴む上手さってか・さ」
峯田は伊達に癖の強い女の園であるクラリネット班のリーダーに選ばれている訳じゃない。全体を見渡し、各自の主張を踏まえつつ上手くまとめる集団生成のバランス感覚と言うか、言葉に表せない雰囲気を掴むのが上手い子なのだ。だからこそ、なんで峯田がそんな理不尽な質問を彼に突き付けたのかが不思議でならないのだ。
彼女の内心を読み取ろうと、じっと見詰めるけど峯田は「買い被りだよ」と苦笑して俯いてしまった。
次は凪音くん……と思ったら、なんと彼はわたしが峯田に話を聞いている間に、わたしと同じトロンボーン班の3年男子に「今日は先に帰らせてください」と言伝を残して、学校を出た直後だった。
「なんで帰らせたの!」
思わず、伝えてくれたトロンボーン班副リーダーの林に食って掛かってしまった。どうも今回は調子が狂う。なんだかいつもみたいに落ち着いてまとめたりが上手くいかない。峯田じゃないけど、わたしもガキっぽいことを言ってる。
「お前、本気で言ってんの? さっき、幸原から東城がケータイの壁紙で、峯田たちにあれこれ言われてた話、ちょっとだけ聞いたけどさ。分かってやれよ。俺らだってあんな絡み、ジョシの先輩にやられたらヤだし。しかもお前直々に事情聴取って、キツイだろ!?」
「何よそれ」
そして、こっちもまた凪音くんや峯田と同じく、不可思議な主張をする。今回の一件は、わたしが部長になって一番の難解な問題じゃないかと思う。詳しく聞こうとすれば、林をはじめとした春日部や時田など、トロンボーン班の男子陣だけでなく、さっき何か思い当たった風の幸原も気まずそうに口を噤む。
どうも今回、わたしが上手く立ち回れないのは、何か大切な情報を見落としているに違いないと――そう思えてならない。
けど何が何だか……。
「あんなウザ絡みされてたら、東城、辞めちまうかもしんねーぞ」
林がそう言った途端、わたしは頭の中が真っ白になって――――
気付いた時には、凪音くんを追い掛けて校舎を飛び出していた。
凪音くんには、交差点を3つくらい駆け抜けたところですぐに追い付いた。
「ははっ……。奏穏部長、はやっ」
パシャパシャと云う路面に溜まった雨水を撥ねる靴音で、凪音くんはわたしの接近に気付いたらしい。振り返った姿勢のまま、驚いたような、苦し気なような微妙な笑顔で目を丸くして呟いている。わたしは弾む息を整えながら、彼を安心させるように、にっこりと笑って見せる。
「だっ……伊達に3年間、走る文化部をやってるわけじゃないからね」
「あー、確かに」
しとしとと降り続ける雨が髪から顔に伝って来る。凪音くんにちょっとでも早く追い付きたかったから傘は持たずに、全力ダッシュでやって来たのだ。
そのくらい気合を入れてやって来たはずなのに――ダメだ、会話が続かない。けどこんなしこりを残したまま彼を帰らせたらダメな気がする。けど、情けないことに、こんなところまで必死に追いかけて来ておいて、わたしは凪音くん、峯田のどちらの気持ちも、言い分も、全くわかっちゃいない。
整然とした説明も、仲裁も何も出来ないけど、なんとかしたくて。
「ごめっ……ん!!」
気付けば、ポカンとした凪音くんに向かって頭を下げていた。
「え? なんで奏穏部長がっ」
「だ・だって、わたしがしっかりしないから凪音くんに迷惑が掛かって……。峯田も悪い子じゃないんだよ? 今回はなんでこんな訳の分かんないことに突っかかってんのか、わたしも分かんなくって。けど、そんなこと言ってる間に凪音くんが吹奏楽部のこと、嫌いになっちゃったら、とにかくヤダとか。そう思ったら、やっぱわたしは謝るしかできなくって……。頼りない部長でごめん」
とにかく、いまのわたしじゃあ事情が分からなくて、何の力にもなれなくて、けど辞めて欲しくなくて。だからお願いするしかなかった。自分の力のなさが、情けなさすぎて涙が出そうだ。
「奏穏部長、謝らないでください。僕、部長に謝ってもらっても嬉しくもなんともないです」
「そう……だね、何も力になれない、頼りない部長だし……」
下げたままの、わたしの頭や背を打ち続けていた雨が、ぱたりと止まっていた。けれど周囲では未だ雨は降り続いている。まさか、と顔を上げれば、予想通り困った風に眉を寄せた凪音くんが、自分の傘をわたしに 差し掛けていた。
「いいえ、奏穏部長は僕の力になります。僕も、できる事ならこのまま部長が居る間ずっと頑張りたいし」
「け・ど、峯田たちが何であんなこと言ったのか、全っ然わかんなくて、峯田と凪音くんとの間にどう立ったら良いのか……」
自分の力量不足が情けなくて、またしおしおと項垂れていると、頭の上から「じゃあ」と呟きが響いてくる。
「僕の思う方法で、峯田先輩たちの誤解を解けるんじゃないかって方法があるんですが」
何処か楽し気に、明るい声で語りだされた提案に、わたしは食い気味で「何! 教えて! わたし・手伝える?」などと詰め寄ってしまった。しまった、必死すぎた!と思うも、せっかくのわたしの推しである凪音くんが、吹奏楽部を心地良く続ける助けになれるのならとじっと彼の顔を見詰めて、続く言葉を待つ。
「つけこむみたいで気がひけるんですが、丁度いい機会なので――是非ともお願いしたいことはあります。イイですか?」
意味深な視線で問い掛けられたわたしは、ドキンと心臓を跳ねさせながらも、勿論! と大きく頷いたのだった。
パート練習が続くトロンボーン班の教室の扉をガラリと開く。
すると、わたしを待っていたであろう林や春日部や時田ら男性陣と、幸原と峯田の女性陣が、勢い良くこちらに顔を向ける。
「奏穏部ちょ……えぇ!?」
幸原が大きく目と口を開いて固まり、峯田は眉間に皺を寄せてはいるが、こちらも動きを止めて固まっている。男性陣はと言うと、驚きと云うよりは、どこか賞賛を含んだ様な明るい表情でこちらを見ている。ここへ来る途中の各楽器班に割り当てられた教室から顔を出した部員たちも、概ね同じ様な表情だった。
「ただいま、戻りました」
何とか、それだけ言うのにえらく気力を要した。何でもない風を装って挨拶する――たったそれだけのことを、こんなに難しいミッションだと感じたのは初めてだ。
雨に濡れて冷えたはずなのに熱いのは、きっと濡れすぎて熱でも出て来たのに違いない。頬も頭も、顔中が熱い。それに、凪音くんと繋いだ手も。
「なんで・手!」
峯田が、口をパクパクと開け閉めしながらこちらに人差し指を向けて来る。
「あー峯田、これは、その……つまり、誤解、だったんだって」
「は? 誤解?」
わたしがやっとの思いで絞り出した言葉に、反射的に険のある声が帰って来る。そりゃそうだ、峯田の問題をわたしはまだ解決できていない。峯田は、腑に落ちない表情で、視線をわたしと凪音くんと、繋いだ手との間を忙しく行き来させる。恥ずかしいから止めてほしい。けど、いい関係で部活を続けるために、はっきり言わなければならない。
「その前に、まず僕から峯田先輩に言ってもいいですか?」
はっきりとした口調で峯田に告げる凪音くんの声が、いやに凛々しく聞こえる。参った。繋いだ手が熱い。
「これ」
言いながらポケットから凪音くんが取り出したのは、今回のきっかけとなったスマホだ。すっと指を走らせ、画面をスライドさせて現れたのは、どこか見覚えのある美少女のちょっぴり不愛想な写真。噂の彼女(?)写真だ。
「僕です」
「「は?」」
峯田と幸原が、揃ってぽかりと口を開ける。男性陣はうんうんと頷いている。どうやら彼らは知っていた様だ。
「アプリで、僕の写真を女子に変換した写真です。奏穏部長に告白する決心がつくまで、そっとしといて欲しくて。わざと見えるようにしてたので」
「なっ……なによそれ!」
峯田が食って掛かる。が、林ら男性陣が「しゃーねーだろ」とその剣幕に水を差す。
「だってお前らの東城に向けるはしゃぎっぷりって言うか、推し活って言うか……。相当騒がしかったぜ? この部の女子連中ほとんどがアイドルに群がるみたいにキャーキャー言ってんだから。女除けの写真だよ。本命に告れるまでの時間が欲しいって相談されたんだ」
「え?何で林が……?」
鬱陶し気にがりがりと頭を掻く林に、峯田が顔を向ける。けれどその様子は、まだまだ理解不能すぎて困惑も顕わだ。その彼女に向かって、真剣な面持ちの凪音くんが静かに口を開く。
「林先輩が、奏穏部長と同じパートでずっとやって来られた方だからです。外堀から、埋めようとしたんです。後輩ですし、真っ向からいきなりはちょっと……だから、林先輩を頼ったんです」
さっき雨の中で、彼から「つけこむみたいで気がひけるんですが、丁度いい機会なので――是非ともお願いしたいことはあります。イイですか?」との言葉の後に告げられた事。それは、告白だった。わたしも想いを自覚しつつ諦めていたから、驚くよりも嬉しかった。
なんて言われたかは、わざわざ他の人達に言うつもりはないけど。これは、わたしと凪音くんとの秘密だ。
そして、次いで伝えられたのは、手を繋いで戻りたい―――と云うお願い。どうやらそれが、峯田とのもめ事を解決に導く最良手になる……とも言われて、わたしは二つ返事で了承した。……したけど、今はちょっぴり本当かな~? なんて疑ってもいる。さっきは、浮かれすぎて、あんまり深く考えられなかったけど、これって何だか見せびらかしてるだけだよね!? は・恥ずか死ぬ……。
「なによ、ソレ」
峯田が悔し気にポツリと呟く。
「私は、凪音くんが、奏穏に気のありそうな素振りをしながら、他のジョシと付き合ってて……二股かけてるんじゃないかって思って。だからその子なに? って聞いてて。言ってくれれば良かったのに」
「えぇ!? 峯田!! 何よそれ!」
わたしは思わず叫びつつ、峯田の手を取る。凪音くんの手は、なんだか咄嗟に放していた。恥ずかしかったし、丁度いいよね?
それに、峯田がわたしのために気を遣い、怒ってくれていたことに漸く気付けた自分が情けなくも恥ずかしい。それ以上に、嬉しくて、この大切だ――って想いを伝えたくて仕方ない。
「ありがとう! 峯田はわたしのために言ってくれてたんだね!? けど何で? 二股って。わたし付き合ってもなかったし、その、気持ちだって表に出してなんていなかったのにっ」
なんで、わたしが凪音くんを想っていて、凪音くんもわたしに気がある素振りをしながら裏切ってるなんて判断をしたのか疑問だ。そもそも二股の必須条件として、わたしと凪音くんが双方の想いを自覚していることが必要なのだ。
「へ? お前ジカクねーの? 東城と喋る時だけ、どもったり、つっかえたりしてんじゃん」
林に、きょと―――んとした表情を向けられて、じぶんも同じくきょと―――んとして。そして、過去の自分の所業を思い起こし……つま先から頭のてっぺんまでが一気に熱くなった。
「そんなわけでっ」
凪音くんの声が、離れたわたしを追って来たかと思ったら、すかさず離したはずの手を、また繋がれた。
「僕はこの部に入ってからずっと、奏穏部長一筋ですから! まぁ、これからは勘違いが起こらないように、写真は奏穏部長に変えますけどね!」
力強く宣言する凪音くんの押しの強さに、わたしはタジタジだ。手を繋いで、一目見て分かる方が、皆の誤解を解ける! と強く推したのも凪音くんだ。
思い起こせば、何を「一目見て分かる」といっているのか―――考えれば考えるほど恥ずかしい答えしか思い浮かばない。
雨の中、凪音くんは言ったんだ。
「峯田先輩は多分、僕の携帯の壁紙の子と僕の仲を疑っているんじゃないかと思うんです。奏穏部長のために。けど僕は、あんな状態で、本人の居ないところで言わされるのは嫌だったんです。写真作戦ももう潮時だし、ぼくも腹をくくりました。――――奏穏部長、付き合ってもらえませんか? 僕はあなたの写真を身に付けたいです」
なかなかに独占欲と、想いの強そうな後輩の凪音くんに、わたしはこれからも振り回されてしまうんだろう。
お読みくださり、ありがとうございます!
書きなれない現代ものですが、いかがでしたでしょうか。
少しでも「楽しかった」「面白かった」と思っていただけましたら、そして「読了出来たよ!」のしるしに、広告下の ☆☆☆☆☆ を一つでも多く「★」にしていただけましたら、今後の執筆の励みになります。
路線模索中で、色んなお話作りに挑戦中なわたしへの活力注入☆と云うことで、何卒……ご評価の程、よろしくお願いいたします!!
ご感想もお待ちしております!是非皆様のご意見、ご感想をお聞かせください。
どうぞよろしくお願いします。