気弱系ヒロインは、今日も卑怯な真似をする
──アイツ、またかよ。
軽く拳を握り締め、俺はリビングに寝そべるやつに声をかけた。
「おいシオリ。お前……俺のプリン食べたろ?」
「えぇっ……⁉︎ そそそ、そんなこと……してないよぉ」
「じゃあなんで、つい二分前まであった俺のプリンが消えてるんだよ!」
空の冷蔵に指を差すと、彼女は少し気まずそうに目を背けた。
そう、冷蔵庫に入っていたはずのプリンが消失していたのだ。
「し……知らないよぉ! コウくんが食べたの忘れちゃったとかじゃないの?」
──なわけあるか。俺は認知症とかじゃねぇんだよ。
シオリはオドオドとした態度を取っているが、俺にはそんなものは通用しない。
「とぼけんな! お前しか食う奴いないだろ! あれは今朝、楽しみにして買ってきたんだぞ?」
「だ……だから、私は違うもん……」
──ああそうか。違うのか。疑って悪かったな。
……なんて風に許した回数がこれまで327回。
そのうち、確定で彼女が悪さをしてきた回数が288回。
──今回ばかりは「わたしやってないですぅ」なんて態度を信じてやるもんか!
「シオリ、白状しろ……お前が俺の可愛い可愛いプリンちゃんを食べたんだろ?」
怒りを込めて睨みつけるも、当の本人は相変わらずキョトンとしていた。
「……あのさぁ、コウくん」
そして、急に真剣な眼差しを向ける彼女。
その様子から察するにどうやら観念してくれたようだ。
「ん? なんだ? やっと謝る気にでもなったのか?」
しかし、次に彼女の口から出てきた言葉は意外なものだった。
「コウくん、それ……本気で言ってる?」
「……はい?」
一瞬何を言っているのか分からなかった。
──えっと、つまりどういうことだ?
シオリは呆れたような顔を浮かべながらため息をつく。
「もう、いいよ……コウくんなんか嫌い!」
プイッとそっぽを向いてしまう彼女。
俺は不満気な顔のまま、彼女に問いかける。
「おい……なんで怒ってんだよ?」
「だって、コウくん全然私の言うこと信じてくれないし! もう嫌だよこんな生活……離婚よ、離婚!」
──なんだコイツ。
そもそも俺とお前は結婚はおろか、恋人ですらない。
こういう茶番で話をすり替え、プリンの話題を流してしまおうという魂胆が丸見えなんだよ。
「おい……ふざけてるなら、マジで容赦しないぞ」
「ふぇぇ……ば、場の空気を和ませようとしただけ、だよ?」
「はぁ……屁理屈言うくらいだ……お前が食べたんだよな? 俺のプリン」
シオリは黙り込んだ。
そして、今にも泣きそうな顔になる。
──この演技派オドオド女子め。
惑わされてはならない。
これらは全て、シオリの常套手段。
泣き準備スタンバイ!
さあ、私を許せ!
なんてことを考えているんだろうが……俺もいい加減、彼女の横暴に辟易している。
今日こそはその根性を叩き直してやる必要があるだろう。
「よし分かった。今すぐ警察呼んでやるからな。シオリのお母さんの電話番号は……?」
ポケットからスマホを取り出し、彼女の天敵である母親に電話しようとする。
すると彼女は慌てて俺の腕を掴んだ。
「ちょっ、ちょっと待って! 私が食べたの! ごめんなさい!」
「やっと白状したか。卑怯者め」
「はぁ、プリンくらいで大袈裟な……」
「お前、今すぐこの電話のコールボタンを押してやってもいいんだぞ?」
「はいぃっ! すぐに新しいもの買ってきまぁ〜す♪」
逃げるように彼女は玄関から外へと出ていった。
どんだけ母親に怒られるの怖いんだか。
──まったく、仕方ない奴だな……。
いっつもこうだ。
少しは自分の行いというものを反省してもらいたいところだが、今回もまた俺は彼女を許してしまうのだろう。
──まあ、惚れた弱みってヤツか。
あんな卑怯なシオリだが、彼女は俺の片想い中の女子。
俺を惚れさせた……それがアイツの一番卑怯な部分だと、どうしても思ってしまう。