表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
<R15>15歳未満の方は移動してください。
この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

蟷螂

作者: 林 義之

 なぜ、人間は人間だけを自然の外に置くのだろう。例えば、「自然保護」と言ったときの「自然」には「人間」と「人工物」は含まれないのが通常だ。人間の存在だって46億年の地球の営みの一部に過ぎないのに。

 そう考えると、僕の行動だって地球の営みの一部だ。僕が何をしようと、それは自然の一部なのだ。僕が死を選択しても、それは自然なことなのだ。そうして、僕はそっと薬に手を伸ばした。


 昔から生に対して執着がなかった。生まれたから生きていただけだった。生きていればそれなりに楽しいこともある。だけど、どうしても生きていたいと思えるほどでもなかった。なぜ周りの人間が生きたいと願うのか、死ぬのはいけないことだと言うのか、理解ができなかった。


 社会人になった。社会人になると毎日働かないといけなかった。毎日働くのが苦痛だった。週に2日は休日があったが、休んでも疲れは取れず、疲れたまま翌週も出勤した。

 社会人になる前も毎日学校に通っていた。学校は辛いとは思わなかった。もちろん嫌なこともあったが、幸いいじめのターゲットにされることもなく、平穏な学校生活を送れた。

 特に会社でいじめられているわけではなかった。ひどいハラスメントがあったわけでもなかった。学校と会社で何が違うのかわからなかった。わからなかったが、とにかく苦痛だった。気づくと「生きていてもいい」から「死にたい」に変わっていた。


 目が覚めると、緑色の大木が生い茂る森の真ん中にいた。ここは天国なのだろうか。いや、親を悲しませておいて天国になど行けるわけがない。では、ここは地獄か。死後の世界など信じてはいなかったが、目の前に広がる景色は見たこともない景色だ。それとも薬で朦朧(もうろう)として夢を見ているだけなのだろうか。

 冷静になろうと前髪をかき上げようとした。すると、目の前を大きな鎌が(かす)めた。やはり、ここは地獄なのか。僕は慌てて大木の陰に隠れた。


 しばらく息を潜めていたが、あの鎌の主が現われる様子はない。僕は恐る恐る大木を離れ、辺りを見回してみた。よかった。何もいない。

 そう思ったのも(つか)()、空が急に暗くなった。ハッと上空を見上げると、物凄い勢いで怪鳥がこちらに突進してくる。僕は再び慌てて大木の陰に逃げようと走った。足がもつれて上手く走れない。それでも走った。走って走って何とか逃げ切った。

 それにしても大きな鳥だった。自分の体の何十倍もあった。あんな鳥が地獄にいるなんて聞いたことがない。やはりここは夢の中なのだろうか。夢ならば早く覚めてほしい。


 それからどれくらいの時が経過したのだろうか。時計もなければスマホもない。時間がわかるものが何もない。僕は大木の陰から動けずにいた。


 ふと背後から気配を感じた。振り向くのは怖かったが、勇気を出して振り向いてみた。すると、僕の体より倍ほども大きな緑色の虫がこちらに近づいてきていた。その虫は鎌を持っていた。先ほどの鎌の主はこいつか。そう思うや否や僕はその虫に飛びついていた。

 背中に乗っかり羽交締(はがいじ)めにした。必死にしがみついた。だが、これは防衛反応ではなかった。あろうことか、僕は無意識のうちに生殖器をその虫に挿入し、腰を振り始めたのだ。思考が追いつかなかった。思考とは別のところで体が動いていた。

 次の瞬間、その虫は僕の方を振り返り、大きく口を開けた。恐怖に駆られる間もなかった。恐怖に駆られる間もなく僕の頭はその虫に喰われた。それでも僕の腰は止まらない。

 腰を動かしながら遠のいていく意識の中で僕は初めて感じた。ああ、これが生きるってことか。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ